本屋大賞受賞、著者・和田竜が語る「村上海賊の娘」

時は戦国。主人公は、数百年にわたり瀬戸内海の覇を握った村上海賊の姫・景（きょう）。海賊働きに精を出す景は、長身と怪力に加え、欧米人のような容貌から醜女と扱われていた。そんな景が、自分のような女を好む男たちが大坂の南・和泉国にいると聞きつけ船を出す。

男たちのドラマも同時並行する。織田信長が西に勢力を伸ばし、大坂本願寺との戦いは7年目を迎えていた。窮地の本願寺から援助を請われた毛利家、毛利家から海路を通じて本願寺への兵糧搬入を乞われた村上海賊、信長につく泉州侍たち――。各人の思惑が絡み、毛利方と織田方による大阪湾の河口での戦い（木津川合戦）へと向かっていく。

「何よりも先に、海賊船の先頭に立つ女性の絵が描きたかった」

広島県で少年時代を過ごした和田にとって、瀬戸内海の島々を拠点に活躍した村上海賊の存在は、親しみがあった。身近に末裔（まつえい）がいた。「学年の3、4人は"村上さん"だった」そうだ。

「村上海賊の最盛期を作った武将・村上武吉（たけよし）の家系図を調べました。武吉の血を分けた娘なら、荒くれ者たちに立ち向かって戦うイメージが湧いたから。大半が養女のなか、1人だけ実娘がいた。実在するその女性に、粗暴だったり、性的に奔放だったとか、記録のある戦国の女性像を集めながら、景を作っていきました」

和田作品の面白さは、真に迫る描写だ。現場で隅々まで取材しないと描けないようなリアリティーと、臨場感に引きつけられる。

「最終的に面白がってもらえればそれでいい。でもしっかり調べてないと面白いと言ってやらないよ、と僕が読者なら思う。調べる原典に当たると、研究者が同じ資料を読んでも引っかからなかったのに、僕には大事だと思うことはよくある。史実を土台に、驚きや発見を盛り込んでいきます」

もともとは脚本家としてデビュー。これまで脚本を書いてから小説化してきた。今回は小説として初出するにもかかわらず、同じ手順を踏んだ。脚本を経たからなのか、セリフのライブ感やテンポの良さが際立っている。

「たとえば、大阪人でも泉州の人の荒々しさは特別。この気質は、正しい方言でこそ出せる。泉州侍のセリフは、方言指導をお願いしました。対面して脚本で書いたセリフを読み合い、『文字面ではこうだけど、実際の気分は違う』『だったらこんな感じは？』と、生のやりとりができた。セリフを研ぎ澄ませることで、人物に生命が吹き込まれていくようでした」

細部へのこだわりが、終盤の海戦シーンを盛り上げる。「すべてはアクションシーンのため。それぞれの思いを抱えた人間が入り乱れて結合していくことで、戦いに面白さが生まれる」と言い切る。

「僕が最も書きたいのは合戦。今回は海戦です。ただ、海戦というと近代の戦争モノになり、軍艦のスイッチをただ押したり、狭い通路を走るといった艦内の描写が多く、メカ相手になりがち。人間の肉体が躍動しないから、バトルの醍醐味がうせてしまう気がしていました。今作で、これまでにない海の戦いが示せたと思っています」

今後について問うと、「ひたすら休みたい」と即答して笑った。4年間ほかの仕事はほとんど受けず、この作品に向き合い続けたからだ。その生きた証は、新たな代表作となるに違いない。

（ライター　平山ゆりの）

［日経エンタテインメント！ 2013年12月号の記事を基に再構成］