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宇宙政策転換で生活の質向上 開発から「利用」重視へ

2013年5月末、三菱電機が同社鎌倉製作所に設けた人工衛星の新生産棟が全面的に稼働する(図1)。これまでは年間で最大4機だった人工衛星の生産能力を最大8機に引き上げられる。NECも稼働は2014年6月とまだ先になるが、人工衛星の試験・組立工場を同社府中事業所に新設するための工事を既に開始している。震度7クラスの地震に対応する、大型人工衛星の組み立て工場だ。

図1 増築した鎌倉製作所の新人工衛星生産棟

ここにきて、日本の人工衛星メーカー2社による生産能力の拡大が急ピッチに進んでいる。背後にあるのは、人工衛星市場が今後拡大するという見通しだが、日本の宇宙政策の見直しに対する期待も大きい。

宇宙利用拡大で生活の質向上へ

三菱電機鎌倉製作所所長の岡村将光氏によれば、海外市場、とりわけ東南アジアをはじめとした新興国で、通信衛星を中心とする人工衛星の需要が高まってきている。予測される商用衛星の需要は、世界規模で年間30機。これが2020年に向けて数年間継続すると見られている。同社はこうした海外需要を取り込もうと狙っている。

その一方で、国内の衛星需要にも期待をかけている。日本の宇宙政策は開発重視から利用重視へと大きく軸足を移そうとしている。日本政府は今後、宇宙利用の拡大を図って国民生活の質を向上させる方針であり、そのために「さまざまなプログラムを検討中」(岡村氏)という。三菱電機は、そうしたプログラムに参加して、国内の衛星需要を取り込んでいきたいとしている。

日本の宇宙政策における利用重視への転換を端的に表しているのが、2013年1月に日本政府によって決定された2013年度からの5年間の「宇宙基本計画」である。同計画は、日本の宇宙政策の基礎に位置付けられるもので、宇宙基本法(平成20年法律43号)第24条に基づいて5年ごとに定められる。

日本政府が宇宙利用の拡大を重視するのは、第1に国民生活の質を上げられると考えているからだ。

例えば、気象衛星を使った日々の天気予報や通信・放送衛星によるデータ通信、衛星放送。さらに陸域・海域観測衛星による地図作成/資源探査/農林漁業への活用/災害監視、GPS(全地球測位システム)による道案内やロボットの制御――など(図2図3)。

図2 静止気象衛星「ひまわり5号」(GMS-5)の観測画像(写真:宇宙航空研究開発機構(JAXA))
図3 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)の観測画像。可視域を観測する光学センサー(PRISM)と可視・近赤外域を観測する光学センサー(AVNIR-2)による阿蘇山の画像と鳥瞰図(写真:宇宙航空研究開発機構(JAXA))

宇宙利用は既に我々の生活をより豊かで安心・安全なものへと向上させているが、こうした宇宙利用をさらに拡大させて生活の質を高めようというのが、新しい宇宙基本計画における基本的な考え方といえる。

経済効果やエネルギー・環境問題解決に期待

第2の理由が、大きな経済効果を期待できることだ。宇宙利用を加速させれば、広い裾野産業を持つ宇宙産業全体が発展する可能性がある。さらに、宇宙は人類に残された最後の未開の地であり、人類社会の発展や地球規模のエネルギー・環境問題の解決に向けて多くの可能性を秘めている。これも日本政府が宇宙利用の拡大を志向する1つの理由となっている。

新しい宇宙基本計画では、こうした宇宙利用の拡大に加えて、日本の自律的な宇宙活動に必要な能力を保持すること(自律性の確保)も基本方針の両輪の1つとして掲げている。そして、これら両輪を実現していくために最低限必要なものと挙げているのが、「測位、リモートセンシング、衛星通信・放送を行う人工衛星の製造・運用能力、およびこれらの人工衛星を他国に依存することなく打ち上げる能力と、これを支える国内産業基盤」である。

さらに、これを実現するために日本が実施すべき施策として、「測位衛星」「リモートセンシング衛星」「通信・放送衛星」「宇宙輸送システム」の整備を列記している。

GPSの課題を解決する準天頂衛星

測位衛星とは、地上や空中における位置を知るための信号(電波)を送る人工衛星のことだ。通称GPS衛星と呼ばれる米国の人工衛星「NAVSTAR」がその代表格だ。日本の携帯電話機ユーザーが利用しているGPSとは、これを利用したものだ。GPSは軌道上の予備機を除くと全部で24機から構成される。

図4 準天頂衛星の軌道(画像:宇宙航空研究開発機構(JAXA))

測位衛星から送信される信号には、送信時刻の情報が含まれており、その信号が届くまでの時間と電波の速度から、同衛星との距離が分かる。4機以上の測位衛星との距離を求めることで、自らの位置を知ることができる。

日本は米国のGPS衛星の最大の利用国であり、そのメリットを享受している。ただ、山間部や都心部などでは、山や高い建物の陰に一部のGPS衛星が隠れて測位に必要な4機以上の衛星を確保することが難しいケースがある。また、測位に利用する衛星がある方向ばかりに偏っていると、測位の精度が低くなるという問題がある。

新宇宙基本計画では、こうしたGPS衛星を補完・補強する測位衛星として、「準天頂衛星」の整備を目標に掲げる。準天頂衛星とは、特定地域(同宇宙基本計画では日本やアジア太平洋地域)のほぼ天頂を通るように軌道を定めた衛星のことである(図4)。静止衛星(NAVSTARもその一種)が、日本では天頂から約30~50°傾いた位置に見えるのと異なり、準天頂衛星はほぼ真上に見える時間帯がある。

従って、複数の準天頂衛星が代わる代わる日本の天頂近くにくるような準天頂衛星システムを作れば、それとGPS衛星を組み合わせることで、衛星測位を利用できる場所や時間を拡大でき、かつ衛星測位の精度と信頼性を向上できることになる。

ビルの谷間でも測位可能な時間帯を大幅拡大

例えば、測位可能な場所と時間帯が広がり、測位の精度が上がれば、カーナビゲーションや地図アプリを使って移動する場合に、道に迷うようなケースを減らせる。そればかりか、測量や地図情報の更新の作業効率を改善でき、鮮度の高い新たな地図が作りやすくなることから、新しい位置情報サービスの拡大が期待される。

さらに、衝突防止などの高度道路交通システム(ITS)への応用や盗難車両などの追跡、廃棄物の不法投棄の防止など、高い信頼性や可用性(いかに障害が発生しにくく継続して使えるか)が求められる用途での測位情報の活用が進む。建設施工や農林水産業の作業に使う建設機械や農業機械などの制御に測位情報が使いやすくなることから、作業の省力化や効率改善に役立てられる可能性もある。

図5 準天頂衛星初号機「みちびき」のCG(画像:宇宙航空研究開発機構(JAXA))

実際、日本が2010年9月に打ち上げた準天頂衛星の「みちびき」初号機を使った技術実証の結果によると、西新宿の都庁を中心とするエリア(新宿警察署裏、熊野神社前、角筈区民センター前、西新宿3丁目、西新宿2丁目の各交差点で囲まれるエリア)では、GPS衛星にみちびきを組み合わせることで、測位可能な時間率がGPS衛星のみの場合の28.5%から70%に拡大できることが確認された(図5)。

このエリアではビルの谷間となっているところが多いため、GPS衛星だけでは測位可能な時間が短くなっていた。一方でみちびきを組み合わせた場合、屋外では高速道路の高架下や樹木の陰を除けば、測位が可能だったとしている。水平測位の精度についても、同結果から30~40%向上させられることが明らかになっている。

新宇宙基本計画では、2010年代後半をめどに準天頂衛星が4機の体制を構築することを目標として掲げている。

アジアでリモートセンシング衛星の利用拡大

図6 第一期水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W1)のCG(画像:宇宙航空研究開発機構(JAXA))

2つめのリモートセンシング衛星とは、対象を遠隔から測定することを使命(ミッション)とする人工衛星のことである。安全保障、気象観測、地球環境観測、地図作成、地域監視、災害状況監視、資源探査などに利用されている。日本の人工衛星としては、気象衛星「ひまわり」、陸域観測技術衛星「だいち」、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」、水循環変動観測衛星「しずく」などがこれに当たる(図6)。

新宇宙基本計画では、産業や行政の高度化・効率化に向けて、リモートセンシング衛星およびそれによって取得したデータの利用拡大を図る必要があるとしている。そのためには利用者のニーズを踏まえた計画的な衛星開発と、衛星データ販売事業者などに国が求める画像データの取り扱いルールを整備することが必要としている。

図7 通信衛星「スーパーバード7号機(C2号機)」。三菱電機から搬出前の状態(写真:三菱電機)

衛星の計画的な開発に向けての具体的な施策としては、「ASEAN(東南アジア諸国連合)防災ネットワーク構築構想」に賛同するアジア各国と共同で、リモートセンシング衛星の一体的な運用(コンステレーション)を可能とする体制を構築し、アジア全体でリモートセンシング衛星の利用拡大を図ることなどを考えている。一方、衛星データの利用拡大に向けては、例えば、複数の衛星データを統合的に処理できる「衛星データ利用促進プラットフォーム」の整備に取り組むとしている。

通信・放送衛星の国際競争力を強化

3つめの通信・放送衛星は、無線通信もしくは放送のために造られた人工衛星のことだ。衛星を利用した通信・放送サービスの場合、地上に複雑な通信・放送ネットワークを構築しなくて済み、災害などの影響も受けにくい。

さらに、サービスの提供エリアを広域にできるといったメリットもある。人工衛星ビジネスの世界では珍しく、商用マーケットが確立している分野であり、衛星の例としては「スーパーバード7号機(C2号機)」「OPTUS C1」「ST-2」「Truksat-4A」「同4B」などがある(図7)。

日本の人工衛星メーカーによる商用の通信・放送衛星の受注実績はこれまで累計で5機。実績が乏しく同分野における国際的な競争力は十分とは言えない。新宇宙基本計画では、将来の利用ニーズを見据えた要素技術を開発・実証し、日本の宇宙産業の国際競争力の強化を図るとしている。

例えば、通信・放送衛星の大型化という世界的な動向を踏まえ、出力25kW級の大型静止衛星バス(バスとはプラットフォームのこと)を商用化するための技術の実証などを行う。また、打ち上げ後の需要変化に対応可能な技術の開発や実証を行う。商用衛星以外の通信・放送衛星としては、災害時や安全保障に必要な通信インフラを確保するための技術開発などを行うという。

宇宙輸送システムの産業基盤を維持

最後の宇宙輸送システムは、必要なときに必要な人工衛星などを独自に宇宙空間に打ち上げられるという自律性の確保の観点から不可欠なものだ(図8図9)。

図8 H-IIAロケット21号機の打ち上げの様子(写真:宇宙航空研究開発機構(JAXA))
図9 宇宙ステーション補給機「こうのとり」3号機(HTV3)。こうのとりが国際宇宙ステーション(ISS)のロボットアーム(SSRMS)に把持されている様子。日本が宇宙活動の自律性を確保するには、人工衛星以外では、こうした補給機も打ち上げられる能力を持つ必要性がある(写真:宇宙航空研究開発機構(JAXA)/米航空宇宙局(NASA))

新宇宙基本計画では、宇宙輸送システムの産業基盤を維持していくためには毎年一定数の打ち上げ機会を確保していく必要があり、2013年度から5年間は、政府衛星を打ち上げる際には国内ロケットを優先的に使用することを基本とすると明記している。

(Tech-On! 富岡恒憲)

[Tech-On!2013年4月23日の記事を基に再構成]

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