KDDI会長・JR東社長が語り合う被災地への思い

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2012/3/11付
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「マニュアル通りなら津波に巻き込まれていたかも…」 清野氏
「仙台まで津波が来るとは聞かされていなかった」 小野寺氏

――被災地を訪ねたのは、いつごろですか。

清野 地震から1週間後です。2日かけて仙台、釜石、盛岡近辺を回りました。現場の社員の激励をしたのですが、中には奥さんが行方不明だったり、葬儀を済ませたりした者もいました。津波に巻き込まれたものの九死に一生を得た者もいた。みんなそれでも自分たちの仕事場に来ていました。

仙台近辺は線路が波打つような状態で、駅舎は柱がずれる等の被害がありました。翌日は花巻空港から釜石に向かったのですが、津波で流された地域に近づくほどすごい光景になりました。釜石駅に近づくと、がれきや壊れた家がそのまま残っていて、肉親を捜している方もいらっしゃいました。

後日ですが、落ち着いて社員と話す機会があり、現場ではマニュアルにはない最善の努力をしていたことが分かりました。地震発生時、仙石線で小高いところに止まった列車がありました。マニュアルではお客様を降ろして避難場所へ逃げることになっています。若い乗務員は、最初はマニュアルどおりの行動をとろうとしましたが、地元の人から、「避難場所へ逃げるまでに津波がくるかもしれない」とアドバイスされたそうです。どこにも連絡がつかず相談ができない中、地元の人が一番詳しいだろうと考え、暖房もない車両で一晩を明かしたのです。翌朝気付くと波がすぐ近くまで来ていた。もし歩いて逃げていたら津波に巻き込まれていたかもしれません。

われわれはこれからいろいろなことを想定し、ストーリーを準備せねばなりません。でも最後の最後は現場の社員たちが自分でどう判断できるかです。お客様を守るため、どう素早い判断をするか、その覚悟をもっているか。そういうことを教えていかなくてはならないのです。

小野寺 仙台に最初に入ったのは4月になってからです。すでに一部のがれきの撤去が始まっていました。海岸沿いにある当社の海底ケーブルの陸揚げ局の近くまで行ってみると、清野さんが言う通りで、様相が一変するんです。仙台には東道路というのがあるのですが、海側と山側で明らかに状況が違う。津波の影響を受けたところとそうでないところの落差があまりに激しい。

清野さんもそうですが、私も子供のときからずっと仙台でした。三陸にはチリ地震の津波なども来ていて、三陸のリアス式海岸に津波がやって来るということは聞かされていました。しかし、仙台に津波が来るということは聞いてもいませんでした。仙台空港近くまで波が押し寄せる映像は、本当に信じられなかった。

清野 岩手県の三陸側では、大きな地震と津波はセットで考えられていましたが、仙台で津波を意識している人というのは、半分くらいしかいないのではないかと思います。

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