一瞬の油断 私は交通事故の加害者になった
深い心の傷、支援難しく
[近畿・中四国地域の社会面で7月に連載した企画「癒やされぬ輪禍」を再構成しました]
涙して眠れぬ夜
「準備があるし、早めに着きたいな」

小雨が舞う2007年12月、島根県大田市の国道でワゴン車を運転していた高校教諭の男性(37)は、軽い気持ちでアクセルを踏み込んだ。正午すぎから始まる体操指導者の研修会に向かう途中。メーターの針は法定速度を約40キロ超える時速約100キロを指していた。
「危ない」。後輪が突然スリップした。カーブを曲がり切れず、対向車線の軽自動車と正面衝突。軽自動車に同乗していた女性が死亡、女性の家族ら3人が重傷を負った。
勤務先の高校は懲戒免職になった。自動車運転過失致死傷罪に問われた公判では、「学校の先生が何てことをするんだ」という遺族の手紙が読み上げられるのを聞いた。
禁固2年の実刑判決を受け服役中も、被害者にどう償ったらいいか分からず、涙しては眠れぬ夜が続いた。教壇から生徒に「命の大切さ」を説いてきたことと、人の命を奪ってしまったことの矛盾に、自殺も考えた。今もまだ罪の償い方を見つけられずにいる。
一瞬の油断で加害者になることがある交通事故。15年前から事故当事者の示談交渉を支援する特定非営利活動法人(NPO法人)「大阪交通事故被害者救済センター」(大阪市)の福岡浩介相談員は「被害者ばかりでなく、加害者も対人恐怖症になるなど精神的に参ってしまうケースを見てきた」と話す。
実際、警察庁科学警察研究所が02年度、死亡事故の加害者23人と遺族418人を対象に心的外傷後ストレス障害(PTSD)に関係する症状の度合いを調査したところ、事故直後に「不眠やいらいらがある」は遺族で22%、加害者で60%。「感情がなくなる」は遺族17%、加害者55%。「突然、事故のことを思い出す」は遺族41%、加害者73%と、いずれも加害者の方が多かった。
調査を担当した科警研交通科学第2研究室の藤田悟郎室長は「突然、加害者になったという社会的な意味での恐怖が原因」と分析。「多くの人は治療を必要とする可能性が高い」と指摘する。
まずは危険認識
とはいえ、加害者への視線は厳しく、ケアや支援の場はないに等しい。
被害者を支援するNPO法人「交通事故サポートプログラム」(名古屋市)にも加害者から謝罪方法などの相談がまれにあるという。だが、自らも事故の遺族である松村三恵子・大阪支部代表は「話は一応聞くが、傷つけた立場の加害者を支援するのは心情的にも難しい」と話す。
専門家には「被害者、加害者を区別することなく、中立的な立場で精神的な治療や支援も必要」との指摘もある。ただ交通捜査のベテラン捜査官は強調する。「車を運転する誰もが、少しのミスや安易な気持ちが重大な結果を招くと認識することが、まずは大切。新たな被害者、そして加害者を生まないために」
(「高齢運転者、不安と同伴」に続く)
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