計画から半世紀 新宿御苑かわすバイパス開通の価値 - 日本経済新聞
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計画から半世紀 新宿御苑かわすバイパス開通の価値

池袋と新宿、渋谷の3つの副都心をつなぐ明治通り。JR山手線の内側に沿って走る東京都内の幹線道路だ。慢性的な交通渋滞が問題となっているJR新宿駅の東側で、明治通りのバイパスを造る工事が静かに進んでいる。

当初の計画が決まったのは、今から約70年前。しかし、バイパスは開通することなく、長らく止まったままになっていた。希少な樹木の群落がある新宿御苑の敷地に道路が掛かる計画となっていたからだ。

バイパスを整備する東京都は2005年、道路の構造を見直してこの群落を回避できるように計画を改めた。工事は2010年からスタート。2020年の東京五輪を前に、ようやく開通のめどがついた。

池袋から南下した明治通りは、伊勢丹新宿店がある新宿3丁目交差点や、甲州街道(国道20号)と平面交差する新宿4丁目交差点などを経て、渋谷方面に向かう。

幹線道路同士の交差点

甲州街道は山梨県や長野県とつながり、JR線をまたぐ新宿駅南口付近では1日当たり約6万台もの自動車が通る。一方、明治通りの交通量も同3万5000台と多い。日本最大級のターミナル駅である新宿駅のすぐそばで幹線道路同士が交わり、周辺は車や人であふれている。

こうした状況を改善するために、甲州街道に面したJRの線路上に人工地盤を造り、駅前広場のほか高速路線バスやタクシーの乗降場などを設ける工事が進んでいる。

2015年度の完成を予定する。そばには33階建てのビルを建設する計画もある。

交通結節点の整備や再開発によって、周辺の交通需要はさらに高まるとみられる。明治通りのバイパス整備は喫緊の課題となっていた。

明治通りは「本線」ではなかった

池袋から渋谷までの明治通りの大部分は、東京都が都市計画道路として定めた「環状第5の1号線」に当たる。

ただし、明治通りのうち新宿3丁目交差点や新宿4丁目交差点を通る新宿駅周辺の区間は、環状第5の1号線の本線ではなく「支線」として位置付けられている。都市計画上の「本線」となっているのは、新宿駅の北東で明治通りから東側に分岐して南下する御苑通りだ。

御苑通りは4~8車線の広い道路だが、交通量は支線である明治通りほど多くない。本線にもかかわらず、途中で行き止まりになっているからだ。

明治通りから分岐して御苑通りを南下すると、新宿区内藤町にある新宿御苑そばの交差点で右折か左折を求められ、トンネルに入った甲州街道の脇にある地上部の側道などに進むしかない。直進方向の行く手は工事用のフェンスに阻まれる。

フェンスのそばから中をのぞくと、真っすぐに続く空き地と、その先にトンネルが見える。空き地をたどると、渋谷区内にある明治通りの千駄ヶ谷5丁目交差点付近に行き当たる。

内藤町の交差点から南方向に進んで、千駄ヶ谷5丁目交差点付近まで至る約800mの区間が、長らく未開通となっていた環状第5の1号線の本線だ。完成すれば、既にある御苑通りと一体で、新宿駅付近で混雑する明治通りを迂回するバイパスとなる。

半世紀以上待たされた2つの理由

東京都が環状第5の1号線を都市計画決定したのは、戦後間もない1946年3月のことだ。東京の骨格を担う幹線道路として4車線を確保することとし、拡幅工事などを進めてきた。

しかし、内藤町の交差点から千駄ヶ谷5丁目交差点付近までの約800mは唯一、細い道路さえ存在しない区間として残されてきた。

主な理由は2つある。1つは、新宿御苑の敷地を通過する道路だったからだ。

新宿御苑は、環境省が皇居外苑や京都御苑と並んで所管する国民公園だ。毎年春には、総理大臣主催の「桜を見る会」などが開かれることでも知られる。

都市計画決定した当初の計画は、池袋方面に向かう北行き(外回り)と渋谷方面に向かう南行き(内回り)でそれぞれ2車線ずつ、計4車線を平面構造で造るというものだった。道路の幅は31~35m。新宿御苑の公園区域の一部を道路区域に変えて、道路を通す計画となっていた。

この計画に環境省は難色を示した。道路の計画ルート上に、全国的に希少な樹齢100年を超える落羽松(らくうしょう)の群落があったからだ。新宿御苑内の湧水を水源とする湿地への影響も危惧された。環境省は新宿御苑の森を避けるよう東京都に要望した。

もう1つの理由は、一部が支線とはいえ明治通りが既に開通しており、バイパスとして本線を整備する優先順位が低かったからだ。

国や東京都が幹線として整備しなければならない都市計画道路は、都内に環状道路が8路線、放射道路が36路線。他の都道なども早急な整備が求められていた。優先順位を付けて事業を進めた結果、他の道路が先に完成したという経緯がある。

その後、国土交通省などが新宿駅南口周辺の再整備に着手したことで、交通需要の増加が見込まれた。東京都は2004年3月、都区部における都市計画道路の整備方針を定め、内藤町の交差点から千駄ヶ谷5丁目交差点付近までの区間を、優先して整備する路線に加えた。

道路の2層化で幅を半分以下に

未開通区間の着工に向けて、東京都は道路の構造を見直した。池袋方面に向かう北行きの2車線を一部トンネルにして地下化。渋谷方面に向かう南行きの2車線をトンネルの上に重ねる2層構造に変えたのだ。

この変更によって、平面構造の4車線としていた当初計画では30m以上あった道路の幅が、半分以下の14mに縮小。新宿御苑の敷地への影響はほとんどなくなり、森を囲う柵の位置を変える必要もなくなった。

トンネルの掘削による地下水への影響が懸念されることに対して、東京都は地下水の定期的なモニタリングを実施すると環境省に提案。環境省も承諾した。

甲州街道と立体交差

東京都は2005年6月、平面の4車線から2層構造の道路に改めるための都市計画変更を決定。1946年の当初の都市計画決定から半世紀以上を経て、ようやく工事が動き始めた。

新たな構造で造る道路のトンネルは、鉄筋コンクリート造の「ボックスカルバート」と呼ぶ箱型のもの。長さ約800mの整備区間のうち、北行きの400mがトンネルとなる。トンネルの標準的な内空断面は幅が8.25m、高さが6~8mで、2車線を確保する。

渋谷から池袋方面に向かう場合、千駄ヶ谷5丁目交差点付近からトンネルに入り、現在の明治通りの南行き車線の下をくぐった後、内藤町の交差点の手前で再び地上に出て御苑通りに向かう。トンネルを組み合わせた2層構造にすることで、平面構造では必要となる信号が少なくなり、渋滞が起こりにくいという利点も生まれた。

明治通りは甲州街道と平面交差するのに対し、新たに整備するバイパスは甲州街道と立体交差する。内藤町の交差点でバイパスは地上部を通る一方、甲州街道は同交差点の手前でトンネルに入るからだ。

バイパスのトンネルは途中まで完成

新しい構造形式による約800mの区間の道路整備は、東京都が2006年8月に国交相から事業認可を取得。東京都は2010年、「街路築造工事(22二-環5の1千駄ケ谷)」を一般競争入札で発注した。

同工事では長さ400mのトンネルのうち、北側の半分に当たる内藤町側から260mの区間を開削して築くというもの。奥村組・池田建設JV(共同企業体)が受注し、2010年12月から工事を始めて2014年3月に終えている。

2014年6月時点で、内藤町側にあるトンネルの開口部は見える状態にあるが、南側はトンネルの端部を埋め戻しているので外からは見えない。

東京五輪が開通のデッドライン

トンネルが半分だけ完成したとはいえ、2014年6月に現地を訪れると、工事は止まっているように見える。明治通りのバイパスとして開通するのは一体、いつになるのか。

東京都道路建設部街路課の福永太平課長によると、残りの工事を進めるのに先立って、明治通りの地下にある埋設物の移設が必要になるのだという。千駄ヶ谷5丁目交差点付近にトンネルを築く際に、掘削の支障となるからだ。

明治通りの車道の下には、電気やガス、通信、上下水道のケーブルや管が埋設されている。歩道下に埋める細い枝管とは異なり、車道下には太い幹線が埋められている。

東京都は、埋設物を保有する電力会社などの事業者に道路整備の計画を示して移設を要請。事業者同士が現在、移設の方法や手順を検討する「企業者調整」を進めている。

未着工区間について、東京都は用地をほぼ取得済みで、基本設計も終えている。今後、詳細設計を実施した後、南側に残る長さ140mのトンネルの築造工事のほか、路体や舗装、照明の工事などを発注する計画だ。

企業者調整の段階なので、現時点で具体的な発注時期は定まっていないものの、2020年の東京五輪開催前までの開通を目指す。「このデッドラインは、企業者調整に関わっている事業者へ伝えてある」(福永課長)

2000億円以上の経済効果

計画から半世紀以上も閉ざされていたのはわずか約800mの区間だが、開通することによるインパクトは大きい。

新宿駅周辺に用事のない自動車は、この区間を含むバイパスに流れる。その結果、新宿3丁目交差点や新宿4丁目交差点周辺の明治通りの渋滞が大幅に解消するとみられる。国交省が2008年に試算したところ、明治通りのバイパスを整備することで、走行時間の短縮などによって2000億円以上の経済的な効果が見込まれるという。

バイパスの完成後は、自動車が減った明治通りに、快適で安全な歩行空間を整備することなどが可能となる。

約800mの区間の用地買収や工事に投じる総事業費は670億円ほど。道路を2層構造にすることで当初よりも費用は増えるものの、新宿御苑の希少な樹木の群落を守れたことは大きい。

快適な歩行空間の整備や自然の保護――。2020年の東京五輪に向けて大プロジェクトが注目されるなか、こうした貨幣価値に換算しにくい価値を生み出す都市の再構築も欠かせない。

(ライター 山崎一邦)

[ケンプラッツ2014年7月2日付の記事を基に再構成]

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