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米オバマ政権がゲーム開発の支援に乗り出したわけ

ゲームジャーナリスト 新 清士

ゲーム産業の振興策に力を入れる国が増えているが、世界的なゲーム開発大国でありながら、過去に政策上の支援をほとんどしてこなかった国がある。日本と米国である。ところが、オバマ政権は昨年11月に新たな戦略を打ち出し、ゲーム開発の支援に乗り出した。米ゲーム産業に新たな光が当たる方針転換となった。

オバマ大統領は2009年11月、「イノベーションのための教育(Educate to Innovate)」と名付けたキャンペーンを展開すると発表した。これは「STEM」(科学、技術、工学、数学の頭文字)教育を強化するための米国の学生に向けた新しい教育計画で、連邦政府だけでなく企業、財団、非営利組織(NPO)、科学者などが幅広く参加する。米国も理工系大学に進みたがる学生の数は減少傾向にあり、理系離れが問題視されている。オバマ大統領は演説で「行動を求める」と強調した。

このキャンペーンがゲーム産業にとって大きな意味を持つのはなぜか。それは、ゲームをはじめとするデジタルコンテンツをエンターテインメントという枠組みではなく、「科学教育」と位置づけている点だ。これまでは米国も日本と同様、ゲーム産業が民間の力で成長を続けていたため、国による産業支援はほとんど実施されてこなかった。しかし、今回の計画では、「デジタルゲーム」を重要な教育方法の一つに挙げ、学校教育から社会教育まで広い範囲で導入しようとしている。

プロジェクトの1つが発表に

5月13日、このキャンペーンの一環として資金支援を受けるプロジェクトの概要が発表された。プロジェクトの主体は米デューク大学などが参加する「HASTAC」という科学系教育の支援組織で、米有力助成財団として知られるマッカーサー財団が今年総額200万ドルを提供する。

HASTACのプロジェクト自体は、07年から小さな資金規模で運営されていた。それが、3年目の今年にオバマ政策の後押しで財団から助成を受け、大規模に拡大されたかたちだ。

このプロジェクトは2つの事業から成っている。1つは「デジタルメディア・ラーニングコンペ(The third Digital Media and Learning Competition)」で、ゲームを中心とした学習方法を調査研究している機関を対象に3万~20万ドルを提供して教育コンテンツの研究開発を支援する。

13日にはこのコンペを通過した10の研究機関も発表された。仮想空間を利用したソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に科学教育的な要素を持たせる研究、環境問題を学習するためのゲーム的プログラムの開発、12歳前後までを対象に算数の面白さを体感できるインタラクティブなソフトの開発、7~8歳の子どもでもプログラムの概念を理解して簡単なソフトウエアを開発できるような支援ソフト開発といった研究内容の提案が並んでいる。

SCEも協力、PS3を1000台配布

もう一つは「ゲームチェンジャーズ」と呼ばれるコンテンツ作成コンテストで、一般から公募して5000~5万ドルを提供するという。このプロジェクトにはソニー・コンピュータエンターテインメントアメリカ(SCEA)と米エレクトロニックアーツ(EA)も協力しており、SCEAは「プレイステーション3(PS3)」1000台とアクションパズルゲーム「リトルビックプラネット」を、全米各地の図書館や地域施設に配布している。

リトルビックプラネットは、様々な素材などを使って機械的で複雑な仕掛けを作ることができる機能を持つ。そこに学習効果を期待できると考えられたようだ。また、EAは、進化論を学習できるゲーム「Spore」を無料配布して、生物キャラクターを自由に作れるような環境を教育機関に提供している。

コンテストではこれらのソフトを使って、優れた創造性のあるステージやキャラクターを募集し、選出されたものに賞金を出すという。若い世代に科学への関心を持ってもらうことを狙いにしており、結果は5月中に発表される予定だ。

新たな市場が誕生する可能性

ゲームを政策に活用しようとする米国の取り組みは、他の分野にも広がろうとしている。ミシェル・オバマ大統領夫人は今年3月、サンフランシスコで開催された「ゲーム開発者会議(GDC)2010」に参加したゲーム開発者に向けて協力を呼びかけるメッセージを発表した。ミシェル夫人は「健康な子供のためのアプリ(Apps for Healthy Kids)」というプロジェクトを立ち上げ、肥満防止のための食育や運動に役立つアプリケーション開発を促進しようとしている。これには国際ゲーム開発者協会(IGDA)などが関与している。

こうした米国のゲーム支援戦略について、青山学院大学総合研究所の山根信二研究員は「効果的な優れた戦略」と指摘する。「日本にも公的支援によるコンペはあるが、支援が打ち切られれば終了せざるを得ないのが実情。米国の今回のキャンペーンは、実績ある財団や団体の活動をスケールアップさせる形で支援しており、単発に終わることなく長期的な成功につながる可能性がある」という。

また、デジタルメディア・ラーニングコンペの公式ページには、動画サイトを使って応募者がパブリックコメントを集められる仕組みがある。これは、審査に関わっていない人にも応募内容を公開することで透明性や公平性の確保する仕組みだが、「日本の公募システムではあまり見られない方式」(山根氏)だ。

米国がゲーム支援に乗り出すのは、デジタル時代に適合した思考法や学習能力を今の子どもたちから引き出そうという狙いがある。ゲーム企業を直接支援するわけではないが、エンターテインメントにとどまらない新しい市場が誕生していく可能性を秘める。

こうした柔軟な成長戦略は日本ではまだ出ていない。「日本の電子教科書の議論からは、ゲームテクノロジーを使うとかゲームアプリを導入するといった話はまったく聞こえてこない。ゲーム的要素を持つソフトウエアは本来は、理数系教育の現場で抽象的な概念を具体的に伝えるといった用途に適しているはずなのだが」と、山根氏は述べている。

新清士(しん・きよし)
 1970年生まれ。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。国際ゲーム開発者協会日本(igda日本)代表、立命館大学映像学部非常勤講師、日本デジタルゲーム学会(digrajapan)理事なども務める。

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