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日本一有名な社員食堂で聞く「あの本の印税」

タニタ社長・谷田千里さん

 健康計測機器メーカーのタニタ(東京・板橋区)の社員食堂は、本社正面玄関横、「会社の顔」ともいえる場所にある。2011年3月に改装したカフェ風のスペースで、ベストセラー『体脂肪計タニタの社員食堂』のランチを日々食べられる社員の皆さん。正直、うらやましい……。このランチを食べたいという要望は多く、2012年1月には外食チェーンと組み東京・丸の内に「丸の内タニタ食堂」をオープン。他の企業の「社食本」も続々出版されるなど、社食ブームを巻き起こしたタニタ。社長の谷田千里さんのランチタイムにお邪魔した。(聞き手は安原ゆかり=日経マネー編集長)

――『体脂肪計タニタの社員食堂』の著者はタニタ。1冊1200円の本が続編と合わせ485万部売れたということは、印税10%として6億円近い収入ですか。

そういう計算になりますか?(笑)。「タニタは本屋になったんでしょ」なんてやっかまれることもあります。実は出版社との当初の契約で、印税は低いんです。だから試算されたような金額はいただいていません。

谷田千里(たにだ・せんり)さん タニタ 代表取締役社長。1972年大阪生まれ、40歳。前代表取締役会長の谷田大輔氏の次男。佐賀大学理工学部卒業後、アミューズメント企業、船井総合研究所を経て、2001年にタニタ入社。2005年タニタアメリカ取締役、2007年タニタ取締役、2008年5月に現職。「タニタの営業担当」として国内・海外を飛び回り、社員食堂でランチができるのは週に1度あるかないかだという。(撮影:竹井俊晴)

きっかけは、タニタの社員食堂がテレビで紹介されたのを見た出版社からの企画です。恐らく1万~2万部売れれば、出版社側は黒字なのでしょうけれど、こちらはタニタブランドの認知度アップが目的。その部数じゃ意味がありません。だから印税は低くていいから、なんとか売れる本にしてほしいと要請しました。

実は私はユニークな経歴の持ち主でして(笑)、調理師と栄養士の資格があり、「主婦感覚」を持っていると思います。最終段階まで仕上がった本を見せてもらって、プロの優れた編集者のいい仕上がりだったのですが、私なりの目線から、二つお願いをしました。

――谷田さんの要望とは?

ひとつは、残った食材の使い方を紹介すること。料理本のレシピ通りに作ると、しょうが2分の1片とか、必ず余るでしょう。その活用アイデアを、ところどころのページの余白でいいから、入れてくださいとお願いしました。

もうひとつは、「食材使い回しさくいん」。日々の料理って、冷蔵庫にあるもので作るわけです。今家にある食材を有効に生かせるレシピが、本の何ページに載っているかがすぐ分かる索引(さくいん)を作ってほしいと提案しました。

――確かにそのこだわりはこの本の魅力になっています。

でも当初は「無理です」と断られました。最終段階で社長が本の中身に注文をつけるとは予想してなかったんでしょう。2時間押し問答です。でも私は引きませんでした。「売れる本を作る」という約束でしょうと。「変更できないなら、もう本は出さなくていいですよ」とまでいって押し切ったんです。

――谷田さんの見通しは結果的に正しかったわけですが、編集者の気持ちもよく分かります。

体重に加えて、乗るだけで体脂肪率がはかれる体脂肪計を1992年に世界で初めて発売。現在は筋肉量や推定骨量まで計測・表示できる体組成計や1日の総消費エネルギー量がはかれる活動量計などさまざまな「健康をはかる」機器を開発 (撮影:竹井俊晴)

最終段階でしたからね。編集者も、一緒に本作りをしたうちの社員も、ものすごくへこんでました。これは言い過ぎたかな…と。それで純金のヘルスメーターを提供したんです。タニタのヘルスメーター販売50周年記念に作った、純金製のヘルスメーターを出版記念イベントの賞品としてさしあげます、だからこの本を本気で売ってもらえませんかと。すると編集者も出版社の社長も、とても感じ入ってくださり、販売チームが本当に熱心に営業してくださった。その熱意もベストセラーとなる大きな要因だったと思います。

――予想以上にヒットし、すぐに続編という話になった。今度は印税10%に…とは思わなかった?

2010年1月に正編、同11月に続編が出版された『体脂肪計タニタの社員食堂』。発行部数は累計で485万部。2011年の年間ベストセラーランキングで正編が2位、続編が3位となった(トーハン調べ)

タニタの社内からも、出版社からもそういう意見は出ました。でも私は「前回と同じでいい。2冊目が鳴かず飛ばずだと、タニタのブランドに傷がつくから、いい本を作ってたくさん売って」とお願いしました。その結果でしょうか、十分な宣伝をしてもらえました。売れ行きが鈍ってきたなと思うと、JRでトレインジャックとか、話題が途切れない工夫をしてくれました。

――『タニタの社員食堂』のレシピは、"財布の負担が軽い"ことも強調されています。

1銭、1円にこだわるほうです(笑)。私の千里という名前は、大阪の千里山に生まれたから。東京育ちではありますが、大阪の商売根性が意識下にすり込まれているんじゃないでしょうか。兄弟妹4人が小学校から高校まで私学の立教学院に行かせてもらいましたから、教育費は大変だったようで、周囲の同級生と比べると「うちは質素だな」って当時は思ってました。

――高校まで立教学院で、卒業後に調理師専門学校に進まれた。異色の経歴ですね。

子供の頃は父としょっちゅうケンカして、最後には「食わしてやってるんだから、いうことを聞け」といわれて悔しかった。調理師の免許をとって独立して、早くこの人とサヨナラするんだと。

ところが椎間板(ついかんばん)ヘルニアにかかり、重い器具を持って立ち仕事する調理師は断念せざるをえなくなりました。ならば栄養士の資格を取ろうと、佐賀短期大学(現・西九州大学短期大学)に入学しました。中学校の家庭科が男女共修になり、男の家庭科の先生が必要になるから食い扶持(ぶち)には困らないだろうと考えて、教員免許も取りました。ところがちょっと成績が良かったので、先生から「短大から佐賀大学工学部に編入できるよ」とすすめられ、化学を専攻しました。

――紆余(うよ)曲折しながら、調理、栄養、化学を学んだ。

社員が個々の机を持たない「フリーアドレス制」。会社に縛られない働き方を模索し、家族の介護などで出社が難しい社員の在宅勤務制度も導入を検討している (撮影:竹井俊晴)

結果的に、タニタの商品開発に生きていますね。例えば血糖値と相関のある尿糖値をはかれるデジタル尿糖計は、大学時代の研究と直結しています。

――しかし、当初はタニタには就職しなかった。

父に頭を下げる気はありませんでしたから。ただ、コンサルタント会社に就職して、さまざまな企業の社長とお付き合いするようになると、反発していた父の考え方や、体脂肪計という新しい市場を作り出したすごさが分かるようになったんです。父ではなく経営者として理解できるようになった。それからしばらくして「会社を手伝ってほしい」と頼まれました。

当初はコンサルタント感覚のまま、ばんばん業務改善を断行しまして、社内に不協和音を奏でるだけ奏でました。当時の自分の判断は今思っても合理的なものでしたけれど、組織の論理を知らなかった。ずいぶん恨みも買いましたし、人を傷つけただろうなと思います。結局、少し熱を冷ませと米国出向の辞令がくだりました。

――5年後に米国の現地法人から帰国、2008年に36歳で社長を引き継いだ。厳しい船出だったとか。

お世辞にも業績が良いとは言えず、しかも日々悪化していました。私が米国にいた5年間に、ほぼ独り勝ちだった体脂肪計・体組成計の市場で、シェアの半分弱を奪われていました。技術、品質面での強みをアピールする工夫がなかったのですね。そこを改善するとともに、既に父が仕込んでいた新商品をいかにうまく市場に出していくか、戦略をたてました。

――身に着けるだけで1日の総消費カロリーが分かる『カロリズム』を2009年に発売。当初出荷が間に合わないほどのヒットとなり、他社も次々参入。「社員食堂」本といい、就任してから話題の商品を連発しています。今後の目玉は?

社長自ら営業マン。タニタの歩数計や活動量計を常にいくつも身に着けている (撮影:竹井俊晴)

世界を健康にするための「世界初」の商品をどんどん発信したい。現在開発中なのがダイエット計です。食事ごとにカロリー計算をしなくても、「今日は食べ過ぎたか」どうかが分かる商品です。

睡眠の状態を計測できる睡眠計も開発しました。ストレスと睡眠には深いつながりがありますから、企業が社員の睡眠の状態を把握できれば、メンタルを含めた健康管理に役立つはずです。

家庭で尿糖値を簡単にはかれるデジタル尿糖計にも力を入れています。糖尿病の早期発見や血糖値を上げない食習慣づくりにつながる商品ですが、高度管理医療機器に分類されているため、宣伝もできませんし、家電量販店などで簡単に扱ってもらうこともできません。そのためにまだ普及していません。社会的にも意義のある商品なので、誰もが気軽に買えるようにしたいと考えています。

――ご自身の資産運用のケアは?

父の教育方針で、兄弟妹(きょうだい)全員、学生時代から株式投資をしています。投資を通じて他社の経営を学べますから。ただ私は米国に出向したときにすべて売却し、今は社長業優先で再開する余裕はないですね。最近は妻が投資に関心を持ち始めているので、「やってみたら?」と話しています。妻とは米国勤務時代に出会ったのですが、MBA(経営学修士号)を持っていて、私より高学歴で頭もいいので、投資もうまいんじゃないかな(笑)。

[日経マネー2012年2月号の記事を基に再構成]

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