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プラント設計から医薬品製造に転身、異能の融合が生む力

小川敦嗣 UNIGEN取締役副社長

 新規事業や異業種連携を加速させる取り組みをはじめ、技術の波及がもたらす新ビジネスの可能性などを紹介していく、特集「リアル開発会議」。連載第4回は、医薬品製造会社のUNIGEN 取締役副社長の小川敦嗣氏に「協働の流儀」について語ってもらう。IHIのプラント技術者だった同氏は、バイオベンチャーのUMNファーマとの共同出資による新事業を企画、IHIは150年の歴史上初めて医薬品製造に参入した。技術のボーダーレス化が進む中、これまでとは異なる分野の事業者が他分野の技術を活用することで、急成長する事例が増えている。日本企業は今、「外」に活路を求め、多様な人たちと議論し、従来の殻を打ち破る必要に迫られている。

UNIGENの立ち上げに至るきっかけは、私がIHI社内の中堅社員研修に参加したことだった。研修で「IHIの新規事業を考えなさい」というテーマが与えられ、そこで考えた案が医薬品の製造事業だ。

もともと私はプラントの設計から建設、立ち上げまでを担う現場の技術者だった。アイルランドを中心に、主に海外で医薬品製造プラントの設計・建設を手掛けてきた。欧州に赴任していた2000年代半ばは、欧米各国でバイオ医薬品の製造プラントが数多く立ち上がっていた。

UNIGENの岐阜工場

それを運用する製薬会社の中には、わずか20人ほどの小さなバイオ創薬企業として創業した後、大きな製薬会社に成長した企業もあった。起業家精神あふれるビジネスのダイナミズムを目の当たりにする中で、社会の役に立つ、人々に貢献する仕事を手掛けたいという気持ちが芽生えていた。

従来のIHIのプラント事業は、プラントを設計・建設し、試運転を実施して顧客に引き渡すのが通例だった。医薬品の製造は、その先の付加価値をつくり出すビジネスである。参入するリスクは高いが、それだけに利益率も高い。明確なイメージはなかったものの、試運転まで実行するプラント建設のノウハウを生かせば、IHIもこの分野に出ていけるのではないかと、ぼんやりと考えていた。

バイオベンチャーとの共同出資事業を企画

小川敦嗣(おがわ・あつし) 横浜国立大学 工学部 物質工学科卒業。同大学 大学院 工学研究科 物質工学専攻修了。1997年に石川島播磨重工業(現IHI)に入社。国内外の医薬プラント建設に携わる。2008年から新規事業としてバイオ医薬品製造事業を提案、事業化検討の取りまとめを担当。2010年4月にIHI 新事業推進部に配属、2011年4月よりUNIGENに出向、事業プロジェクト開発部長、2013年1月より岐阜工場 製造部長、同年9月から現職。Project Management Professional(PMP)。(写真:加藤康)

2007年に海外プロジェクトを終えて帰国すると、日本のバイオ医薬品分野は一部を除き欧米よりも立ち遅れていて、全体的にはまだこれからという印象だった。

IHIグループはバイオ医薬品の製造プラント事業に乗り出そうと要素技術の研究を始めており、多くのプロジェクトから引き合いを受けていた。その一環として、生産基盤に関する要素技術の確立とプラント受注を目指し、UMNファーマと共同研究を始めていた。

冒頭の中堅社員研修に参加した時期は、ちょうどこのころだ。新規事業というテーマを与えられた私の頭には、UMNファーマとの共同研究のことが浮かんだ。

バイオベンチャーであるUMNファーマは、バイオ医薬品の製造プロセス開発に強みはあるが、実際に医薬品を製造する生産基盤は保有していない。一方、IHIは製造プロセスの開発技術こそ持ち合わせていないものの、生産基盤を確立するプラントエンジニアリングのノウハウに強みがある。

両社がそれぞれの強みを相互補完すれば、十分にビジネスが成り立つ。研修ではIHIとUMNファーマの共同出資による新規事業を企画した。この案が、UNIGENの設立へとつながっていく。

提携交渉から4カ月で立ち上げ

IHIには、新規事業の提案を社員から公募する「新事業公募」という取り組みがある。研修を終えた後、研修で企画した新規事業のアイデアをこの取り組みで提案した。結果は合格だった。事業化の検討に許可が出て、経営企画部 新事業企画グループという部署の中で本格的な検討作業に入った。2009年初頭のことだ。

それからは、かなりのスピードで事業化に向けた取り組みが進んでいった。フィージビリティースタディー(事業化可能性調査)などを経て、2009年10月にUMNファーマとの提携交渉に臨んだ。

同社はさすがベンチャー企業ならではの判断の速さがあり、翌年1月にインフルエンザワクチンの原薬製造に関する共同事業の基本協定を締結。その4カ月後には、UNIGENの立ち上げに至った。

世界最大級の培養タンクで商用化へ

世界最大級の細胞培養タンクを備える

インフルエンザワクチンの製造では従来、ニワトリの有精卵(孵化鶏卵)を用いる手法が主流だった。有精卵の中で増殖させたインフルエンザウイルスを不活性化し、無毒化したものがワクチンである。ただ、この手法では大流行が起きると有精卵の供給が追い付かず、ワクチンが足りなくなる可能性がある。

UNIGENが用いる製造技術は「細胞培養法」と呼ばれる手法の一種で、有精卵を用いる従来手法とは全く異なる。インフルエンザウイルスの表面には「ヘムアグルチニン」というタンパク質が存在している。インフルエンザワクチンの主成分は、このタンパク質である。

UNIGENは、ヘムアグルチニンを合成する手法の確立を目指している。この手法を使うことで、有精卵を用いる手法では6カ月を要していたワクチンの製造期間を、3分の1程度と大幅に短縮できる。有精卵を大量に確保せずに済むことも利点だ。

現在は岐阜県の工場に、単一のタンクとしては世界最大級の2万1000リットルの細胞培養タンクを2基設置し、商用生産で必須となる医薬品の承認申請に向けた試製造を完了した。2014年度中に承認申請を行い、2015年以降に販売を開始する計画だ。

計画通りに培養が進まない

上記のような巨大タンクを導入したのには理由がある。インフルエンザワクチンの製造では、一定量の供給責任を果たさなければならない。このため、季節性インフルエンザのワクチンの場合には、確実に一定の量を供給できる大きなタンクを使った方が効率的である。秋田県で行った製造手法のパイロット試験では、600リットルの培養タンクを用いていた。商用化に向けて、そこから一気に35倍のサイズへのスケールアップに挑戦した。

大きなタンクを作るだけならば、比較的簡単だ。しかし、その中で所望の物質をうまく製造できるかどうかは話が別である。小さなタンクでうまくいった培養工程が、大きなタンクでも同じように成功するとは限らない。検討段階では、2万1000リットルの大型タンクでも、うまくいくはずだった。だが、試運転を始めた当初は工程自体に問題はないはずなのに、計画通りに培養が進まない事態が生じた。

なぜ、うまくいかないのか。それを考えたときに気付いたことがある。寄り合い所帯で社員の出身分野が異なると、物事を全然違う見方で捉えるのだ。IHIを中心としたプラント技術者は工学的なアプローチが得意である。一方、UMNファーマを中心としたバイオ技術者は生物学的な視点で事象を捉える。

同じ現象を見ても、それが生じる条件となるパラメーターの捉え方が違う。このため、当初は議論が噛み合わなかった。それでも、同じ時間と空間を共有し、試行作業を繰り返すうちに、その違いが次第に分かってきた。

多様な人材の「化学反応」が成功のカギ

ひとたび共通言語が生まれ始めると互いに学ぶべきことは多く、重要なパラメーターを洗い出す作業は一気に加速した。工学的な立場、生物学的な立場の技術者が互いに理解を深めることで、双方のノウハウが相乗効果を生むようになっている。これが最終的に失敗の原因を突き止める原動力になった。

UNIGENには、IHIやUMNファーマの出身者に加えて、製薬会社の出身者やバイオ技術の研究者、機械装置・プラントの技術者など、さまざまなバックグラウンドを持った人材が中途採用で入社している。

こうした多様な分野の人材が融合していく過程は、新規事業を立ち上げる際の重要な要素であり、醍醐味だろう。会社も設備も人材も、すべてが新しい、初めてだらけの環境では、これまでに経験したことのないような課題に直面する。多様な人材による化学反応をうまく引き起こす環境を整えることが、課題を乗り越えてプロジェクトを成功に結び付ける可能性を広げるのではないだろうか。

IHIの品質管理が医薬品製造で生きる

今後も社会に役立ちたいという初心を忘れずに、オープンマインドで日本のバイオ医薬品の産業育成に貢献していくつもりだ。2014年2月には、UMNファーマと第一三共がノロウイルスワクチンの共同研究契約を締結した。このワクチンにも、インフルエンザワクチンと同じ製造技術を生かすことができるとみている。

外部の企業や研究機関などから医薬品の製造を受託する事業(BCMO)にも乗り出そうと考えている。ジェネリック医薬品と同様に、特許切れとなったバイオ医薬品をバイオ後続品として商用化していく事業が今後伸びていくだろう。

バイオ後続品向けの培養タンクは、日本ではまだ少ない。BCMOとして協力できる機会は増えるはずだ。製薬会社にUNIGENの設備を見学してもらい、「こんなプラントが欲しい」となれば、IHI本体のプラント事業の拡大にもつながると期待している。

体内に取り込む医薬品の製造は、人の命に直接関わることだけにリスクが高い。だが、当事者としては全く新しいことをしているという印象ではないのである。IHIがジェットエンジンやロケットなどの開発・製造で培ってきた高い品質管理の考え方は、医薬品の製造でも役立つと感じている。確かにリスクは高いが、それはコントロールできるはずだ。有識者や専門家の力を借りながら、ほかの事業と同様にきちんと製造工程の管理手法を確立できれば、供給者責任を十分に果たせる。

そういう意味では、新しいことを始めるリスクよりむしろ、社員が一丸となって問題を解決していくというエキサイティングな経験に大きな達成感を感じている。新しいことへの挑戦は、技術者冥利に尽きることではないだろうか。

「『リアル開発会議 2014 Spring』の記事を基に再構成」
[参考]日経BP社は新事業開発と異業種連携を推進する「リアル開発会議」を2014年4月に創設した。情報誌『リアル開発会議 2014 Spring』を発刊し、第1弾としてオープンイノベーション型の新事業開発プロジェクトを始動した。詳細は、http://techon.jp/real/

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