2019年8月22日(木)

日米外交60年の瞬間 第3部

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ダレス特使の再訪 サンフランシスコへ(1)
日米外交60年の瞬間 特別編集委員・伊奈久喜

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2011/8/20 12:00
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ホワイトハウスはマッカーサー解職を発表した1951年4月11日、日本にとって重要なもうひとつの声明を発表した。ダレス特使の再来日である。第1部で述べたように、1951年1月25日から2月11日まで18日間の訪日は、日本に強いメッセージを残した。第3部は、講和条約に向かう日本国内および各国の思惑の軌跡をたどる。

■日本の不安鎮める狙い

ホワイトハウスの声明は「ダレス国務長官顧問はリッジウェー中将および日本の指導者と対日講和条約の締結を促進するよう協議するため今週末東京へ向け空路ワシントンを出発する」と始まる簡単な内容だった。11日は水曜日だったから、今週末とは3日後だった。

声明は「対日講和条約の基礎となる諸原則」が「民主、共和両党幹部、米議会の上下両院およびマッカーサーとの緊密な協議のもとに設定され、トルーマン大統領の全面的承認を得た。トルーマン大統領は対日講和条約の締結をできるだけ促進することが米国政府の確固たる政策であることを既に明らかにしている」と指摘し、さらに「この声明はトルーマン大統領がアチソン長官、ダレス国務長官顧問との会談後発表されたものである」と結ぶ。

狙いは透けてみえる。マッカーサーを失って不安を感じる日本に対する配慮である。UP通信のヘンスレー記者は「ダレス訪日は米政府がマッカーサー解職にかかわりなく対日講和条約の締結を推進する意向であることを示すため」とのワシントンの「消息筋」の話を伝えている。

「消息筋」とはダレス周辺だろう。既に指摘したように、ダレスの1~2月の訪日を踏まえて固めた講和条約草案に対し、英国は、日本に甘すぎると考えていた。ダレスは、これらの点をめぐって英国などと論戦する用意があると周囲にもらしていた。ただし琉球列島と小笠原諸島を保持したいとの日本側の要求については「米国は国連の信託統治を希望する」と伝えていた。

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