2019年8月20日(火)

政客列伝 椎名悦三郎(1898~1979)

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劇的だった椎名裁定 「飄逸とした仕事師」椎名悦三郎(6)
政客列伝 特別編集委員・安藤俊裕

(3/3ページ)
2012/9/9 7:00
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■「神に祈るような気持ち」で三木指名

椎名副総裁(左から3番目)にあいさつする三木新総裁(右)=朝日新聞社提供

椎名副総裁(左から3番目)にあいさつする三木新総裁(右)=朝日新聞社提供

「私は国家、国民のために神に祈るような気持ちで考え抜きました。新総裁は清廉なることはもちろん、党の体質改善、近代化に取り組む人でなければなりません。国民はわが党が派閥抗争をやめ、近代政党への脱皮について研鑽と努力をおこたらざる情熱を持つ人を待望していると確信します。このような認識から、私は新総裁にはこの際、政界の長老である三木武夫君が最も適任であると確信し、ここにご推挙申し上げます」。

福田が真っ先に口を開いた。「結構です。私に異存はない」。中曽根が続いて発言した。「私も賛成です」。指名された三木は顔を上気させて「全く青天のへきれきである。(前回総裁選2位の)福田君を差し置いて僭越の気がするが、皆さんの考えに従いたい」。大平は憮然とした表情で「同志と相談して返事をしたい」と述べて席を立った。三木、福田、中曽根は前日夜に椎名サイドから「三木を指名する」と知らされていた。知らなかったのは大平だけだった。

大平は盟友の田中のもとに駆け込んだ。田中はこの日、人目を避けるように埼玉県の久爾カントリークラブでゴルフをしていた。大平の連絡を受けてゴルフを中断して大急ぎで目白の私邸に戻った。「今回はやられたな。まあ、仕方ないさ」。田中は大平のなだめ役になった。田中には前日夜、木村武雄を通じて椎名から「三木でいく」と連絡があった。椎名に収拾を頼んだ以上、田中は文句を言う立場になかった。田中の本音は福田以外なら誰でもよかった。

1974年(昭和49年)7月16日
田中首相と会談、三木副総理、福田蔵相辞任後の政局収拾協議、党改革を進言
同年8月1日
自民党基本問題・運営調査会の会長となり、初会合
同年10月26日
田中首相と会談、椎名暫定首班の打診受ける
同年11月4日
静岡県須走の別荘で保利茂と会談
同年11月9日
田中首相に内閣改造で進言
同年11月15日
前尾繁三郎、灘尾弘吉と3賢人の会
同年11月22日
田中首相から退陣の意向が伝えられ、政局収拾を委ねられる
同年11月29日
自民党本部で福田、大平、三木、中曽根の実力者と個別に会談
同年11月30日
自民党本部で4実力者と一堂に会談
同年12月1日
自民党総裁に三木武夫を指名

保守傍流の三木を指名した椎名裁定は世間の意表を突き、新鮮な驚きを与えた。世論は「金権・田中」に代わる「クリーン三木」の登場に大きな拍手を送った。裁定を下した椎名の鮮やかな手腕にも称賛の声が相次いだ。こうして椎名は危機に陥った自民党を見事に救い出した。三木は12月4日の自民党両院議員総会で正式に総裁に選出された。5日早朝、三木総裁は広尾の椎名邸を訪れ「大変なことを引き受けた。引き続き全面的に助けていただきたい」と副総裁留任を要請した。

その際、三木は後藤新平を主人公にした新聞小説の挿絵の原画十数枚を感謝のしるしとして椎名に贈った。晩年の後藤新平が政界浄化運動に取り組んだ故事を踏まえ、党改革、政界浄化に取り組む三木の決意を椎名に示したもので、いかにも三木らしい考え抜いた贈り物であった。三木は12月9日に国会で首相に指名された。

幹事長には中曽根、総務会長には無派閥の灘尾、政調会長は福田派の松野頼三が起用され、田中派は党3役から外れた。福田が副総理、大平が蔵相として入閣した。椎名は「三木君にあまり人事で注文をつけたりしたくないんだが、外務だけはしっかりしておかんとね」と考え、朝鮮半島の緊迫化を見据えて外相には元駐米大使の竹内竜次を強く推した。三木もこれを受け入れ椎名と一緒に口説いたが、竹内は入閣を断った。外相には前尾に近い大平派の宮沢喜一が決まり、文相には三木のブレーンである東工大教授・朝日新聞論説委員の永井道雄(雄弁家で知られた戦前の大物政治家・永井柳太郎の息子)が起用された。=敬称略

(続く)

 主な参考文献
 「記録椎名悦三郎(上下巻)」(82年椎名悦三郎追悼録刊行会)
 椎名悦三郎著「私の履歴書」(私の履歴書第41集収載=70年日本経済新聞社)
 「現代史を創る人びと4(椎名悦三郎インタビュー収載)」(72年毎日新聞社)
 「椎名悦三郎写真集」(82年椎名悦三郎追悼録刊行会)
 藤田義郎著「椎名裁定」(79年サンケイ出版)

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