「人生、後悔したくない」 震災半年、変わる若者(1)

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2011/9/13 7:00
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中川生馬(32)は妻の結花子(29)と重さ30キログラムのリュックを背負い、全国を旅している。目的は自分らしく生きられる仕事を探すこと。2010年10月に出発し、これまでの移動距離は21都道府県、2万5000キロに達した。高速バスや鈍行列車を使って交通費を浮かせ、極力歩く。旅に1カ月出た後、整理のために地元の鎌倉に数日間戻る生活を繰り返してきた。

30キロのリュックを背負い、全国を旅する中川生馬夫妻

30キロのリュックを背負い、全国を旅する中川生馬夫妻

震災当時は鎌倉に戻っていた。テレビに映し出される悲惨な光景。次に訪れる予定の東北地方では地震と津波で多くの命が奪われ、被災者は仮設住宅に身を寄せる生活を強いられていた。「本当にこのまま旅を続けていいのだろうか」。居たたまれない気持ちになった。

一方で「今回の震災のように、人生は何が起こるか分からない。今のうちにいろんな世界を見ておきたい」という思いも一層強まった。悩んだ末、中川は「やっぱり旅に出よう」と妻に告げた。

中川は旅に出る前、ソニーの広報担当だった。南アフリカで開かれたサッカーのワールドカップの報道対応を担当するなど、それなりに充実した日々だったという。ただ「良い経験をたくさんさせてもらった半面、毎日が会社のため、という生活に疑問も感じた」。高校、大学時代は米国のオレゴン州で育った。「オレゴンでは夕方に帰宅し、家族との時間を大切にする。日本では帰宅が遅く、プライベートの時間を持てない」。仕事とプライベートの両立。そんな生き方に憧れた。

■今も心は定まらない

旅の当初は、居心地の良い土地で得意の英語と広報の経験を生かせる仕事に就きたいと、漠然と考えていた。旅で知り合った人から紹介され、複数の自治体から就職の誘いも受けた。だが今も心は定まらない。

妻の結花子はプロポーズの前に、中川から旅に出たいという話を聞かされていた。「私の仕事はネイルケア。どこでだってできる。だから彼についていくことにした」と屈託ない。旅から戻ると、常連客を相手に仕事をこなす。「月に数万円だけど、旅の資金になる」。失業保険期間を終えた今では、2人の重要な収入源だ。

震災から半年を前に、中川は被災地の東北に向かった。旅はまだ終わらない。

震災から半年。ニッポン再生の挑戦は復旧から復興へと新たな段階に移っていく。海図なき将来ビジョンを描き、長期にわたる復興を進めるには、新しい道を切り開く強い決意と柔軟な発想が必要だ。震災を機に働く意味を問い始めた若者世代。彼らはその役割を担う力を秘めている。

=敬称略

※「震災半年、変わる若者」は合計4回に分けて「ビジネスリーダー」に連載します。取材・執筆は小栗太、西雄大、谷口誠、名古屋和希、杉原梓が担当しました。

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