KDDI会長・JR東社長が語り合う被災地への思い

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2012/3/11付
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小野寺 今回は想定外のことがいくつかあった。海底ケーブルの陸揚げ局が完全に流されてしまいました。陸上、海底の2本のメインのケーブルがやられてしまい、お客様に大変な迷惑をかけた。東北電力の子会社のTOHKnetをはじめ他社の協力を得て、翌朝には携帯電話が使えるようになり始めました。東北管内同士に加え、東京などとの間の通信も回復して一段落という感じだった。

東北道沿いや常磐道沿いのケーブルも何カ所か切れた。復旧には丸2日かかったでしょうか。それで少なくとも通常のトラフィックはカバーできるようになりました。津波で基地局そのものが流されてしまったエリアは完全にダメでしたが。

停電という問題もありました。東北6県はほとんどが停電し、長いところは30時間以上です。基地局はすべて予備バッテリーを持っているのですが、通常は3~6時間ほどしか使えない。はじめは通信ができていたところも、途中からバッテリー切れで通信できなくなった。みなさんからいろいろとクレームも頂きました。日本の電気事業は諸外国に比べると断然、優れており、1日、2日といった長時間の停電は正直なところ想定していませんでした。その影響が大きかった。

――1日で携帯通信を復旧させ、新幹線は安全に停止した。技術力を感じます。

小野寺 通信はいかに早くサービスを復旧するかが問われます。清野さんの指摘もありましたが、とにかく通信手段を確保しないと連絡のとりようがない。安否確認などもすべて通信が必要です。

これまでも中越地震など大きな地震のたびに、どこかの基地局がだめになりました。そのときの経験が生き、今回も福岡や広島、大阪などにある移動基地局が、本社が指示する前に東北に向かっていたんです。最初に移動基地局が東北に入ったのは12日の夕方でした。高速道路が使えず、日本海側から苦労してたどり着いたようです。こちらが言う前に現場は動いてくれた。

清野 われわれも作業は昼も夜もなく時間との勝負でした。ほかのJR各社や私鉄、あるいは建設会社などから機械や人手を貸してもらうなどの応援があったからこそ早く復旧できたと考えています。社員も早く動脈をつなごうと不眠不休で頑張った。

小野寺 やはり現場の力が大きい。ただ、津波で基地局そのものが流されてしまったエリアでは、移動基地局などで暫定的な対応をしながら基地局を新設しなければならない。当社の社員だけでできる仕事ではなく、他社にも協力をお願いしてようやくできたのだと思います。

震災からほぼ3カ月で従来の通信エリアをカバーできたと思います。お客様の携帯を充電するサービスはものすごく喜ばれましたし、端末をなくされたお客様を中心に約18万台の新しい携帯電話を優遇して交換しました。

一方で今まで想定していなかった地域に仮設住宅が建ち、そこをカバーしなければならないといった新しい課題も次から次へと出てきた。日本の携帯電話は利用数が1億台を超えた。今から非常災害時にどういう対応をするか考えなければなりません。

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