高等植物の3~40倍の「収穫」が可能
最強のバイオ燃料、藻(1)
経済産業省は2010年3月5日、バイオ燃料でも「LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)で計算したCO2削減量が50%以上ないとカーボンニュートラルとは認めない」という方針を打ち出した。これは厳しい基準で、ブラジルの既存の農地で作るサトウキビ、国内の甜菜(てんさい)、建築廃材から作った燃料しかカーボンニュートラルとは認められなくなる。今のところ経済合理性だけでは成立せず、助成や補助に頼っているバイオ燃料にとって、カーボンニュートラルと認められるかどうかは採算性を左右する。森林を切り開いて燃料用植物を栽培するというビジネスが成立しなくなってきた。

こうした問題を藻が解決する。藻を栽培して燃料を作るという技術が、生物学の段階から、エンジニアリングの段階に進んだ。オランダShell社、米Exxon Mobil社といったオイルメジャー、米Dow Chemical社のような化学品メーカーが既に開発に着手。Exxon Mobil社は6億米ドルを超える額を投資するという力の入れようだ。米国には約200社のバイオベンチャーがあり、藻の栽培や燃料化にリスクマネーが殺到している。
自動車関連のメーカーで先頭を走っているのは日本のデンソーだろう。既に基礎研究室内で藻の培養を進めている(図1)。シュードコリシスチス[注1]、ボトリオコッカス[注2]という、現在最も注目される藻を2種類とも手掛けている。シュードでは慶応義塾大学、中央大学、京都大学と組む一方で、ボトリオでは筑波大学と組んでおり、国内の主要プレーヤーをほぼ押さえた。
シュードは海洋バイオテクノロジー研究所の藏野憲秀氏らが温泉から発見したもので、デンソーは藏野氏を主幹としてスカウトした。同研究所は閉鎖、デンソーはシュードについて同研究所から使用権の委譲を受けた。
大量の燃料が得られる理由
藻は耕地の広さ当たりの収穫量が多い。現在開発しているものの目標値では、土地1ha(ヘクタール=100m四方)、1年当たり684GJ(ギガジュール、ギガは10億)の燃料を作ることができる(図2)。

[注2]正しくはボトリオコッカス・ブラウニイ(Botryococcus braunii)。ボトリオコッカスには、ブラウニイのほか2種類がある。
高等植物でBDF(バイオディーゼル燃料)を作ろうとすればダイズが17GJ、ナタネが46GJ、アブラヤシが230GJだから、藻はそれらの3~40倍になる。バイオエタノールの原料ではトウモロコシが64GJ、サトウキビが141GJだから、藻にすれば5~10倍になる。
なお、同じ面積に太陽電池を置くと、1年に4800GJを"収穫"できる。これを根拠に「バイオ燃料などやめて太陽電池を並べ、電気自動車(EV)を走らせよう」という議論がある。だが、太陽電池の初期投資が大きいこと、今のところEVに搭載する2次電池が高価なことなどの経済的な問題を抱えており、しばらくはエンジン車が主流であることを考慮して、総合的に判断する必要があるだろう。
とは言っても、収穫量の数字で圧倒的に負けていれば、"総合的に判断"してもらう土俵に立つこともできない。バイオ燃料が太陽電池と競おうとすれば、高等植物でなく、藻で競わなくては、勝ち目はないのである。

多くのエネルギが得られる理由は、生物としての効率の高さだ。シュードは細胞の大きさが5μm。小型で単細胞、幹も枝も根もない藻だ(図3)。一方、ボトリオはコロニー(同種の細胞が集まった塊)を作り、その大きさにして30~500μmの藻である(図4)。水に浮いているため、自分の体を支える構造物を作る必要がなく、そこにエネルギを使わない。ひたすら光合成をし、成長し、子孫を繁栄させるために単純に生きている。

土地だけでなく、水も無駄には使わない。ただでさえ農業用の水が枯渇すると言われている現在、バイオ燃料の生産量が増えれば水の需給は厳しくなる。高等植物は水を各細胞に供給するポンプとして、気孔からの蒸散を使っている。光合成に必要な量を大幅に上回る量を蒸散させ、水がなくなったことによる"負圧"で根から水を吸い上げている。水中の単細胞植物である藻ならば、水は細胞膜から拡散で入ってくるので、こうした仕組みは要らない。光合成に必要な量の水しか使わない。 (次回に続く)
(日経Automotive Technology 浜田基彦)
[日経Automotive Technology 2010年5月号の記事を基に再構成]
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