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「理念なきネット選挙」 試される政治との距離感

ブロガー 藤代 裕之

「低調だった」「期待はずれ」という論調で振り返られている初のネット選挙だが、もしソーシャルメディアを利用して政党や候補者と有権者が政策論争を繰り広げるネット選挙が社会に浸透したらどうなるのだろうか。

政治の話は人間関係を壊す

「政治や宗教の話は人間関係を壊す」「ソーシャルメディアが選挙の話一色になるのは気持ち悪い」―。7月27日に行われた情報ネットワーク法学会の研究会「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」で出た意見だ。

情報ネットワーク法学会の研究会で、ネット選挙活動について議論する参加者

研究会は、ソーシャルメディアの普及によって、「誰もが情報発信者」となった社会の将来像とあるべき制度設計を考えるもので、メンバーは研究者やジャーナリストらで構成されている。筆者は敬和学園大学の一戸信哉准教授とともに主査を務めている。

NTTコミュニケーション科学基礎研究所の木村昭悟氏は、「友だちのタイムラインでそういうのが流れるのは本当にいいのか。政治に興味がないとかではなく、自分の生活を脅かしかねない。結構危うい」と、ネットでの議論は建設的にならないこと、政治や宗教の話題は人間関係を壊す微妙な問題であると指摘した。

確かに、終盤にネット上で激戦となった参院選東京選挙区の山本太郎陣営と鈴木寛陣営の対決の余波は、筆者のフェイスブックやツイッターのタイムラインにも及んだ。鈴木氏を支持する書き込みがある一方で、どちらの候補も応援することもできない、と表明する人も見られた。

選挙では、ソーシャルメディアが、どの政党や政策を支持するのか、反対するのかといった思想の踏み絵になっている。選挙戦が過熱すればするほど対立は熱を帯び、旗幟(きし)を鮮明にすることを迫られる。そうすると、選挙から距離を置こうとする人が出るのも自然なことで、政治スタンスを知られたくないという人もいるはずだ。

政治的匿名性が脅かされ始めている

データ解析を行っているユーザーローカルの調査によれば、政党別のソーシャルメディアアカウントのファン数を調査したところ、選挙関連の報道で取り上げられることが多いフェイスブックやツイッターではなくラインが最も多かった。自民党では、ツイッターのフォロワーが6万4千に対して、ラインは9万4千。ツイッターのほうが多いのはみんなの党だけで、他の党はすべてラインが上回っている。いいね!を押したり、フォローしたりすると、周囲に分かってしまうが、ラインの場合は、どの政党の情報を見ているか他のユーザーには分からない。この政治的匿名性がライン利用を押し上げている可能性もある。

SNSファン数でも自民党が優位だった(ユーザーローカル調査)

木村氏は「地方だと、周りに住んでいる人は誰を支持するという空気が分かる。リアルでは当たり前のように起きているのが、ソーシャルに顕在化してきただけ。今回、参院選のような全国区で、しかも選挙区が広いところからスタートできたのは色々な意味でよかった」と分析した。

地方新聞の記者経験からすると、この指摘は合意できるところが多い。わずか数票で当落が決まる町村議会などでは、徹底的な票読みが行われる。それを支えるのは地域の濃厚なコミュニケーションだ。一方、ネットは匿名性が特徴だったが、フェイスブックの登場で実名化が進む。ツイッターも普段の書き込みから人物が推測される可能性がある。リアルがネットを侵食している。

ネット選挙の成功事例として紹介されることの多いオバマ米大統領もリアルに踏み込んでいる。オバマ陣営はネット上にある個人データを分析し、戸別訪問や電話につなげて支持を広げていった。ネット選挙は、ネットだけで行われていても威力はないが、リアルと結びつけば大きな力を発揮する可能性がある。

匿名性の高い都市社会では、政治信条や主義を表明せずに暮らすことができるが、ソーシャルメディアによって濃厚なコミュニケーションが作られるようになり、ネット選挙解禁が進むことで、政治的匿名性が脅かされ始めている。このような変化を受け入れる準備ができているとは言いがたい。フェイスブックには政治観を書き込む欄があるが、それほど利用されていない。まだまだ、政治的な態度表明はリスクが大きいのが現実だ。

選挙終了で握手できるのか

人気グループEXILE(エグザイル)のメンバーがネットで候補者を応援したとしてNHKは出演している番組の放送を急きょ取りやめた。一方で、赤旗で共産党を応援した女優はそのまま放送され、判断が分かれている。このニュースで起きたのはメディアの中立性に関する議論だが、政治的な態度表明のリスクととらえることもできる。

リスクは、何も人気アーティストやタレントだけにかかわるものではない。業界や企業ぐるみで政党や候補者を支持することもある。社員が別の候補への支持をソーシャルメディアで表明することができるのかという問題がある。ソーシャルメディアはログを残す。過去に特定の政党や政策アジェンダへの反応や書き込みが解析され、政治スタンスが明らかになり、知らぬ間に不利な立場に追い込まれているかもしれない。

弁護士ドットコム編集長の亀松太郎氏は「ネットは匿名で発信できるのはいいこと。リアルに原発反対と言いにくいけど、ネットで匿名なら発信できる。リアルで人に言いづらい時に発信できる」と政治的匿名性を維持する仕組みの重要性を指摘した。一方、情報政策に詳しい国立情報学研究所特任研究員の生貝直人氏は「選挙が終わったらちゃんと握手する新しい規範を作る必要がある」と述べた。

選挙では誰に投票したか分からない秘密投票が最後の砦(とりで)となっている。ネット選挙運動の解禁から、ネット投票の解禁に進んだ場合、必ずログが残ってしまうことになる。ハッキングや内部からの漏洩(ろうえい)により、投票すら「可視化」されてしまうこともあり得る。

その一方で、「隠蔽」もありえる。ソーシャルメディアの登場でネット上の情報は増え続けており、まとめサイト、ニュースアプリといったミドルメディアの登場は、一定の編集判断やアルゴリズムによって情報をフィルタリングしている。政治に関して議論したくない、情報がほしくないという人に関連情報を出さないことも可能であるし、特定の政党や候補に親和的な情報ばかりを表示することも可能だ。

ソーシャルメディアで触れる情報が、どのような技術や方針によって表示されているか理解しているユーザーは少ない。アルゴリズムの特性はおろか、アルゴリズムが存在していることを公表していない企業もある。選挙情報が飛び交っているように見えても、知らず知らずのうちに接触する情報をプラットフォームにコントロールされてしまう危険性もまた、考えなければならない。

むしろ民主主義が後退する

気鋭の社会学者西田亮介立命館大学特別招聘准教授は「理念なきネット選挙の解禁」と言う。民主主義の理想を実現するために、どうすればインターネットとかソーシャルメディアを使えるのかという議論が必要だったはずだ。だが、ネットでの議論が果てしなく続き、人間関係が壊れるとすれば、なるべく政治的な議論を避けようとする、ソーシャルメディアのログが政治的匿名性を脅かし、つながる友人たちからの圧力による自主規制が意見表明を阻むとすれば、むしろ民主主義が後退してしまうことになりかねない。

藤代裕之(ふじしろ・ひろゆき)
ジャーナリスト・ブロガー。1973年徳島県生まれ、立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。徳島新聞記者などを経て、ネット企業で新サービス立ち上げや研究開発支援を行う。法政大学社会学部准教授。2004年からブログ「ガ島通信」(http://d.hatena.ne.jp/gatonews/)を執筆、日本のアルファブロガーの1人として知られる。

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