寿命が延びる? 人気サプリ「グルコサミン」の真実
日経BPヒット総研 西沢邦浩
2013年6月14日の閣議決定を受けて、「食品の新たな機能性表示制度」の検討が進んでいる。最終製品を用いたヒト試験によって科学的根拠を証明するか、これまでに行われた研究の解析評価による実証をベースとして、企業の責任において、健康維持・増進に関する表示を行う、といった内容だ。対象食品には、一般的な食品から健康食品、野菜や魚などまで含まれるとしている。

しかし、この制度が導入され、ある食品に関して機能性表示が始まったとしても、企業はその食品について新たに発表される科学的根拠を常に検証し続ける必要がある。それを使う消費者も、正しい情報を収集し、効果実感を確かめながら、使用価値がある食品なのかどうかをチェックしなければならないだろう。
なぜなら、食品やその成分に関する科学的根拠は必ずしも定まったものではなく、しばしば、よい結果も「効果無し」とする結果も出るものだからだ。
グルコサミンは、関節に効く?効かない?
人気サプリメントのグルコサミンを例に引いてみよう。
グルコサミンは、ヒトを含む動物の軟骨やカニ・エビの殻などに含まれる糖の一種で、関節の痛みを緩和する、動きを潤滑にする、といった効果を期待する人たちに支持されている成分だ。
日本通信販売協会サプリメント部会が2012年末に行った調査によると、グルコサミンは同協会に加盟するサプリメント販売企業200社のうち120社が販売しており、コラーゲン、ビタミンCを抑えて、取り扱い成分のトップになっている(サプリメント登録制 調査資料 2013年3月より)。
矢野経済研究所の調べでは、2012年度のグルコサミン市場はメーカー出荷金額ベースで前年比109.4%の464億円に達した(2014年版 健康食品の市場実態と展望より)。
この成分の機能性については、2012年に消費者庁が「食品の機能性評価モデル事業」で評価を行い、結果を発表している。詳細は省くが、高齢者に悩む人が多い変形性膝関節症の症状改善で総合B(適切な摂取によって効果があるかもしれない)という評価を付けている。

これは決して低い評価ではない。なぜなら、同時に評価されたヒアルロン酸、ビルベリーエキスなどを含む11成分の中で、一番上位の総合A(適切な摂取によって効果が期待される)という評価を得たのは、医薬品にもなっている魚油成分であるEPAとDHAしかないからだ。
しかし、このように評価が高い成分でも否定的な研究は多い。
10件の臨床試験を解析して、膝関節・股関節の変形性関節症に伴う症状に対する効果を評価した報告では、痛みの緩和も関節摩耗の予防効果も見られなかったとしている(BMJ;341,c4675,Sep16,2010)。2014年に入ってからも、米国で行われた、慢性的な膝関節痛を訴える患者約200人に対する臨床試験で、グルコサミンを24週間取っても病変部位に変化は起こらなかったという結果が発表されている(Arthritis Rheumatol.; 66(4),930-939,2014)。
しかし、「実際に、患者によっては痛みが消える場合もある。エビデンス(科学的証拠)だけで個別の患者向けの指導が行われるのなら、医師がいる意味がないのでは」と、現代医学の主流になっているエビデンス主導の治療に疑問を呈する大学病院の医師もいる。
食品成分だけに、安全性が担保されれば、あとは個人の効果実感が優先、という考え方は理にかなっているともいえる。
グルコサミンで寿命が延びる?

一方、研究者や医師の間で、今、グルコサミンに関して話題になっているのは、関節痛の緩和とはまったく違った効能だ。
いくつかの研究によって、この成分で「寿命が延びるのかも」という結果が出て、その仕組みに迫る分析も登場しているのだ。
2014年3月、「Cell」という学術誌に、グルコサミンが加齢に伴う病気の引き金になる「たんぱく質の劣化」を防ぎ、線虫の寿命を延ばしたという研究が発表された(Cell;156(6),1167-1178,2014)。さらに4月には、グルコサミンを投与されたマウスで寿命延長効果が確認されたという報告も続いた。「グルコサミンをとらなかったマウスに比べて約10%、ヒトにして8年相当の寿命延長があった」(研究班)。こちらでは、グルコサミンをとることで、まるで糖質摂取量を制限したときのような体内状態になり、糖代謝が改善したのが寿命延長の理由かも、といった考察を行っている(Nat.Commun.;5,3563,Apr8,2014)。
ではなぜ、これらの研究が話題を喚起したのか。
それは、これに先立つ2010年に、約7万8000人を平均5年間追跡して、20種類のサプリメント摂取と死亡リスクの関係を見た研究で、計13のビタミン・ミネラルも他の5種類のサプリメントも死亡率には影響がなかったが、グルコサミンおよび、同様に関節の痛みや不調を訴える人たちに支持されているコンドロイチンでのみ全死亡リスクが低下した、という結果が報じられていたからだ(Am.J.Nutr.;91,1791-1800,2010)。
その2年後には、同じ群をさらに約2年間追跡したところ、グルコサミン摂取者ではがんと呼吸器疾患による死亡リスクが大きく下がっていたという発表があった(Eur.J.Epidemiol;27,8,593-603,2012)。こうした働きは抗炎症作用によるものではないかとされていたが、今回、効果の仕組みを解明する新たな研究が出てきたというわけだ。
しかし、グルコサミンが死亡率低下に効く理由はまだ定まったとはいえない。
例えば、健康寿命を損ねる大きな要因である膝や関節の疾患の意味を理解し、それを防ごうという意識の高い人たちが、ケアの一環として、関節の健康を守るといわれるグルコサミンをとっていたのかもしれない、という推測もできるからだ。
食品の効能に関する科学的根拠に「確実」はない?
たったひとつの食品成分について見ても、このように、効能もその科学的根拠も常に揺れ動いている。もっともそれは、食品もしくは食品成分の性質を考えれば当然ともいえる。医薬品のように心身に鋭く一定の影響が出たとしたら、そのほうがよほど問題だ。
人は誰しも、自分に都合のいい結果に目が行きやすいという性質を持っていることも忘れてはならないだろう。実際に、偽物の成分でも、信じて飲み続けた人には効果が出ることもある。
だからこそ、食品の機能性の評価については、企業も消費者も"揺れ動いて当然"というくらいの認識で接するべきかもしれない。
消費者に最も必要なのは、効果を期待して口に入れた食品に対し、自分の心身がどんな声を発するかをきちんとキャッチできるアンテナの感度を磨くことなのではないか。

日経BPヒット総合研究所 上席研究員・日経BP社コンシューマ局プロデューサー。小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。早稲田大学非常勤講師。
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