NPOが企業を鍛える CSR時代の新市場開拓術 - 日本経済新聞
/

NPOが企業を鍛える CSR時代の新市場開拓術

ニーズを橋渡し

企業の社会的責任(CSR)を実践するため、NPO(非営利組織)と戦略的に組む動きが広がっている。NPOは社会貢献活動を通じ、企業がとらえ切れていない市場ニーズに精通していることが少なくない。人材育成や商品開発などで実力を備えたNPOに頼りつつ、社会問題の解決と市場創造の両方を追い求めるスタンスが、CSRの新潮流になりつつある。

パナソニック×クロスフィールズ

新興国支援で社員成長、商品開発に一役

パナソニックでエコ商品のデザインを研究する山本尚明さん(33)は3月上旬、ベトナムから帰国した。現地では、太陽光を利用した調理器具を製造販売する組織に属し、器具の設計や製造工程の見直しに従事した。

この調理器具はガスや電気を日常的に使えない低所得者のための商品。貧困対策や公衆衛生向上に取り組むNGO(非政府組織)などを通じて普及させる。ただ、1台100ドルと高かった。製造コストを引き下げれば、同じ財政負担でより多く配布できる。「1カ月のうちに製造コストを16%削減できた」。山本さんは成果に胸を張る。

山本さんは「パナソニック イノベーション ボランティア」と呼ぶパナソニックの新制度の第1号として派遣された。制度の狙いは「CSRを担うリーダーの育成」(山口大輔・社会文化グループ事業推進室長)だ。

派遣期間は1カ月。派遣先の事業内容はベース・オブ・ピラミッド(BOP)を想定する。途上国の市場創造に長く関わる決意がうかがえる。希望者を公募する説明会を4月にも開き、2012年度は5人を送り込む。

同社は山本さんを支える体制も整えていた。調理器具のうちコスト削減の余地が大きかったのは太陽光を集める装置。設計を見直して部品点数を減らしたり溶接の工数を削減したりできたのは、日本で相談に乗った4人の専門家がいたからだ。重要情報の流出を防ぐため、知的財産権の管理のプロも控えていた。

この制度が具現した裏で、重要な役割を果たした特定非営利活動法人(NPO法人)がある。クロスフィールズ(東京・品川)だ。

11年5月に発足したこの団体は新興国・途上国に社会貢献活動の情報のパイプを持つ。青年海外協力隊で活動、経営コンサルティングのマッキンゼー・アンド・カンパニーでも働いた小沼大地・代表理事は企業の行動原理に理解がある。約10人の構成メンバーには、途上国で活動するNGO幹部と親密な人もいる。

パナソニックは同団体に当初、▽貧困層の生活・衛生向上に取り組む▽自然エネルギーの利用・普及に関わる▽1カ月という短期派遣を受け入れる――などの条件に合う現地の団体を探すよう依頼した。BOPの糸口を探りたい企業にとって、活動の伴走者となる現地の団体を見つけるのは重要な第一歩だ。その要求にクロスフィールズは応えた。「ホームステイ先の確保など細かい要望も聞いてくれた」とパナソニックは評価する。

東急不×フォレストック協会

販促に環境認定利用、森林保全に取り組む

フォレストック協会(東京・港)といえば、社会貢献活動の世界では森林の保全に取り組む「フォレストック認定制度」で知られた存在だ。「3平方メートルの認定森林が吸収する二酸化炭素(CO2)は年間1キログラム」と、環境保全効果を明確に打ち出す。東急不動産はこのわかりやすさに目をつけた。

同社は3月、自社の商業施設のカード会員になると「1平方メートルの森を1年間守る」と訴える勧誘キャンペーンを始めた。渋谷東急プラザ(東京・渋谷)では正面玄関近くにポスターを設置した。

東京ドーム200個以上に当たる1000ヘクタールの森林保護を目標とする「『緑をつなぐ』プロジェクト」がスタートしたのが11年10月。以後、東急不動産グループの商業施設やマンション販売の現場でポスターやのぼりが目立ち始めた。

シニア施設入居者が1人増えると年間100平方メートル、マンション販売では床面積と同じ広さの森林を10年間守る。東急ハンズもこの仕組みを使った販促活動を独自に企画するという。

一見、イメージ向上を販促につなげる活動にみえるが、別の狙いがある。

11年7月、新たに策定する「環境ビジョン」を社員に浸透させる方法は何かを、CSR担当者らが議論した。98年に掲げた「環境理念」が「社員にはほとんど顧みられなかった」(森下芳行・環境・CSR推進グループリーダー)反省があった。環境ビジョンには同グループの人心を統合する象徴的な意味合いを担わせる狙いもあった。

達した結論は「それぞれの事業と結びついた仕組みを構築するしかない」(同)というもの。グループ内にも顧客にもメッセージを伝えやすいという、フォレストック認定制度の明快さが採用の決め手となった。

ベネッセ×カタリバ

高校生の悩み相談、教材に学生の視点

東日本大震災で被災した中学3年生4人が3月19日、ベネッセコーポレーションの東京本部(東京都多摩市)を訪問した。宮城県女川町と岩手県大槌町の無料学習塾で勉強、高校に進学する生徒たちだ。塾の運営資金は企業などからの寄付金。ベネッセは教材を提供した。4人は中高生事業の担当者13人に「皆さんのおかげで、夢をあきらめずにすみました」と話した。

ベネッセの事業の柱は進学支援。だがCSR報告書では「学びから逃げる高校生が増えている」と、高校教育の現状に危機感を募らせる。11年4~9月期、通信教育「進研ゼミ」の高校講座在籍者数は前年同期比1割減った。高校教育から脱落する若者、という"市場"に目を向け始めた。

象徴的な取り組みがある。NPO法人、カタリバ(東京・杉並)との協力だ。カタリバは出前授業「カタリ場」を手がける。大学生ボランティアが、進路や親子関係といった高校生の悩みの相談にのる。11年は首都圏を中心に年間100回弱開催した。カタリ場参加で「中退を踏みとどまった生徒もいる」(今村亮カタリバ事業部長)。実は被災地の無料塾もカタリバが仕掛けた。

ベネッセの社員は業務としてカタリ場にボランティア参加する。通常のグループインタビューでは聞けない高校生の本音が次々と飛び出し、「社員らの視野を広げるのに役立っている」(乾史憲・中学・高校・大学教育事業ドメイン経営企画室副室長)という。

ベネッセは12年度、カタリバと組んだ高校向け教材を本格販売する。カタリ場とエッセー指導を組み合わせたもので、高校側からの引き合いは強いという。カタリバと組むことで、単独では近づきにくかった市場を掘り起こすきっかけをつかんだといえる。(消費産業部 中野圭介)

[2012年3月23日付日経MJ]

春割ですべての記事が読み放題
有料会員が2カ月無料

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン

権限不足のため、フォローできません