スマートシティの成否は「市民の手」に - 日本経済新聞
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スマートシティの成否は「市民の手」に

 スマートシティを巡る取り組みは、これまでのビジョンを語る段階から、より具体的に実生活にかかわるサービスの提供と、それを継続するためのビジネスモデルの確立を急ぐ段階へと変わってきた。サービスの対象も、エネルギー分野に限らず、交通や医療・健康、教育などと幅が広がっている。仏パリ市長や米ニューヨーク市などに助言するほか、環境サステナビリティ(持続可能性)のプロセスや戦略などのロードマップ作成を支援する米ガートナーでリサーチ バイスプレジデントを務めるBettina Tratz-Ryan氏に、世界のスマートシティプロジェクトの最新状況などを聞いた。(聞き手は日経BPクリーンテック研究所 志度昌宏)

――「スマートシティ」から連想されるイメージは多様だ。ガートナーは、どのようにとらえているか。

都市の運営効率を高めるための取り組み全体だと認識している。その範囲は、交通から、電気・ガス・水道などのユーティリティー、ヘルスケア、防犯など多岐にわたる。だが、そこから情報が生まれ、それらをやり取りすることで効率を高めるための取り組みであることは共通だ。

スマートシティと並び、スマートグリッド(次世代送電網)や高度交通システムといったキーワードが頻繁に取り上げられる。これらはエネルギー戦略など国家的な取り組みの基盤で、再生可能エネルギーの大量導入や省エネの実現には不可欠だ。だが、これらもスマートシティの中では一要素にすぎない。先にも述べたように、多様な情報を最適な形で共有できる都市のエコシステムを作り上げることが、スマートシティなのだ。

その視点からも、スマートシティプロジェクトの姿も変化してきた。2年ほど前はスマートシティといえば、例えばUAE(アラブ首長国連邦)の「マスダールシティ」のような最新技術を盛り込んだ大規模な新規都市開発が強調されてきた。

各国で地に足が付いてきた

しかし最近は、既存の市街地を対象に、ステップ・バイ・ステップでスマート化を進める形が増えている。電力や交通、ヘルスケアなど、エコシステムのどの部分から着手するのかもプロジェクトごとに様々だ。新規の都市開発に描かれている構成要素は技術的には確かに実現できるが、その投資に対するメリットが、どれだけ得られるのかを、市民の暮らし方を含めてしっかり検討し、選択するようになったからだ。

国連の予測によれば、2030年に世界人口の3分の2に相当する50億人が都市部に住み、GDP(国内総生産)の25%は人口の上位10都市で生み出される。同時に、CO2(二酸化炭素)排出量の3分の2が都市部で発生する。経済活動のドライバー(推進力)は、間違いなく都市なのだ。それに気付いた各都市の首長は、経済的側面を強く意識しているし、その中でスマートシティをとらえている。

加えて、先進国では、投資対効果を含めた現実的な課題に直面したことで、スマートシティのプロジェクトを縮小していることもある。大きなプロジェクトは複雑さが増し、プログラムの推進が難しくなるためだ。

西アフリカのシエラレオネ共和国では、病院と学校、弁護士などを結ぶデジタルネットワークを導入し、医療・健康と教育の分野で都市サービスを大きく改善した。スマート化の規模は小さいかもしれないが、市民の生活を大きく変えた例だと言える。

――スマートシティプロジェクトを紹介している文書は少なくないが、市民の暮らし方などにはあまり触れられていない。

表面的にはそう映るかもしれないが、そのプロジェクトをまず実施すると決める過程で、市民の暮らし方へのインパクトを検討している。スマートシティのビジョンの背景には、都市のマスタープランがある。そのマスタープランを実行するためにはフレームワークが必要になる。フレームワークの中で、必要な機能やサービスを決め、プロジェクトに優先順位を付けていく。

例えば、交通を考えてみよう。交通関連のプロジェクトの多くは、車の流れの効率化を図ることで渋滞をなくし、環境負荷を軽減するとうたっているはずだ。しかし、車の流入制限や通行料の徴収などは、都市部に住む人々に"罰則"を与える仕組みだともいえる。

そうした罰則を減らそうとすれば、カーシェアリングの導入や新しいバス路線の設置、あるいは在宅勤務の普及をうながすといったことも考えられる。これらは、市民の暮らしに大きなインパクトを与える。通勤者や都市内の移動者にとっても、選択肢が増えるからだ。そうした選択肢が前提になれば、市民は「どこに住むか」を含めて考えるだろう。

企業にとっても、物流の高速化などを実現できれば、ビジネスモデルが変わる。健康への取り組みや都市の安全性といったことにもメリットが出てくるだろう。交通問題を交通の範囲だけでとらえるのではなく、どこまで広範囲に考えられるかで、解決策は異なってくる。広範囲になればなるほど、フレームワークが重要になる。

――世界各地のスマートシティプロジェクトにおいて、地方自治体に助言していると聞く。助言の中心は、フレームワークの確立なのか。

助言内容は大きく3つある。その第1がフレームワークだ。スマートシティの実現に向けた取り組みが"パッチワーク"になってしまうことを防ぐために必要になる。

もう一点は、プロジェクトのすべてに対する責任者を明確にすることだ。スマートシティプロジェクトには、様々なステークホルダーが関与する。彼らの合議によってプロジェクトの内容や優先順位を決めるわけだが、責任者なしには最終決定は下せない。「スマートになる」と決めたからには、先のフレームワークと責任者、およびそこでの決定事項の進捗を管理するマネジメントオフィスが不可欠だ。

最後は、市民がスマートシティを身近に感じられるようにするための取り組みだ。スマートシティで重要なのは、実現のための技術よりも、都市サービスを実現するためのアプリケーションであり、利用者の視点である。プロジェクトを推進する自治体は、技術の問題と、市民の問題とを同時に考え、解決しなければならない。

――市民の関心を高めるために、どんな取り組みが有効か。

多くの都市では、当然ながら、市民への調査を実施したり、市民と対話するタウンホールミーティングなどを開催したりすることで、意見を集約してきた。これに加えて最近は、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)やポータルサイトなどを使って、より多くの市民が最新情報にアクセスしながら、意見を直接書き込める仕組みを活用するケースが出始めている。「オープンガバメントポータル」といった取り組みだ。

 さらには、市民もプレーヤーになる取り組みもある。携帯電話などを使って、街の"今"に関する情報を共有し、都市のサービスを変えていこうとする取り組みだ。実際、米カリフォルニア州のシリコンバレー地域では、都市清掃に対して、次のような取り組みが始まっている。

公共スペースにあるゴミ箱などがゴミであふれているとしよう。それに気付いた市民が、携帯電話などで専用サイトにアクセスし、状況を伝える。連絡を受けた自治体は、そのゴミ箱の清掃に向かう。連絡を受けてから、どれくらいの時間で清掃するかは、自治体ごとにSLA(サービスレベル契約)によって決めている。

市民にすれば、気付きや不満をすぐに自治体に伝えられる。自治体にすれば、ゴミ箱があふれないように常に巡回する必要がなくなり、そのためのコストが下がる。コストが下がった分を、より前向きな取り組み変えていくことで、都市におけるサービスの向上を図れることになる。

市民は、都市がスマートシティかどうかに興味はない。暮らしが快適か、街がきれいか、といったことが興味の対象なのだ。市民と直接にやり取りする文化を育むことも、スマートシティの成否を大きく左右する。

スマートシティの実現に向けては、冒頭で述べたように経済的成長を賭けた都市間競争が始まっている。そこでは、ステークホルダー間の強い連携や、市民の参画度といった指標が重視されるようになってきた。市民に対する包括的な情報提供で成功している都市としては、オランダのアムステルダム市と米ニューヨーク市が挙げられる。

――スマートシティ市場では、ITベンダーが大量データを分析する「ビッグデータ」などの最新技術を押し出しているが、事業化が難しいと言った声が強い。

技術革新が速い"ドッグイヤー"を経験してきたIT業界にすれば、忍耐が求められる。スマートシティは一夜にしてできるわけではない。数十年単位の取り組みもある。それだけにIT業界は、立ち上げ時よりもむしろ修正の段階にビジネスチャンスを見いだすべきだろう。IT業界が持つ運用技術は、エネルギーや交通、ビルなどの管理における効率化にも適用できる。

ただ、ビジネスの視点を、市民に対するサポートに変える必要があるし、提供するサービスそのものも、クラウドコンピューティングなど革新的なものでなければならない。

ITベンダーは、プロジェクト着手時から自治体と協力し綿密な関係を気付いていくことが重要だ。複数の自治体に同じ提案をするにしても、全体の半分は都市ごとにカスタマイズする必要がある。2、3のテストケースだけで自治体が判断してくれると考えるのは間違いだ。先行者は最近、ITの提供者としてではなく、スマートシティにITをどう生かしていくかを考えるためのコンサルタント的な動きを見せている。

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