/

山を走る トレラン戦記 深夜の八ケ岳、本能目覚め初の100キロ完走

夜間の走行はヘッドライトが必須。周囲のランナーはまばらで、他に一切明かりのない暗闇の中を淡々と走り続ける(長野県小海町)=パワースポーツ社提供

前回奈良で36キロの山道を走った翌週、富士五湖の河口湖・西湖を走るマラソン大会に出た。雪化粧の富士山と紅葉が見事だったが、硬い舗装路を走っているうちに足の節々が痛みだし、「やっぱり山道の方がいいな」と感じた。

平らな舗装路とでこぼこの山道。淡々と同じペースで走り続けることが要求される前者より、かかる時間は長いが、上り下りいろんな要素がある後者の方が気が楽だ。「焦らずゆっくり進んで気力さえ持てば、何とか100キロ行けるかもしれない」――今年9月に開かれた「第2回八ケ岳スーパートレイル」への挑戦を決めた時も、そんなことを考えていた。

4時間で標高差1000メートル上りきる

昨年の第1回大会は11月開催。夜の山は氷点下まで気温が下がり、水が凍って飲めなくなるという環境だったようだ。100キロ、100マイル(160キロ)部門の完走率はわずか28%前後。その反省から開催時期が2カ月前倒しになったことも、未知の領域に挑む自分の決断を後押しした。

朝8時、清里サンメドウズスキー場を出発し、100キロの長い旅が始まった。スタート時は皆元気だったが…(山梨県北杜市)

9月7日午後8時14分、コースの最高地点から少し下り、標高2093メートルの大河原峠のエイドステーションに着いた。冷たい雨に打たれながら、街灯のない暗闇の中を突き進んできた。煌々(こうこう)と照るテントの明かりを見つけてホッとする。気温は10度を切ったぐらいだろうか。ついこないだまで真夏日が続いていたはずだが、山中で吐く息は白く、体から湯気が立ち上る。

朝8時に清里のスキー場をスタートしてから半日、友人と2人並んで、上りは歩き、下りは走ってきた。時にのどかな牧場の中を進み、時にスズメバチの大群を避けるために民家の庭を通らせてもらった。この大河原峠までの上りは一番の難路で、前のエイドから4時間かけて標高差1000メートルを上りきった。ザックの中の水は空。秘蔵のコーラも飲み干した。

飲み水を補給してテントに入ると、むわっとした空気。通過してきた300人分の熱気がこもっているのだろうか。薄暗い中にいたのは憔悴(しょうすい)した顔で無言のランナーたち。毛布にくるまり地面をじっと見つめる人もいれば、まぶたを閉じている人もいる。

天候に恵まれず、景色を楽しむ時間は少なかった(長野県茅野市)

彼らはここから再び走れるのだろうか。記者も壁際に腰を下ろし、裏の自動販売機で買ったスポーツドリンクを飲み干し、疲れきった足の筋肉をほぐす。

「ここからが本当のスタートだ」。私の心は燃えていた。12時間かけて全行程の3分の2まで来た。想定よりいいペースだ。ここから約18キロは延々下り道。次の白樺湖(標高1416メートル)のエイドに着けば残りは約11キロ、八子ケ峰(同1869メートル)を越えて下ればゴールに至る。事前に何度も頭にたたき込んできたルートだ。

スピードより走り続けることが大事

初心者ながらもこれまでの経験から、制限時間の19時間はクリアできたとしても自分にとってはギリギリだろうなと思っていた。どうすれば時間内に完走できるか、友人と地図の等高線をにらみながら区間ごとのタイムを何度も計算した。出した結論は「大河原峠からの下りがカギ。ここを飛ばせる体力が残っていないと厳しい」。

ここに来るまで「勝負どころはまだ先」と何度も心の中で繰り返し、焦る気持ちを抑えてきた。おかげで体力も気力も使い切っていない。まだ走れる。よし、ここからが勝負だ。デッドラインの翌日午前3時まで6時間半。ゴールできそうだと初めて実感したことに気持ちが高ぶっていた。

ふと時計に目をやると着いてから30分近くたっている。エイドでは時が過ぎるのが本当に早い。雨が強くなってきた。ヘッドライトを再び頭に着け、手持ちライトを握りしめ、雨具の上着のフードをかぶってテントを飛び出した。さっきより空気が冷たい。

下りは曲がりくねった舗装路。真っ暗な道を蛇行しながら走る。前をよく照らさないと、急にガードレールに突き当たる。スピードは欲しいが、足へのダメージを抑える必要もある。はたから見ると、走っているか早歩きかわからないくらいのペースだが、大事なのは止まらず走り続けること。前方で光が動いている。前を歩くランナーの後ろ姿が見えてきた。苦しいのだろう、下を向きぐっと思い詰めたような表情。そんな姿を横目に着実に前へ進む。

ノロノロ走って15キロほど進んだだろうか、後方から「タッタッタッ」とリズム良い足音を響かせて、小柄なランナーが近づいてきた。同時開催の100マイル部門の先頭選手だ。彼を含む454人は午前5時に我々の60キロ後方からスタートした。既に18時間、150キロ近く走ってきたはずだが、まるでペースが違う。みるみる小さくなり闇に消えていく背中に、感服する。

安心もつかの間、コースの様子一変

暗闇を走っていて、エイドの明かりを見つけるとホッとする。ボランティアの方に豚汁や飲み物、食べ物をふるまわれ、身も心も温まる(長野県茅野市)

午後11時半、大河原峠から2時間45分かけて700メートル下り切り、白樺湖のエイドに着いた。もう大丈夫。残り3時間半で11キロ。これまでのペースを考えれば楽勝だ。安心して椅子に腰掛け、エイドで受け取った豚汁で冷えた体を温め、コーラやミカン、バナナを食べる。隣に座った60代のランナーと談笑する余裕もある。冷たい沈黙が漂っていた前のエイドと違い、周りの人には「ここまでくれば」とホッとした表情が浮かんでいる。

だが午前零時を超え、八子ケ峰を登り始めると、コースの様子が一変した。今までの道はほとんど地面が硬く、幅が広くて走りやすかった。しかし急に道が険しくなる。両側には草木が生い茂り、道幅は1人しか通れないほどの狭さだ。土の斜面や道を塞ぐ石は、雨でぬれて滑る。おまけに霧まで出てきて、視界が悪くなった。ライトで下を照らしても、光は白い霧に遮られ、足元が見えない。

先を急いで足早に登るが、そんな状況だからペースは上がらない。たちまち5~6人の小さな渋滞に巻き込まれる。頂上はまだか。焦り始め、何度も時計を確認する。視界が悪い霧中を進むうちに平衡感覚がずれてきた。信じられないことだが、今、自分が登っているのか下っているのかすらわからなくなる。たまに道しるべとして置いてある小さな明かりを見つけて安心する。残り時間は僅か。道を間違えたら一巻の終わりだ。

体の感覚を信じ、滑り下りるように

2時間ほど進み、ようやく下りになった。もう余裕はない。ゴールまでの距離がわからないから、走るしかない。闇と霧と雨。厳しい環境は変わらない。曲がりくねった狭い道は滑りやすく危険だ。足で踏ん張る力も残っていない。こんな生まれて初めての状況で、体の奥底に眠っていた「本能」が目覚めた。

地面が見えにくいなら予測するしかない。着地した右足の裏の感触で地面の傾斜を確かめ、体勢が安定するとおぼしき場所をめがけて左足を投げ出す。着いた左足が滑ってバランスを崩しかけるが、転ばないようすぐに右足を踏み出して重心を前に移す。頭で考えてから動く暇はない。自分の体の感覚を信じて、細かいステップを繰り返し、滑り下りるように駆けた。

100キロ部門は大半の選手が10時以降の深夜にゴールする。「おかえり」の声に出迎えられ、涙する選手も(長野県茅野市)

山の下手の方からマイクの声が聞こえてきた。ゴールに違いないが、暗闇の先には何も見えない。まだ遠い。途中、道案内の人に励まされる。「がんばれ! あと2.5キロ」。近いようで遠い。

やっと舗装路に出た。硬い地面は滑らない代わりに、足に伝わる衝撃が増す。「あと800メートル」。目の前の坂を歩いて上り、最後の直線をヨロヨロ駆け出す。

午前2時34分30秒、「おかえり!」という声に迎えられて、18時間半の長い旅が終わった。最後まで並走した友人と健闘をたたえ合う。

テントで再び豚汁をすすっていると、ゴールした女性が隣で涙ぐんでいた。「もう走らない」と言いながら、目は笑っていた。制限時間に1分だけ間に合わなかったランナーもいた。彼は「完走者」ではないが、大勢の拍手で迎えられた。まだ暗い中、ほほ笑んでいるように見えた。

完走した309人中、282位。レースを通じて天候が優れず、後半はずっと雨にうたれ、霧にも見舞われた。8時間で通過した前半50キロに対し、後半は10時間半。それでも下り道をきちんと走り通せたので、ギリギリ完走することができた。ラストは「猿」になった気分で駆け下りた。これで来年4月富士山の周り160キロを一周する大会に申し込む権利を得た。あと30分遅れていたら出場はかなわなかった。

1年前に「山を100キロ走れるか?」と問われれば「無理」と即答していただろう。しかし、やってみたら走りきれてしまった。「自分で限界を決めるな」とはよく言ったものだ。ちなみにレースの完走率は100キロの77%に対し、160キロは僅か34%だった。次なる「限界」は160キロ。単純に負荷が6割増えると考えるのは危険そうだ。

(伴正春)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン