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石巻・大指で見た日本再生の礎石 知恵で開く未来

第1回(8月8日)

未来面2011

「聞くと見るとでは大違いだよ」。被災地から戻ってきた企業経営者やボランティア活動をしてきた人たちから何度も聞いた言葉です。未来面の取材で初めて被災地に行き、そこで目にした光景はやはり、「聞くと見るとでは大違い」でした。津波の高さよりも堆(うずたか)く積まれた瓦礫(がれき)の山。その中にはテレビやたんす、洋服、茶わんなど生活のにおいのするものもあります。とても瓦礫という言葉だけで言い表していいものなのか、考え込みました。

今回、取材でお邪魔した場所は宮城県石巻市北上町大指(おおざし)。仙台市から車で約2時間ほど北東に進んだ場所にある、ワカメやホタテで生計を立てている小さな漁村です。3月11日の東日本大震災で高さ18メートルの津波が襲い、漁港近くの全15世帯の家が流され、大半の漁船も使い物にならなくなり、漁港近くの作業場も津波にさらわれました。海岸線を走る道路は地震と津波で寸断されて孤立状態に。震災後数日間は救援物資も届かなかったそうです。家を失った人たちが住む仮設住宅が高台にできたのは6月末。被災地に行くために事前に調べた内容はこれくらいでした。

被災地に意外な光景

「東北の極めて小さな漁村。典型的な過疎地。生活の糧となる漁場も壊滅状態。高齢化が進み、さぞかし暗い雰囲気が漂ってるのだろう」と勝手に被災地の状況を思い描いていました。

7月下旬、潮の香りのする大指地区に立ちました。そこでの光景はやはり、「聞くと見るとでは大違い」。意外な光景でした。避難所(林業者生活改善センター)の大広間では3、4歳の子供が元気良く駆けずり回り、そのほほ笑ましい姿をお母さんや、おばあちゃん、祖祖母(おっぴばあさん)が見守っていました。大指地区は少子化とは無縁の世界なのです。お話を伺うと大指地区には約40世帯、約180人が生活し、そのうち高校生以下の子どもたちが約50人もいるのです。3世代、4世代が同じ屋根の下に暮らす賑(にぎ)やかな漁村です。

大指地区の避難所で世話役を務める阿部浩さんがこう解説してくれました。

「十数年前までは若者が仙台市などへ移り住んでしまったのですが、ワカメの養殖などを手掛けて生活が安定するようになると若者が大指に戻ってきてきたのです。経済的な基盤ができると後継者問題は解決し、子供を育てる環境も自然とできたのですよ」

この言葉を聞いたとき、「ハッ」としました。「この小さな漁村は、いち早く少子化というニッポン社会の課題を解決して、豊かな暮らしを取り戻しているのではないかと」。自然の恵みをいかしながら経済的な余裕をもとに子供がたくさんいる集落を作る。好循環な世界が生まれたのです。

しかし、大震災で経済的な基盤が奪われました。約70隻あった漁船は津波により12隻しか使えなくなりました。さすがに震災直後は漁業をあきらめるしかないと考える人たちもいたそうです。ただ、呆然(ぼうぜん)と立ちすくんでいるだけでは進歩の希望もありません。

そこでまず、生活の基盤と生活のリズムをつくろうとしたのです。たまたま大指地区にボランティアとして入っていた市民団体「チームともだち」がそのお手伝いをすることになったのです。メンバーの1人でオーガニックコットンの衣料品や雑貨などを扱うアバンティ(東京・新宿、渡邊智恵子代表)が洋服の裁断で残った生地を使い、クリスマスツリーのオーナメント(装飾)を製作することを大指の皆さんに提案しました。

生地をハサミで星形や雪だるまの形に切り、縫い合わせてその中に綿を入れて立体にします。大きさはせいぜい、縦横で5、6センチです。つくったオーナメントをかわいい箱に4、5個詰めます。それを都心の百貨店や雑貨店で1箱1000円で秋から売ろうと考えています。

暮らし、本業で立て直す

この話を聞いた大指のお母さんたちは戸惑いました。「ワカメを袋に詰めることしかしたことないのに、都会の人が買ってくれるようなクリスマスの飾りができるのかねえ」。避難所で不安げな表情を浮かべる姿が。すると隣にいたお母さんが「仮設住宅で一人で飾りを作るより、みんなが避難所に集まってアイデアを出し合えばいいもんが作れるよ」とみんなを盛り上げました。すると、その場は新作発表会の会場に早変わり。生地をくるくると器用に巻いてバラの形にしたり、てるてる坊主を2つ重ねてかわいい雪だるまを作ったり。見ていて知恵を出し合うことの大切さを教えてもらいました。この和気あいあいとしたお母さんたちの姿こそ、未来面の記事にふさわしいイメージが自分の頭の中に浮かびました。

クリスマスの装飾(オーナメント)作りにはまだまだ仕掛けが。飾りの入った袋や箱の中に大指地区の現状を伝えるメッセージカードと返信用の葉書(はがき)を同梱します。飾りを買ってくれた都会の人が返信用の葉書を大指に送ってもらい、そして今度は、お礼の葉書をお母さんたちが書いて、送ります。お礼の文言は大指で採れるワカメやホタテなどの宣伝の文句も盛り込みます。この葉書を受け取った都会の消費者が大指産の海産物に興味をもってもらうためです。「やはり本業で生活を立て直すのが1番ですから、飾り作りはその誘い水なのです」とアバンティの渡邊さんが教えてくれました。「ワカメやホタテの通信販売ができばいいですね。これをきっかけに大指のワカメがブランドになれば」と若い漁師さん。

今、大指では秋のワカメの植え付けの準備が始まっています。装飾作りと平行する形で「三陸大指産ワカメ 復興絆プロジェクト」と銘打ったホームページ(http://oozashi-wakame.com/)を立ち上げて、大指地区の状況を伝えるとともに、ワカメの養殖に必要な資材の購入の募金集めを今月からスタートさせました。英語や中国語のサイトも近く公開されるそうです。

大指地区の被災地の皆さんのたくましさ、アイデアのユニークさはこれからのニッポンの未来を作るモデルケースではないでしょうか。

(編集委員 田中陽)

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