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温暖化で増す災害リスク、「適応策」で備えを

住明正・国立環境研究所理事長

編集委員 滝 順一

 文部科学省と気象庁、環境省が共同でこのほどまとめた報告書「日本の気候変動とその影響2012年度版」は地球温暖化による気象災害の増加や農業や生態系への影響の深刻化を指摘する。一方で温暖化ガス削減対策をめぐる政策議論は国内外で停滞感が濃い。報告書の作成にあたった3省庁の専門家のまとめ役、住明正・国立環境研究所理事長に温暖化対策の現状と課題を聞いた。

住みたい町づくりへ「新日本列島改造論」

住明正・国立環境研究所理事長

――報告書は日本の平均気温は長期的に上昇傾向(過去100年で1.15度)が続いており、今後も温暖化ガス排出が抑制されないと上昇ペースをあげると予測(20世紀末までに2.1~4.0度)しています。また大雨災害が心配される一方で、西日本では渇水リスクも増すとも指摘しています。

「報告書は最近公表された気候変動に関する予測などをわかりやすくまとめた内容だが、とくに強調したいのは気候変動への適応策について現状と課題を示し、国全体でしっかり体制を組んで対応する必要性を説いた点だ。大雨や高潮災害のリスクが増す。自然生態系が変化し農業への影響も現れる。温暖化に伴う影響への適応策をつくってやっていこうとのメッセージを出した」

――温暖化ガスの排出を抑えて気温上昇を緩めるのが「緩和策」、すでに進行した温暖化に伴う悪影響から社会を守るのが「適応策」で、例えば防潮堤をかさ上げし高温に強い農作物の開発を進める。

「政府は道路などの社会基盤の老朽化に対応しインフラへの投資を進めようとしている。温暖化への適応策も『国土強じん化』の流れの中でいっしょに総合的な観点から進めるのが望ましい。ただ言うは易し行うは難しで、具体的な方法論が固まっていない。単純にインフラを補強するだけでよいのか」

「私は『新日本列島改造論』を考えるべきだと思う。故田中角栄首相が唱えた列島改造論は、豊富な予算とエネルギー供給を背景に全国どこでも国民が等しく生活をエンジョイできる社会を目指した。考え方自体は間違っておらず、例えば政府が(自動車にあまり乗らなくても生活できる)コンパクトシティーなど、エネルギー効率や防災面で優れ、人々が住みたいと思う町づくりを先導してもよい。ある程度『大きな政府』でもよいのではないか。ただ田中首相の時代と違って、今は大きな財政負担を負えないのは確かだ」

 ――小さい政府で、民間活力を利用する手法もあります。

「大きな政府か小さな政府かを含め、地球環境対策への投資が進まない背景には将来社会へのビジョンが見えないことがある。グローバル化で(勝ち組と負け組の)二極化が世界で進み、日本がどうやって経済をまわして生き残っていくのか、確固としたプロセスが見えない。現時点は心理的な効果が大きい『アベノミクス』で景気回復への期待が高まっており、多くの人が回復の腰を折るような施策は避けてほしいと主張する」

成功例少ないグリーンイノベーション

――再生可能エネルギーなど環境投資が温暖化対策であると同時に、成長のエンジンにもなるというのがひとつの解答ですが。

「グリーンイノベーションへの期待は今も大きいが、そう簡単ではない。オバマ米政権も成功しているとは言えない。数年前なら電気自動車がグリーンイノベーションのひとつの象徴だったが、いまは勢いを失ったようにみえる。ガソリン車の燃料消費効率が高まったのが一因だ。家庭の電化で効率をあげるやり方も行き詰まって、むしろもっと熱を賢く利用しようという流れだ。今のところグリーンイノベーションで成功した事例が少ない」

「国民や企業の不安感を払拭できる積極的な政策展開がないとも言える。例えば発送電分離の大方針は見えたが、新しいビジョンに基づいて動きが加速しているかというと、そうでもない。風力や地熱発電は大きな潜在力があるはずだが、普及の足を引っ張るような動きすらみえる。津軽海峡を通る送電線の能力を増強すれば、北海道でもっと風力発電を増やせるはずだ。それがわかっていても具体的に動きが見えない」

「原子力への依存度低下を受け石炭火力で穴埋めする議論があるが、本来なら二酸化炭素の回収・貯蔵(CCS)を前提とするとか、効率が高い石炭ガス化複合発電(IGCC)を入れる判断があるはずだが、コストがかかる、電力料金が上がるなどの理由で、踏み切れない」

――中国などはあまり環境にお金をかけなくても済むのに、なぜ日本がやらなくてはならないのかという声が確かにあります。しかし日本が途上国と同じ発想であって良いはずがない。

「どのみち日本は変わらざるを得ない。製造業のグローバル化が進む。超高齢化社会を迎える。制度や仕組みを大きく変えていく中で地球環境問題にどう対処するかも課題のひとつに入れて国を設計し直す時にきている」

2大排出国の米中抜きではしり抜けに

――地球の平均気温上昇を2100年時点で産業革命前に比べ2度未満に抑える。国際社会はこれを共通目標として掲げていますが、達成困難だとして「オーバーシュート(超過)シナリオ」を提唱する動きがあります。いったん2度を超えても、その後の技術進歩で2200年ころまでに目標以内に戻せるというわけです。

「確かに21世紀末に2度未満の目標は難しくなっている。これが達成不可能とわかったときの次善の策としてオーバーシュートシナリオを研究する意義はあるだろう。しかしこのシナリオを採用するとなると2つ問題がある。今でさえタガをはめて排出削減に努めているのになかなか減らない。努力を緩めてしまったらどうなるのか。将来、本当に削減へ向かうのか。また自然生態系が2度を超す気温上昇に適応してしまい、後から温暖化ガス排出を減らしても自然が吸収してくれるのか、わからない」

「理屈としてはわかるが、これを言い出せば(削減努力を回避する)逃げ口上ととられる」

――2020年以降のいわゆる「ポスト京都議定書」の削減枠組みの国際交渉が始まっていますが、どうみていますか。

「米国がプレッジ・アンド・レビュー(約束と検証)方式を提案している。自分たちができることを約束し、国際的な検証に耐えうる形できちんと実行するという考え方なら、中国も乗れるだろう。温暖化対策は2大排出国の米中抜きの仕組みではいくら立派な制度をつくってもしり抜けになってしまう。京都議定書のように強制的な削減割当を各国に負わせる方式では、米中は参加しないだろう」

――全員参加のためプレッジ・アンド・レビュー方式を採用する考え方はわかりますが、そうなると、2度未満は本当に達成不可能になります。

「2度未満目標は不確実性が高いが、その旗を降ろすのは容易ではない。緩和の目標として2度未満を掲げつつも、現実的には4度程度の上昇を予測して適応策を準備するという、ダブルスタンダード的な状況を覚悟する必要があるかもしれない」

取材を終えて


 温暖化への適応計画をたてる必要があるとの指摘を聞いて思い出したのは、2006年に公表された「スターン報告」だ。英政府の諮問に答えて経済学者のニコラス・スターン氏がまとめた報告書が強調したのは、緩和策は適応策より安上がりということだ。世界規模で気象災害が頻発し、その対応に後ろ向きのお金を投ずるのに比べたら、温暖化を止めるための事前の環境投資など安いものだ。それは環境産業の成長を促す利点すらある。だからこそ早期に思い切った温暖化ガス削減策を講じるべきだと多くの人が考えた。
 今、眼前にあるのは、緩和策が中途半端なまま、適応策にお金を回さざるを得なくなりつつある現実だ。日本だけのことを考えて済む問題ではない。気象災害は世界を不安定化し様々な安全保障上のコストを日本に強いる恐れがある。

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