マンデラ南ア元大統領が死去 反アパルトヘイト指導

2013/12/6付
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人種隔離政策と闘ったマンデラ南ア元大統領の生涯を映像で振り返る

人種隔離政策と闘ったマンデラ南ア元大統領の生涯を映像で振り返る

【ロンドン=上杉素直】「人類に対する犯罪」といわれた南アフリカ共和国のアパルトヘイト(人種隔離)政策と闘い、ノーベル平和賞を受賞したネルソン・マンデラ氏が5日午後8時50分(日本時間6日午前3時50分)ごろ、死去した。95歳だった。アパルトヘイト撤廃を実現し同国初の黒人大統領に就いた後も、黒人が白人に報復することを許さず、人種融和の象徴として世界中から尊敬を集めた。

南アフリカのズマ大統領が同日、地元テレビでマンデラ氏の死去を明らかにした。近く国葬を執り行う。

ズマ大統領は、マンデラ氏の死去を受けて「偉大な人物を失った」と深い悲しみを表明。主要国の首脳からも「1人の人間に対するいかなる期待をも超える功績を残した」(オバマ米大統領)、「世界から偉大な灯が消えた」(キャメロン英首相)などと、死を悼む声が相次いだ。

1918年、南ア東ケープ州生まれ。大学中退後、黒人の政治組織アフリカ民族会議(ANC)に参加し、反アパルトヘイト運動を主導した。

白人政権は62年にマンデラ氏を逮捕、投獄。反逆罪などで終身刑を宣告されて、獄中生活は27年あまりに及んだ。その間も「白人至上主義と闘い、黒人至上主義と闘う。必要なら命をささげる」と反差別を訴え続けた。

90年、デクラーク大統領(当時)により釈放された後は、ANC議長として民主政権への平和的移行に尽力。93年にノーベル平和賞をデクラーク氏と共同で受賞した。

94年に南ア初の全人種による議会選挙を経て、大統領に就任。肌の色が異なる人々が共存する「虹色の国」を掲げた。貧しい生活を余儀なくされていた黒人層に、政府が主導して住宅や教育を受ける環境を整えた。

99年に政界を引退した後も、アフリカの地位向上のために尽力。エイズや貧困に苦しむ人々への支援を国際社会に訴えるなど精力的な活動を続けた。

2004年には公的な生活を大幅に減らす意向を表明。公の場に姿を見せたのは、10年夏のサッカー・ワールドカップ(W杯)南ア大会の閉会式が最後となった。

最近は肺感染症を患って入退院を繰り返し、今年6月には南ア政府が重篤だと明らかにしていた。容体は一進一退の状況が続いたものの、その後は一時安定し自宅で療養していた。

マンデラ氏は90年の釈放後に日本を訪問。大統領に就任した翌年の95年にも来日し、村山富市首相(当時)らと会談した。

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