日米外交60年の瞬間 第3部

フォローする

「武装平和の道を」と叫ぶ鳩山 サンフランシスコへ(35)
日米外交60年の瞬間 特別編集委員・伊奈久喜

2012/4/14 7:00
保存
共有
印刷
その他

この物語で以前触れたように、鳩山一郎は、脳いっ血で倒れていた。追放解除は鳩山に元気を取り戻させたようにみえた。鳩山は1951年8月6日、「この際申し述べておきたいことは……」と切り出して次のように語った。

■「集団的自衛態勢」を強調

「現に世界の脅威となっておる国際共産主義者の行動に対する私の立場についてである」と続け、共産主義の脅威を強調した。

「共産主義陣営昨今の出方をみていると彼らが欲するならばいつでも武力侵略の開始を辞さないという危険な傾向が明白に認められる。したがってただ消極的に平和を希望するという態度を守っているだけではいっこうに平和を得る保障としては役に立たない」と消極的平和論を批判した。

同時に「共産主義陣営が不断に侵略のすきをうかがっているとしても、予防戦争でその禍根を断とうとする考えは絶対に支持し得ない」と共産主義者の侵略に対する予防戦争論も退けた。

鳩山は「しからば他に残された唯一の道は何かというならば、以下のようなものであるべきではないかと考える」として3点を指摘した。

・民主主義を信条とする各国が、この信条にもとづく平和と秩序をあくまで守るという積極的な意思を持つ。

・これら民主諸国の団結を強化し、集団的自衛態勢を確立する。

・かかる集団自衛態勢の強化に貢献できる国力を培養する。

それを受け「現在米国の対外政策を指導している原則も同様の観点に立脚したものであると確信している。ある意味で武装平和の道に生きていかねばならぬ」と語った。最も強調したかったのがここだった。

「その前途はわれわれにとってまことにいばらの道だろうと思われる。しかし今日これが自由と平和を守る唯一の道であるとするならば、一切の情熱と精力とをここに傾けることこそ政治家の責任であり、また広く人類共同の気高い義務であると確信する」と締めくくった。

1951年
4月11日
トルーマン大統領がマッカーサー元帥を連合国最高司令官、国連軍最高司令官、米極東軍・極東陸軍総司令官から解職。後任にリッジウェー中将
4月16日ダレス特使再来日
6月20日日本政府、第1次追放解除を発表
8月6日日本政府、第2次解除を発表。鳩山一郎ら追放解除される
9月1日米、オーストラリア、ニュージーランド、太平洋安保条約に調印
9月4日サンフランシスコ講和会議始まる
9月8日吉田首相、対日講和条約、日米安全保障条約に調印
12月24日吉田首相、ダレスに台湾の国民政府との講和を確約(「吉田書簡」)

練りに練った発言だった。「再軍備」とか「憲法改正」といった言葉はここにはないが、武装平和は、これらと同じ意味である。大きな方向性は一致していても、当時の吉田路線とは違いがあった。

この発言を通読すれば、鳩山のナショナリストぶりがわかる。それを鳩山ナショナリズムと仮に呼ぼう。ただしまだ米軍占領下であり、公職追放解除になったばかりである。反米ナショナリズムの響きはない。

鳩山ナショナリズムは、やや変質して隔世遺伝する。

鳩山の長男、威一郎は大蔵官僚になり、主計局長、次官を務めた後、参院議員になった。1976年、1年生議員だったが、発足した福田内閣の外相に就任した。在任中、特にナショナリストと評されるような発言はなかった。

しかし威一郎の長男、つまり一郎の孫、由紀夫は違った。2009年にできた由紀夫の政権が1年ももたずに崩壊したのは、鳩山ナショナリズムのせいだった。由紀夫は米国と距離を置き、東アジア共同体に傾斜し、それが不安を持たれた。反米ではないにせよ、明らかに離米ではあった。

対米関係を損ねた政権は長続きしないとの日本政治の公理を改めて印象づけたのが由紀夫の政権だったが、一郎の政権も実はそれに近かった。これについては後に触れる。

■「社会党内の一本化に努力」と河上

河上丈太郎=毎日新聞社提供

河上丈太郎=毎日新聞社提供

一方、社会党の河上丈太郎も追放解除にあたって次のように語った。

河上は一高・東大を経て弁護士になった人であり、知識人型社会主義者である。追放解除の弁もそれがにじみでいた。

自身が取り組んだ英国労働党史の翻訳に触れ、「結語に『英国労働党の強さはむくいられることなく、うずもれた優秀な多くの党員がいることだ。この党員に感謝する』と書かれているが、私も今後社会党のなかにこうした役割を受け持ち、社会党の育成に努力したい」と語る。

そして「党内の左右対立についても真剣に一本化へ努力したい。現存の社会党に一番望まれていることはむしろ強い社会党となるための党体制を整備することであり、国内諸問題について国民大衆に真の政策を示し、日常闘争に全力をあげるべきだと思う」と続けば、これは委員長への出馬宣言のようにさえ聞こえる。

追放解除は自由、民主、社会各党の党内に大きな波を起こした。次回はそれに触れる。

日米外交60年の瞬間をMyニュースでまとめ読み
フォローする

保存
共有
印刷
その他

関連キーワード

電子版トップ

電子版トップ連載トップ