「十字架委員長」河上丈太郎(2) 日労党から初の無産政党代議士に
特別編集委員 安藤俊裕

2010/12/19 13:00
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日本経済新聞 電子版
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1923年(大正12年)、第2次山本権兵衛内閣が犬養毅逓相の強い主張を受け入れて男子普通選挙実施の方針を打ち出すと、労働組合や知識人の間に無産政党結成の動きが活発化した。大正13年6月、東京で結成された政治研究会は無産政党結成の産婆役になろうとした知識人の集まりで青野季吉、鈴木茂三郎、嶋中雄三、高橋亀吉らが中心となった。穏健派から共産党系まで幅広い知識人が参加したが、次第に山川均ら左翼系が優勢に…

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