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開発者が熱狂 3D仮想メガネがゲームを変える

ジャーナリスト 新 清士

 頭に装着して3D(3次元)のバーチャルリアリティー(仮想現実)映像を楽しめるヘッドマウントディスプレーが世界中のゲーム開発者の熱い視線を浴びている。米オキュラスVR(カリフォルニア州)の「オキュラスリフト」がそれだ。4月に提供を始めた開発者向けキットは300ドルと安く引っ張りだこ。さらに著名なゲーム開発者が同社に参画したことで業界の関心は一気に高まった。オキュラスリフトは2014年後半発売を目指し、まだ開発中の段階だ。正式な発売日や価格が未定にもかかわらず、開発者たちが熱狂ともいえるほど期待を寄せる背景を探った。

デモ体験者から驚きの声

田村耕一郎氏の「木造校舎を歩く」のプロモーションビデオ。同じ映像がオキュラスリフトに表示され、プレーヤーは仮想空間の中を動き回ることができる

中学校とおぼしき木造の校舎。木製の机と椅子が並ぶ教室に夕陽が差し込んでいる。人気がなくひっそりした教室の中を歩きまわると、どことなく不気味に感じる。そのとき外で「下校時刻になりました。気を付けて帰りましょう」との校内放送。教室の窓から見える森ではセミが鳴いている。やがて太陽が沈み、あたりは暗闇に包まれる……。

国際ゲーム開発者協会日本が11月9日、東京・秋葉原で開催した「東京ロケテゲームショウ2013」。3Dグラフィックスデザイナーの田村耕一郎氏が展示した「木造校舎を歩く」のデモは、表示装置にオキュラスリフトを使用した。ユーザーの両目を覆うオキュラスリフトの内蔵ディスプレーに教室の3D映像を表示し、画面に同期して音が聞こえるように用意されたヘッドホンで音声を流す。デモ体験者はコントローラーを操作し、教室の中を動き回ることができる。

東京ロケテゲームショウで「木造校舎を歩く」をプレー中の参加者。左手に持ったコントローラーを操作して校舎の中を移動する

「おお、うわっ」「何ですか、これは」。展示コーナーでオキュラスリフトを体験した人から次々に驚きと戸惑いの声があがった。まるで自分が教室の中にいるかのような、映像への没入感の高さがオキュラスリフトの大きな魅力だ。多くの人が従来にないリアルな映像体験に圧倒されたようだった。田村氏の作品に「ホラーゲームがそのまま作れますね」と感想を漏らす人もいた。

オキュラスリフトはソフトウエア側のリアルタイム3D表示プログラムを大きく変更することなく、容易に3D映像を表示できる。今回のデモ映像も、田村氏が2年前に作製した試作品を対応させたものだ。作業はそれほど難しいものではなかったという。

ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が日本で来年2月に発売する「プレイステーション(PS)4」やマイクロソフトの「XboxOne」といった新型家庭用ゲーム機は最先端の映像表現能力を持っている。一方で、家庭用ゲーム機としては成熟期に入りつつあるともいえる。テレビモニターへの表示を前提にして映像をより精細・美麗化する技術は、ゲーム体験そのものを劇的に変えるほどのインパクトは持ちえないからだ。

諏訪東京理科大の篠原菊紀教授が自著「なぜ、脳はiPadにハマるのか?」(学研新書)の中で興味深い指摘をしている。「きれいな映像ほど、脳がよけいなことをせずに見ることができる。だから、心地よい、だから美しい」。つまり、ハイビジョンやフルハイビジョンのように映像が美麗化していくことは、脳への負担を減らすことになるというのだ。それは重要な意味を持つ。

人間の脳は大画面化を求める

オキュラスリフトを内側から見たところ。左右のレンズを目に当て、それぞれに違った画像が表示される

篠原氏によると、人間はいったん美しい映像に慣れてしまうと、脳が「画面の中にいるような没入感を求めるようになる」という。さらに、より心地よくなるためにテレビ画面の大型化を求める。目の並ぶ方向によって、好まれる画面は横長になっていくという。

こうした現象をゲーム機に当てはめると、3D映像が高品質になればなるほど、大画面に表示することがユーザーには気持ちよく感じられることを意味する。ただし、映像の大画面化を追求しても、一般家庭では部屋に置けるテレビのサイズに限界がある。いくらハードウエア性能が向上し、映像が高精細になっても、その美しさを感じさせるうえで限界にぶつかってしまうのだ。

2010年のゲーム開発者会議でスピーチをするジョン・カーマック氏

ところが、テレビを使わないオキュラスリフトは大画面化の限界という問題を解決できる可能性がある。360度どの方向を向いてもハイビジョンの3D映像という高品質な仮想空間を用意すれば、映像への没入感は格段に高まり、今までにないリアルな世界を楽しめるからだ。

オキュラスVRが開発中のオキュラスリフトの一般向けモデルは、表示映像の解像度としてハイビジョンサイズの1080p(片目が960×1080ピクセル)を目標にしている。この解像度が達成できれば、テレビの大型化とは違ったアプローチで映像への高い没入感が実現できるだろう。多くのゲーム関係者が「オキュラスリフトは今後のゲームのあり方を劇的に変えるハードウエアになる」とみているのもそのためだ。

オキュラスリフトに対するゲーム開発者の期待を一気に高める出来事が11月にあった。ゲーム業界に強い影響力を持つジョン・カーマック氏が、オキュラスVRの最高技術責任者(CTO)に就任したのだ。カーマック氏は1990年代、リアルタイム3Dを表示するコンピューターグラフィックス技術を開発したゲーム開発者として知られる。常に先端テクノロジーを追いかけ実現してきた同氏は、業界で注目される人物の一人だ。

2000年代に入ると、コンピューターグラフィックスの次に関心がある技術分野だったロケット開発にシフトし、ゲーム開発の第一線から退いていた。それ以来、民間でのロケット開発にのめり込んでいたが、今年1月に小型ロケットの打ち上げに失敗。8月にはロケットの開発会社を「冬眠モード」とし、事業継続をいったん中止すると表明した。関係者たちはカーマック氏が次にどの分野の技術に進出するのか注目していた。結局、同氏が選んだのは創業1年半余りのベンチャー企業、オキュラスVRへの参加だった。

「3D酔い」をどう解決するか

「イブ:ワリキューレ」の公式ページ。プレイヤーは宇宙戦闘機のコックピットに乗って敵機と争う

オキュラスリフトで遊べるようにしたと発表したゲームや、今後対応すると発表したゲームを合わせると、すでに100タイトル以上になる。技術的に対応が容易なこともあるのだろうが、発売前の新デバイスへのゲームソフト対応状況としては驚くほどの人気といえる。

これまでに発表されたソフトをみると独立系ゲーム開発会社の作品が目立つが、14年に発売予定の宇宙戦闘シューティングゲーム「イブ:ワリキューレ」(CCP)といった大型タイトルも含まれている。

すでに販売中のパソコン用ゲームをオキュラスリフトに対応させるプログラムを手がけるベンチャー企業もある。その一つの米ボープXは、「バトルフィールド4」(エレクトロニックアーツ)など家庭用ゲームとしても販売されている有名ゲームを3Dで楽しめるプログラムを発売した。オキュラスリフト対応ゲームは今後も続々と増え続ける勢いだ。

しかし、問題もある。既存ゲームの多くはそのまま表示すると、3D視聴の課題とされる「3D酔い」が激しく、プレー中に気分が悪くなってしまうことだ。映像が激しく動くゲームほどその傾向は強い。臨場感のある映像を表示する最新のゲームでは、とても遊び続けることができないケースもある。筆者の場合、動きが緩やかで酔いにくいはずの「木造校舎を歩く」でも、オキュラスリフトで3D酔いをしてしまった。この問題をどう解決するかはゲーム開発者たちの大きな関心事だ。

家庭用ゲーム機への対応はなし?

一方、ゲームユーザーにとって興味深いのは、PS4など新型ゲーム機向けソフトが今後、オキュラスリフトにも対応するかどうかという点だろう。

オキュラスVR創設者のパーマー・ラッキー氏は、ウェブメディアのテックレーダー誌のインタビューの中で「家庭用ゲーム機は我々が望むものとしてはあまりにも制限がある」と述べており、家庭用ゲームへの対応に否定的だ。そのうえで、「世界で最高のバーチャルリアリティーデバイスをつくり、毎年完成度を上げ、アップグレードを続けていきたい」と自社デバイス強化に意欲をみせている。

家庭用ゲーム機は一度発売すると、その性能は5年余り固定されてしまう。「今のバーチャルリアリティーのハードウエアは4~5年後には性能が大きく跳ね上がっている」(ラッキー氏)だけに、家庭用ゲーム機のペースに合わせると技術進化が遅くなり、実情に合わなくなると感じているようだ。

オキュラスリフトのゲーム開発者向けキットは値段が安いが、これは表示する映像をパソコン側で計算して作製しているためだ。性能の低いパソコンで作製した映像も表示できるが、ハードウエア性能をフルに引き出すには、20万円以上の高性能パソコンで作製することが望ましいという。PS4は家庭用ゲーム機の最新モデルだが、ハードウエアとしては10万円前後のパソコンに相当するとみられ、現時点では性能が足りないようだ。

今後、半導体価格の低下が進み、5年後には低価格パソコンも現在の高性能パソコン並みの性能を持つようになるだろう。高品質でリアルな3D映像を表示できるオキュラスリフトの技術も、家庭用ゲーム機に搭載されて一般家庭に普及し、ありふれた技術になっていく可能性がある。

3Dゲームを家庭に普及させる起爆剤

「The Witness」の公式ブログから。公開されているスクリーンショットは3D画像と思われる

実際、カーマック氏がパソコン向けに開発したリアルタイム3D技術は、1994年に登場したSCEの「プレイステーション」や01年のマイクロソフト「Xbox」向けゲームにも応用され、一般家庭に普及していった。オキュラスリフトも同じような過程をたどり、家庭に3Dゲームを広げる起爆剤になるかもしれない。

3D画像が一般のパソコンで表示可能になった90年代後半、人々はパソコンの画面に3Dが表示されるというだけで興奮したものだった。新しい技術のため、当時と同じような状況を今のゲーム開発者たちはオキュラスリフトに感じているのだろう。だからこそ、この新デバイスは正式な発売日も見えていないのに、多くの開発者たちを強く引き付けるのかもしれない。

PS4向けの目玉ゲームソフトの一つで、14年に発売されるパズルゲーム「The Witness(目撃者)」の公式ブログで11月29日、「これが意味することは?」という3D視聴をテストしていると思われる画像が公開された。このゲームはパソコン版の発売も予定されており、関係者やユーザーの間では「オキュラスリフトにも対応させるのでは」と話題になっている。

もともとPS4向けに開発されているゲームだけに、「ソニーは3D対応のゲームデバイスを開発しているのではないか」という噂も流れている。ゲームユーザーの熱い視線を浴びるオキュラスリフトに対抗し、ソニーが自ら開発した3Dデバイスが突然登場する可能性もある。

オキュラスリフトは4月の開発キット配布開始からわずか8カ月で世界中のゲーム開発者を熱狂させる存在になった。PS4など登場したばかりの次世代ゲーム機が華々しく脚光を浴びる舞台裏で、ユニークな新興勢力による「ポスト家庭用ゲーム機」を見据えた技術革新が着々と進んでいる。

新清士(しん・きよし)
 1970年生まれ。慶応義塾大学商学部および環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。立命館大学映像学部非常勤講師も務める。グリーが設置した外部有識者が議論する「利用環境の向上に関するアドバイザリーボード」にもメンバーとして参加している。著書に電子書籍「ゲーム産業の興亡」 (アゴラ出版局)がある 。

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