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高村薫、宮部みゆき… この夏に読みたい10冊

1~6月書評閲覧ランキングから

(毎日新聞社・上下各1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています。以下同)

うだるような暑さが続くこの8月。お盆休みに持って行く1冊は何がいいだろう。あれこれ迷わず大作に挑戦するチャンスかも知れない。2013年1~6月に電子版に掲載した書評で閲覧数の多かった本から緑陰にお薦めの10冊を選んでみた。(「高村薫、自著を振り返る」と1~6月の書評ランキングを後半に掲載しています。文中敬称略)

帰ってきた合田雄一郎

書評がよく読まれるのはよく売れていることを必ずしも意味しない。この2年間の検索ランキングでは、ある特定分野の新知識を詰め込んだ書籍が上位を占めてきた。逆に誰もが題名を知っているようなヒット作は案外影がうすかったのである。しかし今年は180度様変わり。ミステリー、時代小説といったジャンルで大物作家の渾身のベストセラーがズラリ並んだ。これも景気が上向きつつあるアベノミクスの影響だろうか、ノウハウものよりエンターテインメント系の大作が勢ぞろいだ。

(新潮社・第1部~第3部各1800円)

ランキング第1位は「冷血」(高村薫著)。主人公は僕らの時代で最も人気ある刑事の1人、合田雄一郎。T・カポーティーのノンフィクションノベル「冷血」をモチーフに、未解決の「世田谷一家殺害事件」をモデルに事件の真相に迫っていく。ここ約10年は宗教と政治を扱うなどの作品を発表してきたが、今回のテーマは動機不明の殺人。しかし短絡的に「ミステリーの女王・高村薫が帰ってきた」と早合点してしまうとワナにはまる。何しろ「私は確信犯的」とうそぶく著者なのである。行間のあらゆる箇所に仕掛けが入っていると思った方がいいかも知れない。


(NHK出版新書・860円) 

2位はもう1人の女王・宮部みゆきの「ソロモンの偽証」。著者初の法廷ミステリーというが、こちらも当然一筋縄にはいかない。男子中学生の校舎からの墜落死を巡り、生徒たちが空前絶後の学校内裁判を開くストーリーだ。全3巻、2000ページを超える超大作だが著者の力業がさえ飽きさせない。優秀でいてもろく、凜々(りり)しいが幼さの残る中学生たちがに、知らず知らずに感情移入させられる。

卓越した知の巨人6人のインタビューをまとめたのが3位の「知の逆転」(吉成真由美編著)。文明観からお勧めの本などインタビューアーである編者の質問が卓抜で、先端サイエンスの知識を持たずとも十分楽しめる。数学者でIT企業共同創設者のT・レイトンを除けばみな70~80歳代だが枯れた印象が全くしない。常識を疑うだけでなく覆してみせるという気概に満ちている。こうした碩学(せきがく)に「今の若い人は守備範囲が狭い」などとガツンと言われると暑さにだらけてもいられない。

司馬遼太郎を超えるか

(日本経済新聞出版社・上下各1600円) 

直木賞受賞作の「等伯」(安部龍太郎著)が4位に入った。著者は司馬遼太郎が展開した時代小説のあり方に挑み続けた作家といえるかも知れない。司馬作品に共通する全体を俯瞰(ふかん)するような歴史観や人物描写に対し、安部龍太郎は小説自体の筋立ての面白さを追求してきた。「国盗り物語」の近衛前久は信長に富士山見物をねだる軽薄な公家だが、安部ワールドでは知謀と豪胆さを兼ね備えた希代のフィクサー。また「関ケ原」における世渡り上手の藤堂高虎は、安部の手で太平の世作りを目指す深謀遠慮の武将に描かれる。本書はこれまでの代表作「血の日本史」「関ケ原連判状」「信長燃ゆ」などに比べ一層重厚な味わいの仕上がりになっている。


(小学館・1300円)

5位は41歳の若さで急逝した流通ジャーナリスト・金子哲雄の「僕の死に方」(小学館)。肺カルチノイドという難病で余命宣告を受けた筆者が最期の日々を自らつづった。その事実の記述が圧巻だ。見事なまでに自らの人生を締めくくった。

白河三兎の「私を知らないで」(集英社)が6位に。昨年7~12月期も8位にランクインした。中学生の主人公を軸に新進作家の先の読めないストーリー展開に引き込まれる。

「赤い貴族」たちの実態をリアルタイムで

(集英社文庫・650円)

中国で元重慶市トップ・薄熙来の裁判が始まった。7位の「紅の党」(朝日新聞中国総局、朝日新聞出版)は昨年の薄失脚を皮切りに中国共産党の実態に迫った。「為人民服務(人民のために奉仕する)」をスローガンにしてきた共産党は今やドイツの人口と匹敵する約8300万人の党員を抱える「赤い貴族」たちの巨大組織だ。かつて毛沢東は一生を通じほとんど中国を離れなかった。現在の指導者層は争って子弟を海外留学させる。

(朝日新聞出版・1300円)
(小学館・1300円)

本書は欧米での丹念な取材を取り込んだのが特徴。そこがちまたにあふれる中国ウオッチャーらの類書と一線を画している。歴史に対する答案を日々提出しているような内容だから、どうしても現実の進行とズレが生じる部分が出てくる。しかしリアルタイムで現代史を間近に眺めているような迫力は変わらない。

弱者の必勝法とは?

8位の「問題です。2000円の弁当を3秒で『安い!』と思わせなさい」(山田真哉著)は、ベストセラー「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」の著者による会計学の入門書。歴史にも関心を寄せ平清盛の戦略を会計士の視点で解析してみせた意欲的な著書もある。次回作も期待したい。

9位「皮膚感覚と人間のこころ」(傳田光洋著)は自己と他を分ける「皮膚科学」の最新研究だ。意識が生まれるのは脳からだけではない。人間の脳と皮膚感覚は密接に結びついている。取っつきやすい本ではない。それだけに時間のある時にじっくり読みたい。

(新潮社・1300円)
(新潮社・1100円)

スポーツ競技の経験者ならば、またゲームが趣味の読者ならば誰でも強い人と勝つ人が微妙に異なることを知っているだろう。実力がありながら肝心の勝負で負け、弱くてもなぜか効率よく勝つ人が身近にもいるものだ。10位の「弱くても勝てます」(高橋秀実著)は意外に勝ち進む(?)東大進学校・開成高野球部の1冊だ。選手の資質も体力も練習量も限られている中でどうやって最大限の効果を呼び込むか。折しも甲子園大会が進行中。高校球児たちの熱い戦いを横目に読んでみたい。

早大卒のインテリ棋士で将棋のA級まで上り詰めた木村義徳9段の著作に「弱いのが強いのに勝つ法」という1冊があった。子供の時から将棋漬けだった相手には地力で劣る。そんな時に勝つコツは短期決戦、得意戦法に巻き込む、相打ち狙い――だそうだ。確かに1発勝負の連続であるトーナメント戦ならば、弱者が強者を破ることがある。しかし一方で、最後には地道な努力にかなわないのも事実だろう。日本シリーズや名人戦で7戦中4勝するのは諦めることです。(電子整理部 松本治人)

<大切にしたい小説の空気感>高村薫、自著を振り返る

「冷血」を振り返る高村薫さん(8月7日、大阪・吹田市の自宅で)

――「新リア王」「太陽を曳く馬」など思索的な作品が続いた後に「冷血」で合田刑事が主人公。高村ミステリーが本格復活ですか?

「受け入れやすいミステリーだと思って手に取っていただくと期待と外れるかも(笑)。私は確信犯的(笑)。作家は精神的にも物理的にも技術的にも昔には戻れません」

――確かに「冷血」では、殺人事件の犯人2人は案外あっさり逮捕されます。ただその後が大変で、いくら尋問しても動機が本人たちにもはっきり説明できない。

「自分の行動を言葉で完全に説明できるものでしょうか。よく『カッとなって殺した』と言いますがそんな簡単に言葉でまとめて良いのか。本当の動機は本人すら完全には分からないのではないか。『簡単に言葉で説明し簡単に納得する』に対する疑問を書きました」

――T・カポーティーの「冷血」も本作と同様、2人組の犯人が一家4人を惨殺します。

「貧しく荒涼とした当時の米カンザス州の空気を2000年代の東京に持って来たかった。カポーティーとはラストは全然違いますが。大切なのはタイトルやストーリーよりも空気感。どんな空気感の小説が書けるかを意識しています。豊かさと貧しさがすれ違う場所として『赤羽』を選びました」

――本作もそうですが高村作品では当初は額に汗して働いていた犯人が多いですね。ネットワークシステムを駆使して瞬時に大金を手にするような犯罪者は出てこない。

「生活者として私自身の実感がない犯人は描けません(笑)合田もクサらず平坦、単調なデスクワークをさせました。地道な忍耐が必要なのが社会の仕事と思います」

――次回作は?

「9月から山あいの集落で暮らす人々の物語を連載予定です。平凡な男女の平凡な日常を私の考える美しい日本語で描写したい」

――今夏に自身が読む本は?

「空海全集を。空海は日本で一番人気のある仏教者です。人気投票ではいつも1位空海、2位親鸞であるとか。ただ残した業績も言葉も本当に難しい。来年は高野山開創1200年ですのでこの機会に」

「読者の皆さんにお勧めの緑陰の1冊は『謎の独立国家ソマリランド』(高野秀行著)を。日本人には馴染みのないアフリカの国のノンフィクションで、深い内容を大変軽いタッチで描いています」

2013年1~6月に読まれた書評 ベスト25
(書名をクリックすると書評を表示します)
1冷血(上・下)
高村薫著
2ソロモンの偽証 第1部~第3部
宮部みゆき著
3知の逆転
吉成真由美インタビュー・編
4等伯(上・下)
安部龍太郎著
5僕の死に方
金子哲雄著
6私を知らないで
白河三兎著
7紅の党
朝日新聞中国総局著
8問題です。2000円の弁当を3秒で「安い!」と思わせなさい
山田真哉著
9皮膚感覚と人間のこころ
傳田光洋著
10「弱くても勝てます」
高橋秀実著
11談志が死んだ
立川談四楼著
12統計学が最強の学問である
西内啓著
13社長は少しバカがいい。
鈴木喬著
14僕たちの前途
古市憲寿著
15憧れの女の子
朝比奈あすか著
16宗教のレトリック
中村圭志著
172666
ロベルト・ボラーニョ著
18沈黙のひと
小池真理子著
19一四一七年、その一冊がすべてを変えた
スティーヴン・グリーンブラット著
20ニュートンと贋金づくり
トマス・レヴェンソン著
21宇宙はこう考えられている
青野由利著
22謎の独立国家ソマリランド
高野秀行著
23イノベーション・オブ・ライフ
C・M・クリステンセン、J・アルワース、K・ディロン著
24脳科学がビジネスを変える
萩原一平著
25出雲と大和
村井康彦著

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