スマホの日本参入「難しいからこそ挑戦」エイスース施董事長 - 日本経済新聞
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スマホの日本参入「難しいからこそ挑戦」エイスース施董事長

台湾パソコン大手、エイスース(ASUS=華碩電脳、旧アスース)のジョニー・シー(施崇棠)董事長は日本経済新聞記者とのインタビューに応じ、日本のスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)市場への参入について「難しいからこそ挑戦すべきだと思っている」と意欲を示した。主なやり取りは次の通り。

――エイスースは、ネットブックの「EeePC」やスマホとタブレットを一体化させた「Padfone」、液晶ディスプレーを2枚搭載したノートパソコン「TAICHI(タイチ)」といった独自の製品を作り出している。こうした製品を開発する原動力となっているものは何か。

「おそらく、当社にはもともとそうしたDNAがあるからだと思う。そして、創業当初のエンジニアリング重視の時代から、リーン生産方式・シックスシグマの時代を経て、近年では右脳と左脳の融合というように、当社の考え方も徐々に進化してきている」

「当社は創業当初からエンジニアリングにこだわりを持ち続けている。今も社員の3分の1はエンジニアだし、私自身もエンジニア出身だ。パソコンを作るにも、ハードウエアからソフトウエアに至るまであらゆる技術をマスターしようと努力していた。技術オリエンテッドのものづくりをしないではいられないということだろう。そうしたエンジニアリング重視の思考を、10年ほどかけて徐々に広げていった」

「次に取り入れたのが、(トヨタ生産方式を基に米国で体系化された)リーン生産方式や、米モトローラや米ゼネラル・エレクトロニクス(GE)が取り入れていたシックスシグマなどの考え方だ。これも10年ほどかけて自分たちのものにしてきた」

「しかしその後、ハイテク産業が大きな変化を遂げるなかで、気付いたことがあった。『これまでのやり方は左脳ばかりに偏った考え方だった』ということだ。これだけ世界がめまぐるしく変わる時代にあって、消費者の考える幸福とは左脳から編み出される理性、機能などだけに依存したものではない。右脳から編み出される感性の部分も大きいのではと思い至った。例えば外観の美的センスや、製品から出るさまざまな音といったものだ」

「それ以来、理性と感性の両方を意識し、顧客満足を高めるべく商品を開発してきた。これを当社では『カスタマー・ハピネス2.0』と呼んでいる。こうした3つの過程を経て、はじめてデザインの哲学と呼べるものができたと考えている」

「人はもともと理性と感性の両方を持ち合わせており、それはエンジニアにも必要なものだ。左脳はエンジニアリングや品質をつかさどり、たとえていえば発明家としてのレオナルド・ダ・ヴィンチ。一方、右脳がつかさどる感性は、たとえれば美の象徴としてのモナリザだ。その両方がそろって、初めて顧客に望ましい形ができ、デザイン思考が完全なものになる」

 「もちろん、そうした取り組みを進める前提として、社員一人ひとりの本質的な才能、能力が重要だし、ビジネスのセンスも必要だ。『この新製品の価格を4万9800円としたら売れるだろうか』といった議論が誰でもきちんとできる必要がある」

「当社には『HIWE』(Hero innovation, Wow experience)という言葉がある。イノベーションを込めて世に送り出す『ヒーロー商品』にもう1つ必要なのは、消費者に『ワォ!』という驚きを与えられるかどうかだ。製品の価値、機能、美観、質感、価格――が合わさって初めて驚きを与えられる。価格についても徹底的に詰めなければ、驚きは与えられない。右脳だけではダメで、左脳もきちんと動かせなければいけない。こうしたものを積み重ねることで、初めてヒーロー商品を生み出せる」

「こうした考え方を、自分たちのものとして浸透させていった。エンジニアはもとよりマーケティングなどを含む従業員全員が対象だ。マーケティング部門はエンジニアよりユーザーに近い立場にいるからだ。全世界のイノベーションの97%は、エンジニア以外から出てくるといわれる。アイデアのひらめきは、往々にして潜在的なニーズを見据えることで出てくるためだ」

「産業構造が大きく変わる時期には、こうした思考力が重要になる。そこで、何年も費やしはしたが、こうしたデザイン思考を社内に浸透させていった。これがエイスースのDNAとなり、社員が一丸となって努力する風土につながっていると思う。私としては、社員たちの努力に大変感謝している」

「こうした過程を経て、エイスースという会社が変わってきたと初めて感じたのは、(ネットブックの)EeePCを開発したときだ。もはや従来のパーソナル・コンピューティングの時代ではなく、ユビキタスクラウドコンピューティングの時代になったと感じた。会社でも自宅にいても、リアルタイムにコンテンツを引き出し、ソーシャルに共有できるようになった」

「だからEeePCでは、CPUは何にするかとか、メモリーはどのくらいがよいかといった伝統的なスペックにはこだわらなかった。そうではなく、ユーザーがいつでもどこでもコンピューティング環境を享受できるようにすることに注力した。EeePCが我々にとって最初の挑戦だった」

――ソニー、パナソニック、シャープ、NECなど日本の大手電機メーカーも、エイスースと同様に高い技術力を持ち、それを誇りとしてパソコンやスマホなどの製品開発を続けていた。しかし現在、これらのメーカーの製品は、中国や韓国メーカーの格安製品に対抗できず販売不振に直面し、会社自体の存続が危ぶまれるほどの経営危機に直面している。エイスースにとっても、こうした現在の市場環境で、技術に根ざしたな製品作りの哲学を貫徹するのは難しいのではないか。

「それでも私は、日本のメーカーをリスペクトしている。日本メーカーは実に多くのすばらしい商品を持っている。その背景には、民族性の違いがあると思っている」

「台湾人と日本人の民族性は、ある意味で正反対の立ち位置にあると思っている。台湾人は個性と柔軟性を持ち、日本人は集団性と規律を持ち合わせている。我々は一貫して、日本は独自の優位性と技術を持っていると感じており、それをリスペクトしている。世界中でこれだけ産業構造が揺れ動く中で、自らの強み、コアコンピタンスは何なのだろうと模索しているだろうが、私は日本と台湾の強みを合わせれば克服できると思っている。もちろん絶対的な概念があるわけではないが、絶えず変化している現在の産業の中で自らの強みは何かをきちんと理解し、困難な道でも進んでいくことが大事だろう」

 「私が先ほど申し上げたデザイン思考やカスタマー・ハピネスを追求していくことは、もちろん楽ではない。しかし楽な道だけ進んでいても堂々巡りをするだけで、そこから進化は生み出せない。困難な道を選んで努力してこそ高みに到達できる。社内でもこうした考え方を共有している。我々は最高のカスタマー・ハピネスを追求していく。時流にうまく乗ってしまおうとしても、それは自社の強みを持つことにはつながらない。エンジニアリングはやはり大事だ」

――エイスースの2012年7~9月期決算によると、エイスースの売上高の6割はノートパソコンからのもので、依然としてパソコンへの依存度が高い。一方で米IDCは、スマホの市場規模が13年にパソコンを抜くと予測している。エイスースは今後の製品ポートフォリオに、タブレットやスマホなどの非パソコン製品をどのように位置付けていくのか。

「以前はパソコンとタブレット、スマホを分けて考えていたが、今となっては消費者はそれらを分けて考えなくなっているし、我々も別々のデバイスだと言い続けるわけにはいかなくなった。今の世の中は、過去のパーソナル・コンピューティングからユビキタス・コンピューティングの時代に変わっている。例えば自分の身近に誰がいるか、今いる場所の近くに駐車場はあるか、といった情報をリアルタイムに把握できることが重要になっている。そんな時代なのだから、パソコンだけでは不十分なのは明らかだ」

「パソコンはタブレットやスマホに影響を与えうるし、タブレットもまたスマホに影響を与えうる。Padfoneを開発した際は、自宅でスマホをいじっているときに、画面の狭さに不満を抱くことに着目した。電子メールにせよ、映画の視聴にせよ、大画面で閲覧や操作ができる方が便利なのは言うまでもない。そういったユーザーにとって望ましい形を考え、結実させたのがPadfoneだ」

「仕事の場面ならば、書斎やオフィスでクリエーティブな作業を効率よくするには、大画面で解像度も高いディスプレー、そして打ちやすいキーボードが良い。ひとたび外に出れば、最も重要なのはデバイスの軽さだし、クルマの中ならば求められるのは見やすいタブレットとなろう」

 「仕事の場面だけではない。例えばフェイスブックを見てもわかるように、最近はユーザーが情報を入力することがだんだん重要になってきている。情報の価値というのは、メディアを消費することだけではない。多くの人がつながることで、そこからさらに新たな価値を生み出せる。アウトプットだけでなくインプットも重要なのだ。キーボード着脱機能付きのタブレットを製品化した狙いはこうした点にある」

「一人ひとりの仕事や遊びのスタイルはまちまちだ。その異なるスタイルに寄り添い、最適なイノベーションを探し出すことを目指している」

――現時点でスマホの製品数はあまり多くないが、スマホに関してはどう考えているか。

「最初に携帯電話に注目したきっかけは、W-CDMAという通信技術の将来性だった。当社は携帯電話では後発組だが、3G(第3世代携帯電話)やLTEの基本的な要素技術の蓄積では世界でも進んでいると考えている。その点では心配いらない」

「現在は少しずつある地点に向かって進んでいる。以前はノートパソコンが中心だったが、スマホが欠かせないことも理解している。ただし、当社は他社と異なるイノベーションをスマホでも追求していく。他社が出している一般的なスマホを見れば、現在のスマホが必ずしも消費者を満足させられていないことが分かる。例えば、現在市場にあるスマホよりも薄く、美しいデザインの製品を作れれば、消費者はより高いお金を払っても欲しがるはずだ。パソコンと同様、社内でエンジニアが中心となって左脳と右脳をフル稼働させ、こうした特徴あるデザインとコストを両立できる設計を模索している」

「考慮すべき要素は多く、開発は難しい。例えば本体が薄く、かつ電池も長持ちするスマホを作れればベストだが、この2つの両立は至難の業だ。2つの要素を見比べながら、どこでバランスを取れば最善なのかを試行錯誤する必要がある。当社がスマホを手掛けるからには、平凡なものを作るわけにはいかない。他社と違うものを必ず作るのだという思いを抱きながら取り組んでいる」

――エイスースは今のところ、日本ではスマホを販売していない。既に日本市場ではスマホの普及が相当進んでおり、あまり開発に時間をかけていては日本のスマホ市場への参入機会を逸する可能性もあるのではないか。

「私は日本の消費者も尊敬している。日本の消費者がすばらしいのは、品質を重視していることだ。そうした日本の消費者の目にかなう製品を作るには、ハードウエアの品質もさることながら、ユーザー・エクスペリエンスが優れていなければいけない。日本の消費者にとって優れたユーザー・エクスペリエンスを提供するには、日本の消費者をきちんと理解する必要がある。他の地域の消費者とはどこが違い、ハードウエアやソフトウエアのどういった点を重視するのか。あなたの言うとおり、時間も重要だ。それゆえ難しい。だが、難しいからこそ挑戦すべきだと思っている」

「難しいからこそ最初の製品で間違った道に進まないよう注意しなければいけない。間違った道に進み、戻って開発し直すといったことをしていては、いたずらに時間を浪費してしまう」

「さまざまな消費者がいるとはいえ、最初から複数のラインアップで異なる消費者のニーズに応えるのも難しい。ただ、やはり最初は最もイノベーティブなユーザー層に向けた機種を出すのが良いだろうとは思っている。そこで当社の考える先進的なユーザー・エクスペリエンスを提案し、その後少しずつ対象とするセグメントを広げていくというステップを踏むことになるだろう」

 「時間は限られているが、間違った道に1回踏みだし、2回踏み込んでしまったら、おそらくそこで終わってしまう。急いで参入することよりも、正しいと思う道を、一歩ずつ進んでいくことの方が重要だ。それに、一度成功しただけで消費者の信頼を得られるわけではない。2回、3回と製品を出し、そのたびに粘り強く消費者の支持を得ることを続けなければ、本心から受け入れて信頼を得られないだろう。また、日本の消費者は過去の経験から、国産品への信頼感が比較的高い。外資である我々が参入するには、人一倍の努力をもって最高の製品を提供するしかない」

「難しいけれども、そうした製品を出していくことは可能だと思っている。当社は既にパソコン、タブレット、スマホを不可分のものだと考えているし、未来を見据えた製品作りに取り組んでいる」

――PCで競合する台湾エイサーや中国レノボは、同業買収により世界シェアを拡大する戦略を採っている。一方でエイスースも、2009年ころに東芝のパソコン部門の買収を検討していたといわれるが、最近は自前路線で進んでいるように見える。M&Aで事業規模を一気に拡大する手法と、自前の技術で成長を目指す手法のどちらが良いと考えているのか。

「我々が戦略を考える際、1つの手法に絞り込むことはない。2つの手法は、どちらも視野に入れている。もちろん当社の企業文化としては、自前主義を重視しているが、M&Aという選択肢も捨てているわけではない。ただ、一般論としてM&Aが語られる際に、企業文化という視点が軽視されがちであると感じている。2つの異なる企業の文化を融合するのは容易ではない。企業文化の融合を十分に考慮せずにM&Aに踏み切ったところで、1足す1が2以上になることはないだろう。M&Aで企業規模を大きくするのは、私には安易な方法に思える」

「M&Aに踏み切るメリットがあるとすれば、企業文化の融合に徹底的に取り組み、さらにM&A以前には作り得なかった新たな製品、新たな価値を作り出せるといった、長期的なシナジーを見いだせる場合に限られるだろう。そうでなければ、往々にして1足す1が2にも満たない、悲惨な結果に終わってしまう。M&Aは短期間の検討で実行して、その後すぐに結果を出せるような生易しいものではない。もちろん、それができる企業もあるかもしれないが、当社としてはそう考えている」

――日本の部品メーカーについてはどう考えているか。これまでのパソコン業界では台湾や中国大陸からの部材調達が多かったと思うが、端末の性能が上がり、かつ形状が薄型軽量になってくると、日本の部品メーカーの技術力がより重要になると思うが、日本の部品メーカーからの調達を増やす考えは。

「日本メーカーの技術力は高く、それは(個々の)コンポーネントについて顕著だ。もちろん、世界的に競争が激化している現状を考えれば、他の海外勢も技術的なブレイクスルーを達成し、日本の部品メーカーを一気に抜き去れる可能性もある。そこは注意深く見なければいけない。そういう生態系、エコシステムということだ」

「日本企業にとっては、いかに自社の優位性を発揮するかがポイントになるだろう。併せて、より速く、より柔軟にというのも大事だし、あるいはコストも考慮しなければならない。技術的な優位性があるとはいえ、要望への対応が遅かったり、価格が高かったりすれば、せっかくの技術的な優位性も発揮できないだろう。調達においても、右脳と左脳の両方を駆使して総合的に判断する。1つのポイントだけで語ることはできない」

(聞き手は産業部 小高航、電子報道部 金子寛人)

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