2019年8月25日(日)

日米外交60年の瞬間 第3部

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吉田全権団の人事内定す サンフランシスコヘ(31)
日米外交60年の瞬間 特別編集委員・伊奈久喜

2012/3/17 7:00
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1951年8月3日夜、吉田との会談を終えた苫米地義三民主党最高委員長は、記者団に次のように語った。

「突然首相が箱根から来訪したことは首相の誠意が認められる。しかし民主党の既定方針に変わりはないから政府が臨時国会を開いて納得のいく説明を行い、筋が立てば全権の派遣を行うことになろうが、最終的には議員総会で決める」

苫米地自身は行く気持ちに傾いていた。が、党内情勢を考えると、こう話すしかなかった。

■安保切り離して受諾した民主党

苫米地義三は全権団の一員となることが事実上決まった(1951年8月、国会で)=毎日新聞社提供

苫米地義三は全権団の一員となることが事実上決まった(1951年8月、国会で)=毎日新聞社提供

民主党内には芦田均前首相がいたし、左派といわれる勢力もあり、彼らはすんなり認める雰囲気ではなかった。だから苫米地は臨時国会での議論を強調した。結果的に、それは本当だった。

吉田側は、しかしこれで大勢は決したとみた。苫米地が全権団の一員としてサンフランシスコに赴くことは事実上、この3日夜の吉田・苫米地会談で事実上決まった。

対民主党交渉の責任者だった岡崎勝男官房長官の3日夜の首相官邸での記者会見での発言は次のようなものだった。

「臨時閣議で国会召集を決定したのは、講和条約の重要性にかんがみ国民の理解を得る必要があるからで、国会では条約草案の大要を報告する。この国会は全権の人選とは切り離し、全権派遣の承認を求めるためのものである。人選については何もいえないが、国会の承認を必要とする分は残して4日中には内定する。なお全権代理は置かない」

民主党は国会後に全権派遣を決定するが、ここで日米関係史のうえで重要な意味を持つ留保をつけた。講和条約への署名には参加するが、日米安全保障条約には署名しないとしたのである。

岡崎発言が安保条約に触れていないように、国会では安保についての政府の説明は不十分だった。少なくとも民主党はそう考えた。

この結果、サンフランシスコでは吉田ひとりが安保条約に署名する。その理由や歴史的影響は後に詳述する。安保条約は長い間、超党派の支持を得られず、逆に党派対立の原因になるが、この時の民主党の姿勢は、その始まりだった。

■最初はオブザーバーとされた一万田日銀総裁

吉田・苫米地会談を受け、日経政治部は「講和全権団の顔ぶれ内定」と4日付朝刊に1面4段で報じた。官房長官が「4日中に内定」と語っているのだから、政府の発表を待つわけにはいかない。内定と報道されたのは次の顔ぶれだった。

1951年
4月11日
トルーマン大統領がマッカーサー元帥を連合国最高司令官、国連軍最高司令官、米極東軍・極東陸軍総司令官から解職。後任にリッジウェー中将
4月16日ダレス特使再来日
6月20日日本政府、第1次追放解除を発表
8月6日日本政府、第2次解除を発表。鳩山一郎ら追放解除される
9月1日米、オーストラリア、ニュージーランド、太平洋安保条約に調印
9月4日サンフランシスコ講和会議始まる
9月8日吉田首相、対日講和条約、日米安全保障条約に調印
12月24日吉田首相、ダレスに台湾の国民政府との講和を確約(「吉田書簡」)

▽首席全権=吉田首相

▽全権委員=池田勇人蔵相、星島二郎(自由党)、徳川宗敬(緑風会)

▽オブザーバー=白洲次郎(東北電力会長)、守島伍郎(衆院外務委員長)、大隈信幸(参院外務委員長)、松本六太郎(農協党)

▽随員=西村外務省条約局長、島内連絡局次長、藤崎条約課長、小畑事務官、松井首相秘書官、杉浦外相秘書官

そして「なおこのほかにオブザーヴァーとして一万田日銀総裁、松本元同盟通信編集局長が有力視されている」とある。実際には一万田はオブザーバーではなく、全権として参加した。この物語の初めの方で書いた通り、一万田はプライドの高い人物であり、オブザーバーでは納得しかねたのだろう。

人事は政治であり、政治とはしばしば人事に尽きる。

オブザーバー問題は時間をおかずに問題になる。このリストにも様々な人間模様があった。すべてを語り尽くすことはできないが、白洲は吉田側近として著名な人物であり、妻正子とともに、スマートなカップルとして歴史に残る。著書「プリンシプルのない日本」はいかにも白洲らしい本である。

外務省では条約局長の西村熊雄である。講和条約交渉の最重要人物であり、戦後の外務省に長く続いた条約局時代をきっかけをつくった。「サンフランシスコ平和条約・日米安保条約」などの著書がある。後に駐フランス大使になり、「ジロドゥ戯曲全集」の翻訳にもかかわった。

藤崎は少し後に60年安保交渉にもかかわる。子息の一郎は現在、駐米大使である。

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