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必然だったビットコイン騒動 原点は20年前に

編集委員 関口和一

インターネット上の仮想通貨「ビットコイン」の取引所大手、マウントゴックス(東京・渋谷)が東京地裁に民事再生法の適用を申請してから1週間。114億円ものお金が消えたとあって、利用者の動揺は収まっていない。

実は「電子マネー」と呼ばれる電子決済手段が登場して今年で約20年になる。ほとんどが構想倒れに終わるか特定の国での普及にとどまるなか、国境を越えて広く普及した数少ないものがビットコインだった。では、なぜビットコインは利用者の支持を得ることができたのか。それまでに登場してきた様々な電子マネーと比較すると、電子決済に対する真の需要が見えてくる。

米国発タクシー会社の決済サービスも日本上陸

スマートフォン(スマホ)ひとつあれば、どこでもハイヤーが呼べ、クレジットカードを出さなくても決済までできます」――。マウントゴックス破綻の衝撃が冷めやらない3日。東京・虎ノ門の米国大使館で新しい電子決済サービスのお披露目が華々しく開かれた。米サンフランシスコで生まれたハイヤーの電子手配サービス「Uber(ウーバー)」の記者会見だ。

会場には元ソニー会長の出井伸之クオンタムリープ社長も駆けつけ、「モバイル技術がまた新たな市場を作り出そうとしている」と挨拶、日本市場での門出に花をそえた。タクシーの配車サービスでは、英国のヘイロー・ネットワークも大阪を振り出しにサービスを開始している。

電子マネーや電子決済を巡る動きが最近、後を絶たない。2月13日にはKDDIが自社のポイントサービスを統合して電子財布代わりに使える携帯向け決済サービス「auウォレット」を発表。ソニーは電子マネーの「エディ」や「スイカ」に使われた非接触型のICカード技術「フェリカ」を海外向けに展開する戦略を明らかにした。さらに富士通とソフトバンクも、スマホで簡単にポイントやクレジットカードが使える決済サービスを年内にも始めるという。

大手各社が電子マネー市場に再び着目し始めたのは、ビットコイン人気が少なからず影響しているようだ。マウントゴックス騒動でビットコインの相場が乱高下したことを受け、メディアが一斉に電子マネーに対する期待と課題を語り始めたことも大きい。

電子マネーや電子決済の取引額や流通量でいえば、ビットコインは他の決済手段を大きく引き離している。相場が高い時期のレートで換算すると、実に日本円で1兆円近いお金がインターネット上を流通していることになる。米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ前議長が昨年、ビットコインに前向きな評価を下し、中国マネーが流れ込んだことなどから一気に市場が拡大した。

なぜビットコインに人々は群がったか

電子マネーとしてのビットコインの魅力はどこにあったのか。その理由を挙げてみよう。「決済コストが安い(手数料が安い)」「取引スピードが速い」「匿名性が高い」「相場の上昇が期待できる」「スマホで簡単に利用できる」「海外でも使える」「預金の逃避先にも使える」――。主にこの7つだ。

逆にいえば現行の金融機関の決済サービスは、コストが高く手続きも面倒で使いにくいと消費者が評価しているともいえる。ベンチャー企業の経営者など若い人がビットコインに群がったのは、融通の利かない権威主義的な既存の金融サービスに飽き足りなかったからだろう。

一方、言うまでもなくビットコインにはネガティブな側面も多い。今回のマウントゴックスの騒動が物語るように、金融機関のような信頼できる発行体がなく、現金の裏付けもない。匿名性が高いことは利用者にとっては利点だが、金融システムとしてとらえれば、武器や薬物の取引やマネーロンダリング(資金洗浄)に使われやすいなど危うい面がある。それでもビットコインが人気になったのは、かつてパソコンやインターネットがそうだったように新しい技術革新に触れるワクワク感があったからに違いない。

これまでも電子マネーや電子決済手段はワクワク感で迎えられてきたが、そのほとんどは姿を消すか別な決済サービスに取り込まれてしまった。というのも「電子マネーブーム」といえる時期は、これまでに3回あった。第1期はインターネットが広く浸透し始めた1990年代中ごろ。第2期は携帯電話が普及し始めた2000年代初め。そして第3期といえるのが、クラウド技術とともにスマホやタブレットが広がった今である。ビットコインもスマホと高速通信サービスがなければ、今ほど人気にはならなかっただろう。

第1期に注目を浴びたのはオランダの「eキャッシュ(デジキャッシュ)」や米国の「サイバーキャッシュ」、英国の「モンデックス」などだ。いずれも日本に進出し、金融機関や大手IT(情報技術)企業が担ぎ上げたが、失敗に終わった。サイバーキャッシュはネット上での小口決済を狙っていたが、当時の需要はまだ小さかった。クレジットカード会社がネットで小口決済を受け付けるようになると、米国の本社は経営に行き詰まってしまった。モンデックスも日立製作所が力を入れたが、インフラ整備にお金がかかり普及に至らなかった。

第2期の出世頭は、ソニーが開発した非接触ICカード技術「フェリカ」を使った「エディ」や「スイカ」だ。現金の価値をICカードに保存して使う電子マネーで、東日本旅客鉄道(JR東日本)など大手の鉄道会社や流通チェーンなどが採用したことで利用が広がった。NTTドコモが携帯電話用に同技術をアレンジした「おサイフケータイ」によって日本国内ではブレークしたが、逆に携帯市場のガラパゴス化を促す要因にもなってしまった。

第3期の今、最も期待されているのが「スマホ決済」と呼ばれる個人や中小企業向けのクレジット決済サービスだ。有力SNS(交流サイト)の「ツイッター」の創業者で知られるジャック・ドーシー氏が2009年に始めた「スクエア」がその代表格である。

これまでに登場した主な電子マネーや電子決済手段
名 称方 式特 徴
1981米国チェックフリーサーバー小切手の支払い代行サービス
1989オランダeキャッシュ仮想通貨オランダのデジキャッシュ社が開発
1992フランスカルトブルーICカードフランスの銀行によるデビット決済
1994米国ファーストバーチャルサーバーネット上の小口決済サービス
1994米国サイバーキャッシュサーバーネット上の決済サービスで経営破綻
1995ベルギープロトンICカードベルギーの銀行によるICカード決済
1995英国モンデックスICカード英国銀行によるICカード決済手段
1996米国VISAキャッシュICカード米カード会社によるICカード決済
1997日本ビットキャッシュサーバーネット上の小口決済サービス
1997米国ミリセント仮想通貨米DECが開発した電子決済サービス
1998日本ウェブマネーサーバーベンチャーによるネット上の決済手段
1998米国ペイパルサーバーネット上の小口決済サービス
1999日本スーパーキャッシュICカード日銀とNTTが開発した小口決済手段
1999日本Cチェックサーバー日本のデジタルチェック社が開発
2000日本エディICカードソニーが開発した非接触型ICカード
2000日本Jデビットサーバー日本で開発されたデビットカード
2001日本スイカICカードJR東の交通カードによる決済手段
2004日本おサイフケータイICカード携帯に搭載した非接触型ICカード
2007ケニアMペササーバー携帯ショップ網を使った送金サービス
2009日本ビットコイン仮想通貨ネット上の国際的な仮想通貨
2009米国スクエアサーバースマホを使ったクレジット決済サービス
2009米国ウーバーサーバースマホを使ったタクシー決済サービス
2010英国ヘイローサーバースマホを使ったタクシー決済サービス
2014日本auウォレットサーバースマホによるポイント利用決済手段

利用者はクレジットカード会社の厳しい審査を受ける必要がなく、安い手数料で誰でもすぐ利用できる。ビットコインと同様、大手の金融機関ではなくベンチャー企業だからこそ作り出せたサービスといえよう。冒頭紹介したウーバーやヘイローなどのタクシーの配車・決済サービスも第3期のニューフェースに含まれる。

ビットコインの普及は1期でもなく2期でもなく、ネット全盛時代に登場したことが大きかった。また初めから国際的な決済に使えたことが利用を広げる原動力となった。

ベンチャーが起こす金融革命

筆者は今年初め、米サンフランシスコにあるスクエアの本社を訪ねた。社内はワンフロアを見渡せるソフト会社のようで、金融サービス会社のイメージとはほど遠い。社内のカフェテリアには「iPad」を使ったスクエア対応のレジスターが置かれ、カードの読み取り装置が一体化されていた。美しいデザインに仕上がっており、読み取り装置が何台も散らばっている日本のレジまわりとは大違いだった。

真っ白な壁には創業者のドーシー氏の言葉「Make commerce easy(商業を簡単にする)」がレリーフとして掲げられていた。カード読み取り装置が最新の切手大にたどり着くまでの試作品が順番に壁に飾ってあり、この小さな会社が猛スピードで金融業界に革命を起こしたことを実感した。

スクエア本社を訪ねるため偶然拾ったタクシーの女性ドライバーもスクエアの愛用者。「カード会社に高い手数料を払う必要がなく、3年使っているが特に問題はない」という。仲間にはウーバーを使っているドライバーもいるそうで、サンフランシスコの古風な街並みに新たな電子マネー革命が息づいていた。

ところで電子マネーや電子決済は大別すると3つの方式に分かれる。まずエディやスイカなどのICカード型。現金の価値をICチップに記録し、それを読み取り装置で引き出しながら使うタイプだ。米VISAインターナショナルが1996年のアトランタ五輪で投入した「VISAキャッシュ」や英国の「モンデックス」などもこの形だ。同じようにICカードを使うが、金融機関に預けてある預金口座から現金を引き落として使う「デビットカード」とは区別される。

もう一つの「支払い指示型」と呼ばれるのが、ネットの草創期に登場した米国の「ファーストバーチャル」や「サイバーキャッシュ」など。現金の価値を引き出すというより、特定の口座から別の口座に振りかえを指示するタイプだ。「サーバー決済型」とも呼ばれる。

アフリカの携帯電話大手サファリコムが始めた電子決済サービス「Mペサ」もこの形で、利用者を急速に増やしている。Mペサは携帯電話ショップが窓口となり、ショート・メッセージの指示に従って現金を利用者に手渡す仕組み。アナログ的ではあるが、電子決済の一種といってよいだろう。

3番目のタイプが「ネットワーク型」と呼ばれる電子マネーだ。現金の価値が電子データとしてインターネット上を流通していく仕組みで、その元祖にあたるのが「eキャッシュ」である。オランダでデジキャッシュを創業したデビッド・チャウム博士が1989年に考え出した。ビットコインもこの流れをくんでいる。ネット上を現金の価値が転々と流通し、匿名性が高いことから真の「仮想通貨」と呼べる電子マネーと言ってよい。

「ビットコイン論文」に欠けていたもの

実は日本銀行が1999年、NTTと組んでICカード型の電子マネー「スーパーキャッシュ」の実証実験を行ったことをご存じだろうか。実用には至らなかったが、プロジェクトに関わった日銀出身の岩村充早稲田大学教授は「ビットコインの登場は電子マネーに対する需要が今も根強いことを物語っている」という。

岩村教授はビットコインの理論的背景となった「サトシ・ナカモト」と名乗る人物の論文も読んでみたそうだ。「残念ながら、内容は不十分なものだった」と語る。ビットコインは理論上、2100万ビットコインが発行額の上限で、それが貨幣としての希少性を担保しているとされる。しかし、もしビットコインを実物経済の決済手段として将来使っていくなら、「需要に合わせて、採掘コストを上げずに供給できる仕組みが必要だった」と岩村教授は指摘する。

ビットコインはもともと投機を目的にしたものなのか、電子マネーの需要に乗って偶然広がってしまったものなのか、実態はよくわからない。マウントゴックスに対する警察や金融当局の調査が進められているが、技術革新に歯止めをかけることだけは望ましくない。大切なのは、技術の不備を法律やルールで補うことだ。便利で安全な次世代の電子マネーや電子決済の到来を促すためにも、今回のマウントゴックス騒動に関しては入念な調査と実態の解明が期待される。

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ビットコイン

仮想通貨とは紙幣や硬貨といった実物がなく、インターネット上でやり取りするお金を指す。専門の取引所を通じてドルや円などの通貨と交換できる。代表的な仮想通貨としてビットコインがある

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