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「多様な視聴」がCATVを変える 鍵は家庭の通信網

ITジャーナリスト 小池 良次

米国のCATV会社が、放送と通信を融合したサービスの高度化を目指し、次世代ネットワークの整備を進めている。大手通信事業者がインターネットによる放送サービスに乗り出すなか、CATV最大手のコムキャストなどは新技術を駆使した実験を準備している。米アップルの多機能端末「iPad」やスマートフォンなどの急速な普及に伴い、テレビ番組や映画の視聴スタイルが一変しつつあるからだ。CATV各社は、ケーブル網とインターネットの混合利用環境に対応できる、家庭までのネットワークの近代化を迫られている。

競争=料金引き下げとならない矛盾

2011年2月14日、米連邦通信委員会(FCC)は米国のCATV料金に関するリポート(正式名称はREPORT ON CABLE INDUSTRY PRICES:DA 11-284)を発表した。08年1月から12月までのCATV基本料金の平均は52ドル37セントで、年間上昇率は5.9%だった。FCCは「同じ時期の消費者物価指数(CPI)は0.1%上昇しただけ」として、CATV料金の上昇が突出しているとの分析を示した。

これにCATV業界は一斉に反発。「料金の上昇はサービスやコンテンツの充実によるもので、テレビ放送だけを個別に指摘するのは間違っている」と反論した。

これまで米国の市民団体は、「CPIを超える料金上昇が続いている」とCATV事業者による地域独占の弊害を批判してきた。これに対し米国政府は、CATV事業者間の競争に加え、衛星テレビやIPTVによる参入を促し、競争による料金引き下げを推進している。10年3月に発表した「全米ブロードバンド計画」にも、インターネット放送に対応した「AllVid(All Video)」などの競争促進策を盛り込んでいる。

しかし、競争は必ずしも料金引き下げに結びついていない。2月のFCCリポートによれば、放送サービスが競合する地域は3205から7034に増えたが、放送事業者1社が独占する地域の平均料金は52ドル10セントで、競争がある地域の平均料金52ドル96セントを下回っていた。

なぜ競争のある地域の料金の方が高いのか。明確な因果関係は見えていないが、米国のCATV会社は「テレビや電話、ネット接続などを総合的に提供しており、ユーザーはサービスの充実に従ってより多くの費用を自発的に支払っている」と主張している。

家庭までの同軸ケーブルがボトルネックに

CATVネットワークは、HFC(光同軸混合網)と呼ぶ形態を取っている。90年代にネットワークセンターから中継局に置く「ヘッドエンド」までの幹線網の光ファイバー化をいち早く進め、それを契機にビデオ・オン・デマンドインターネット電話などの双方向サービスを実現させてきた。現在、CATV会社は幹線網に大手電話会社と競いながら、毎秒40ギガビットや毎秒100ギガビットの超高速光ルーターを導入している。

 一方でヘットエンドからユーザー宅までの同軸ケーブルが、高度融合サービスを提供するうえでのボトルネックになっている。HFCネットワークはビデオ・オン・デマンドなどの放送サービスでは十分な競争力を持っているが、放送に固定電話や携帯電話、インターネットなどを融合させたサービスでは、IPTVが優位にある。

競争環境の変化は、視聴者が番組を楽しんだり、インターネットを利用したりするスタイルが多様化していることが背景にある。「番組はテレビで」「ネットはパソコンで」という旧来の形態ではなく、タブレット端末やスマートフォンでもネット経由で動画を自在に閲覧できるようになったためだ。

IPTVサービスを提供するAT&Tやベライゾン・コミュニケーションズなどの通信会社は、すべての通信網をIP通信手順に統一する"オールIP化"や、アクセス網をこえてサービスを制御する"IMS(IP Multimedia Subsystem)"の実現に向けてネットワークを近代化している。

こうした状況の下、CATV業界はヘッドエンドからユーザー側の末端ネットワークを高機能化・大容量化しなくてはならない。その有力な候補となっているのが、コムキャストが提唱する「CMAP」(Converged Multiservice Access Platform)と呼ぶ方式だ。

従来方式に対して技術的に大きな進歩

融合サービスが拡大すると、ホームネットワークにはSTB(セットトップ・ボックス)だけでなく、コンピューターや携帯電話、デジタルカメラなど、多様な情報家電が接続される。家庭向けネットワークには毎秒1ギガビットを超える速度が求められ、多種多様なアプリケーションとデバイスに対応する必要がある。CATVの末端ネットワークは、こうした高い要求を満たさなければならない。

コムキャストはこれまでSTBの機能強化を目指した「NGAA(next-generation access architecture)」プロジェクトを進め、その一環として次世代方式のCMAPを検討してきた。CMAPは末端ネットワークの大容量化だけでなく、オールIP化やIMS導入なども視野に入れた野心的な技術で、従来の「CMTS(cable modem termination systems、ケーブルモデム終端システム)」に対して技術的に大きく進歩している。

コムキャストのCMAPプロジェクトが具体化するにつれて、ほかの大手CATV会社も関心を払うようになった。10年6月にはコックス・コミュニケーションズがCMAPを導入する意思を示し、ケーブルビジョン・システムズやチャーター・コミュニケーションズ、リバティー・グローバル、カナダのロジャー・コミュニケーションズなども高い関心を表明した。

 11年に入ると、CATV会社で次世代網を模索する動きがさらに活発化した。コックスはCMAPを部分的に導入する「モジュラー化」を模索し始めた。一方でCATV業界2位のタイムワーナー・ケーブルは、システムの簡素化や分散化を狙ったCESAR(Converged Edge Services Access Router)と呼ぶCMAPに対抗する方式を提唱し始めた。

iPadで生放送を視聴可能に

現在、米国のCATVやIPTVの業界では、米アップルの多機能端末「iPad」旋風が吹き荒れている。多くの事業者がビデオ・オン・デマンド番組をiPadで視聴できるアプリケーションを発表しており、最近はiPadから生放送を視聴できるサービスをタイムワーナー・ケーブルやケーブルビジョンが提供している。

IPTVを展開する通信事業者では、AT&Tなどが積極的な姿勢を見せている。AT&Tは無線LAN機能の付いたSTBを提供する認可をFCCから2月に受け、IPTVサービス「U-verse」でユーザーがセットアップしなくても、iPadなどの無線LAN端末にビデオを送信できるようにした。コムキャストも同様のSTBをジョージア州オーガスタで実験している。

これらのサービスは、今のところ家庭ネットワークだけに限定されている。大きな懸案となっているデジタル著作権問題が解決すれば、職場やホテルなど家庭以外のところでも視聴できるようになるだろう。

次世代融合サービスの整備が遅れる日本

一方、日本はCATVや光放送、衛星放送のユーザーが全世帯数の5割に達し、有料放送サービスがビジネスを進めるうえで重要な役割を担っている。ただし日本の放送行政は地上波放送に偏重したままで、CATVなどの次世代ネットワークの促進政策とは無縁のようだ。

米国では、有料放送を提供する事業者が放送通信の融合サービスを担うため、政府も民間も次世代ネットワークの整備や料金問題に力を入れられる環境が整っている。米国の姿を見ると、有料放送サービスを軽視する日本にも、放送・通信融合サービスを視野に入れた本格的な有料放送行政が求められている。

小池良次(Koike Ryoji)
 米国のインターネット、通信業界を専門とするジャーナリストおよびリサーチャー。88年に渡米、93年からフリーランスジャーナリストとして活動している。サンフランシスコ郊外在住。主な著書に「クラウド」(インプレスR&D)など。

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