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シリコンバレーに「もの作り」の波 最前線を追う

シリコンバレーに「ものづくり」の新しい波が押し寄せている。3D(3次元)プリンターの登場やクラウドファンディングなど資金調達手段の多様化で、アイデアをかたち(製品)にするハードルが劇的に低下。自由な発想とスピードでウエアラブル機器やロボットなど斬新な製品が次々と生まれる。ソフトウエアからハードウエアに広がる「ものづくりバレー」。その最前線を追う。

受注開始から2日で予約1000台以上

サンフランシスコ市南部のドッグパッチ地区。健康管理系のウエアラブル端末を開発するスパイアのオフィスを訪ねると、ジョナサン・パレイ最高経営責任者(CEO)がスマートフォン(スマホ)の画面にリアルタイムに表示される自分の「精神状態」を得意げに見せてくれた。

「リラックスしているときは濃い青、ストレスが高いと赤に変わる。ストレスがかかると変化する呼吸のパターンを計測することで、精神状態を可視化したんだ」。呼吸などのデータは小石ほどの大きさの端末を、クリップでベルトなどに装着して測る。ストレスが高い状態が続くと、深呼吸したり体を動かしたりするよう勧めてくれる。

パレイ氏は高校時代に自分で作ったソフトウエアを販売して以来、いくつもの事業を興してきたシリアルアントレプレナー(連続起業家)。だが、ハードウエアの製品を作ったのは初めてだ。試作品を素早く簡単に作れる3Dプリンターの登場やセンサーなど電子部品の価格低下、演算処理など必要な機能を"アウトソース"できるスマホの普及が背中を押した。

「ハードウエアがソフトウエアよりハード(難しい)なことに変わりはないが、ウエアラブル端末は成長分野。僕らはまだできることの表面をなぞったにすぎない」とパレイ氏。社名を冠した最初の製品「スパイア」は6月17日の受注開始から48時間で、1000台以上の予約が入った。

シスコシステムズやイーベイが本社を置くサンノゼ市。中心部にある「テックショップ サンノゼ店」が先月上旬に開いたオープンハウスは、大勢のものづくり愛好家でにぎわっていた。

約1600平方メートルの店内に3Dプリンターやレーザーカッターなどの工作機械や最新のCADソフトなど総額150万ドル(約1億5000万円)相当の設備が並ぶ。月額125ドルの会費を払うと、毎日午前9時から深夜0時まで利用できる。

2006年に創業したテックショップはサンノゼを含め全米で8店舗を運営。会員数は6000人を超えた。ここで生まれた製品の知的財産権はすべて会員に帰属するというルールも人気を集める理由の1つ。「仕事帰りに立ち寄るグーグルやヤフーなどIT企業の社員も多い」(サンノゼ店)

1939年に誕生した元祖ハードウエア・スタートアップのヒューレット・パッカード(HP)以来、シリコンバレーで起業といえば「ガレージ」というのが定番だが、最近は「テックショップ発」も増えている。

創業者のマーク・ハッチCEOは、「ものづくりブームは全米に広がるが、シリコンバレーは作っただけで満足せず、ビジネスにしようと考えている人が多い」と指摘する。

アイデアを形にするスピードを重視

「今日はみなさんにディスラプター(Disrupter=破壊者)たちを紹介します」。先月18日、サンフランシスコ市内で、ハードウエアのスタートアップばかり13社を集めた製品発表会(デモデー)が開かれた。

主催したのは「ハイウエー1」。中国・深圳に拠点を置くアイルランドの製造・物流大手PCHインターナショナル(PCHI)が運営するハードウエアに特化したインキュベーション施設だ。

ハイウエー1は競争率10倍以上の狭き門をくぐり抜けた10社程度のスタートアップに5%前後の株式と引き換えに2万ドルを出資。4カ月間、施設に入居させて製品の試作から量産まで必要なノウハウを伝授する。

ソフトウエア・スタートアップのインキュベーターとの大きな違いは、施設内に様々な工作機械がそろっていることだろう。中国のEMS(電子機器の製造受託サービス)や部品メーカーを訪ねて製造の現場を学ぶ2週間の研修もある。

「製品のパッケージングや工場との付き合い方など、自分たちに足りなかった部分をハイウエー1はすべて補ってくれた」。大勢の立ち見が出るほど盛況だった発表会で、心拍数などを計測できるセンサーを内蔵したスポーツウエアを披露したカレン・カウシャンスキー氏は話す。

PCHIのリアム・ケイシーCEOは、「ハードウエアの世界にイノベーションを起こす有望企業を発掘し、成功に導きたい」と意気込む。先月には米家電量販店大手のラジオシャックと提携。全米で最大2000カ所のラジオシャックの店舗に、ハイウエー1の「卒業生」らの製品を展示・販売するスペースを確保。ハードウエア・スタートアップにとって大きな壁である販路の開拓も後押しする。

新世代のハードウエア・スタートアップに共通するのは、アイデアを形にするスピードを重視していることだ。

多少粗削りでも素早く市場に出し、ユーザーの声を参考に完成度を高めていく。ソフトウエアの開発思想を踏襲した手法は、完璧に仕上げてから市場に出す従来の「ものづくり」とは一線を画す。

ソフトの力だけではもはや限界

「試作」「資金調達」「製造」「販売」。ものづくりのあらゆる工程で、これまで起業を妨げていた障害が除かれつつある。こうした環境変化がシリコンバレーのハードウエア・スタートアップを後押ししている一方、もう一つ見逃せない「気づき」が彼らにはある。「ソフトウエアの限界」がそれだ。

スマホの普及は、その上で動くアプリ(応用ソフト)の巨大な市場を生み、多くの起業家を引き寄せた。だが、「エネルギーや交通、健康など世の中の大きな問題のほとんどは、ソフトウエアの力だけで解決するのは限界がある」。

自動運転車やグーグルグラスなどの開発を手掛けるグーグルの研究開発部門「グーグルX」を率いるアストロ・テラー氏はこう指摘する。同じ言葉は、ストレスの多い現代人の生活を改善するツールとして、ウエアラブル端末の普及を目指すスパイアのパレイ氏からも聞いた。

シリコンバレーのハードウエア・スタートアップの先頭を走る起業家といえば、電気自動車メーカーや宇宙ベンチャーを率いるイーロン・マスク氏だろう。常識にとらわれない発想で既得権益に挑み、新たな市場を切り開いてきた。

同じ成功を誰もがつかめる保証はどこにもない。だが、20年以上にわたってシリコンバレーの変遷を見つめてきたITジャーナリストのデイビッド・カークパトリック氏は言う。

「我々にはもっとたくさんのイーロン・マスクが必要だ」

(小川義也、兼松雄一郎、藤田満美子)

[日経産業新聞2014年7月9日付]

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