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「ヒットエンドランはリスク大」 統計分析が覆す野球のセオリー

スポーツを支えるIT(1)

 人間的で「アナログ」な側面が大きいスポーツに、プロアマ問わず「デジタル」なIT(情報技術)が入り込んでいる。一部の競技では従来のセオリーを覆したほか、人間では不可能なことを補うようになった。
 プロ野球やバレーボールでは、選手の一挙手一投足をコンピュータに入力し、このデータを分析して作戦を立てることが当たり前になっている。テニスでは、イン/アウトの判定に複数のカメラでボールの軌道をとらえる技術を取り入れ、それを公式ルールに組み込んだ。
 本特集では「スポーツ統計分析の威力」「機械判定がもたらした変革」「使い心地を数値解析した用具開発」「ソーシャルを活用した競技振興と選手発掘」というポイントからスポーツ競技をITがどう変えているかを紹介する。別の視点から眺めることで、見慣れたスポーツが全く違うものに映るはずだ。

「一回裏の読売ジャイアンツの攻撃、ノーアウトランナーなしでバッターボックスには1番バッターの坂本勇人遊撃手。阪神タイガースの能美篤史投手が投げた2球目はインコース寄り真ん中のスライダー。打球はフライでレフト方向に上がり、スタンド中段に飛び込むホームランとなった」――。

公式記録よりも細かなデータを入力

東京都世田谷区三宿にあるデータスタジアム本社の1室。テレビのモニターが多いものの、パソコン本体とディスプレーが机に並ぶ風景は、コンピューターシステム会社のオフィスとあまり変わりがない。実はこの部屋で、日本各地の球場で繰り広げられるプロ野球選手のプレー内容が、ほぼリアルタイムにデジタル化されている。オペレーターが球場に出向くことはほとんどなく、日によっては日本のプロ野球の全試合がこの部屋で並行して入力されることもある。

入力されたデータは、新聞社やテレビ局、ポータルサイト運営会社などに1球ごとに配信され、パソコンや携帯電話向けのサービスとして一般ユーザーの目に触れる。さらに様々な条件で絞り込みができるようにデータベースに蓄積される。各チームが新しい作戦を立てるうえでの基礎情報となり、チーム編成や選手育成などの用途でも活用されている。

1球ごとにプレーにインターバルがある野球は、ほかのスポーツよりも試合で発生するデータを入力しやすいといわれる。データスタジアムのオペレーターは球場から送られるリアルタイム映像をモニターで見ながら、パソコンで選手の一挙手一投足を入力していく。

入力するデータは、投手が投げたボールのコースや球速から、「ストレート」「カーブ」などの球種、「凡打」「単打」などの打撃結果、ボールが飛んだ方向やその打球を捕球した守備選手まで多岐にわたる。投球コースは、カメラの位置によって見え方が変わるため、微妙な補正を加えながらマウスでストライクゾーンを9分割したエリアに1球ごとにプロットしていく。このときに「時間情報」も同時に自動記録され、これは動画情報を抽出する際のキー項目として利用される。

 日本野球機構の公式記録にはない「間一髪」「素手で捕球」など、プレーぶりを詳しく伝える補足情報や、「レフトスタンド中段」「右中間の真ん中」といった打球の飛んだ位置なども入力する。これらのデータも記録することで、試合を見ていない人に臨場感を伝えられ、あとで選手のくせや能力などを見極める分析にも活用できる。

データスタジアムが開発した「ベースボールアナライザー」は、Windowsパソコンで動作し、スコアブックの代わりにマウス操作とキーボードで入力できる。このシステムは有償で提供されており、プロ野球球団にとどまらず社会人野球や高校野球の強豪チームなど180チームが導入している。

平均で3時間強かかるプロ野球の1試合で投球数は300球程度。それぞれに球速や球種、コースなどの項目がある。プレー内容によっては1球で20項目の入力が必要な場合もあるため、「日々、メンテナンスして、入力しやすいシステムを作ってきた」とヤクルトスワローズで投手として活躍した元プロ野球選手の松元繁取締役本部長は語る。データスタジアムは、野球以外にもサッカーやラグビー、バスケットのプレーをデータ化し、新聞社などへのデータ提供から、チーム強化のためのコンサルティングまでを手掛けている。

オペレータの主観をそぎ落とす

入力したデータは1球ごとに新聞社などに配信されるため、高い精度が必要になる。オペレーターには集中力が求められ、試合中は高い緊張感に包まれる。松元取締役さえ「試合中は、この部屋には入れない」ほどだ。イニングの合間にある時間は選手交代の入力などに費やされ、オペレーターは試合開始から終了まではほとんど席を立てないという。

入力作業を担当するオペレーターは、学生アルバイトなど約30人。入力する情報に個人差があるとデータの統一性に齟齬(そご)が生じるため、3カ月程度の研修を踏んでから「実践登板」するという。複数の人がかかわるだけに、重要になるのは「主観をそぎ落とす作業」(松元取締役)だ。

例えば投手の球種。映像を見ただけでは判別は難しい。その日に登板する投手の持ち玉を一覧表にして手元に用意しておくだけでなく、画像に映る球の軌道や球速、捕手の構えなどを元に球種を判定する。打球が飛んだ位置の割り出す際には、球場内の広告看板を目印にするなどのノウハウを蓄積・共有して精度を高めている。

スポーツ分析にデジタルな数理統計を採用

スポーツは、身体の動きをメンタルの揺れが左右する、人間的かつ「アナログな」側面が大きい。ここに近年「デジタルな」数理統計分析を採り入れることで、各競技の目的である「勝利」まで最短距離でたどり着こうとする取り組みが、プロアマを問わずあらゆる競技に広がっている。

 米国では、野球の試合で発生する個々のプレーをデータ化し、統計的に分析して戦略を導き出す手法は「セイバーメトリックス」と呼ばれ、1970年代から研究が進められてきた。セイバー(SABR)とは「米国野球学会(Society for American Baseball Research)」のこと。米国のメジャーリーグでは、松井秀喜選手が今シーズン所属しているオークランド・アスレチックスがセイバーメトリックスをチーム編成や選手起用に採り入れ、少ない編成費用ながら地区優勝などの成果を残したことで知られている(注1)

セイバーメトリックスの第一歩になるのが、現場で起こっているプレー内容を詳細にデータ化する入力作業だ。2007年にSABRに出席したことがある東海大学理学部情報数理学科の鳥越規央准教授は「統計分析をするためには、現場で収集するデータが細かいほど効果を発揮する」という。「例えばレフト前ヒットも、ライナー性の当たりか、ゆるいゴロで野手の間を抜いたか、フライがポトンと落ちたのかといった違いがある」(同)。選手ごとに打球の強さや弾道までがデータ化してあれば、打率だけでなく選手の能力を評価する情報として活用できる。

統計分析を持ち込んだことで、野球の作戦も個別に評価できるようになった。鳥越准教授は「ランナーの有無とアウトカウントでは、8×3の24通りのパターンがある。そのパターンごとの得点期待値は、統計的に算出されている」という。具体的には、「1アウト二塁」と「ノーアウト一塁」の得点期待値を比較し、統計的には後者の期待値が高いことを解明。「ノーアウトでランナーが出たら送りバント」というセオリーは、自ら得点期待値を下げる行為であると説く(注2)

選手の足の速さや、打者の打率などシチュエーションによる違いは含んでいない統計データだが、数値化したことの説得力は高い。「期待値が低くなることがわかったため、米国のメジャーリーグでは単なる送りバントはめっきり使われなくなった」(鳥越准教授)。

従来のセオリーは戦略として本当に正しいか

スポーツに統計学を採り入れて鳥越准教授が目指すのは「これまでセオリーとして選択されてきた作戦が、プロが選ぶ戦略として正しいかを検証すること」だという。例えばランナーが走るのと同時にヒッティングする「ヒットエンドラン」は、当たれば大きいが失敗のリスクが高いことが解明されており、米国ではいちかばちかで仕掛ける「捨て身の戦法」として扱われているという。

注1 詳しくは「マネー・ボール」(マイケル・ルイス著;ランダムハウス講談社刊)を参照
注2  詳しくは鳥越准教授の著書「9回裏無死1塁でバントはするな」(祥伝社刊)を参照

これ以外にも統計分析から「勝利の法則」「敗北の法則」を導き出すことができれば、それが新しい野球のセオリーになっていく。数年後、試合中に監督が出す指示は、以前のセオリーとはまったく異なるものになっているかもしれない。さらに「選手が感覚でやっているプレーに、監督がデータに裏付けされた指示をすることで説得力を持たせられる」(鳥越准教授)効果もある。

 個別の選手を対象とした分析も可能になった。ベースボールアナライザーで北海道日本ハムファイターズのダルビッシュ有投手の投球データから情報を絞り込むと、例えば「1点差で勝っていて得点圏にランナーを置いた場合に、ダルビッシュは何を投げたか」といったデータを取り出せる。もし初球がすべて同じ球種でコースもほぼ同じなら、そのシチュエーションで打席に立つ打者は何を待つべきかおのずと分かるはずだ。

応用範囲はスポーツに限らない

米国が発祥のセイバーメトリックスは、千葉ロッテマリーンズの監督に95年に就任したボビー・バレンタイン氏が日本に持ち込んだといわれている。同監督はデータ分析のアナリストを米国から呼び、その年のロッテをパシフィックリーグの2位に躍進させた。「最近は中日ドラゴンズの落合博満監督の采配ぶりにデータを活用しているふしが見えるが、表立って何も言わないだけに真偽のほどは分からない」(鳥越准教授)。

では実際にどの程度、プロ野球の現場でデータが活用されているのだろうか。現時点で「統計分析を試合中の作戦に活用する取り組みは、チームや監督の考えによって温度差がある」とデータスタジアムの加藤善彦社長はいう。詳しくは語らないが、積極的にデータを活用するチームから特定の情報を収集するよう依頼をされたこともあるようだ。

その一方で「チーム編成や評価査定などのマネジメントには、どのチームも統計分析を採り入れており、以前とは確実に変わった」(加藤社長)。選手の特性や能力を数値的に把握できるため、トレードやドラフトといった選手の補強方針で活用するほか、選手の働き度合いを適正に評価し年俸に反映できるようになった。

加藤社長は、「コンビニエンスストアの事例が有名なように、現場で発生するデータを収集・分析してなんらかの法則を導く手法は、スポーツに限らず多様な業界で使われている」という。ここでは闇雲に細かいデータを収集すればよいわけでなく、その中に埋まった「勝利に直結する」法則を導き出すことが重要になる。多くの観客の目前で行われている競技の1プレーに、ほとんどの人が見逃すが実は勝利に直結する要素が隠れているのかもしれない。

今回は、野球を中心にスポーツ統計分析の威力について説明してきた。明日は、バレーボールでの情報活用を中心に、技術的な進化が引き起こしている変化を解説する。

(次回は8月16日に掲載)

(電子報道部 松本敏明)

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