「おおかみこども」が海外でも高評価、細田守監督
ヒットメーカー 2012~13(1)
日経エンタテインメント!

雑誌「日経エンタテインメント!」は、1997年の創刊以来、エンターテインメント界の作り手をクローズアップしてきた。作品に込めた思いやヒット戦略を取材し、様々な角度からスポットを当てている。そして、1年間の集大成として「ヒットメーカー・オブ・ザ・イヤー」を発表。映画・テレビ・音楽・本・ゲーム・アニメといった分野で、ヒットを生み出したキーパーソンの功績をたたえ、表彰している。
今回は、「ヒット・メーカー・オブ・ザ・イヤー 2012~2013」の栄冠に輝いたクリエイターのうち、まず、グランプリを受賞した細田守氏を紹介する。細田氏は、アニメーション映画「おおかみこどもの雨と雪」を監督し、興行収入42億円超の実績を上げた。これは2012年の邦画5位の大ヒット。手堅いシリーズものや原作ものの映画が増える中で、完全オリジナルの新作でこの実績を上げたことも、その興行成績以上に高く評価された。
名実ともに"ポスト宮崎駿"と呼ばれるようになった細田氏にインタビューした。
2012年、マンガ原作やドラマ、アニメシリーズの劇場版が人気を集めたなか、邦画興収上位10作品中、唯一、完全オリジナルで大ヒットしたのが、スタジオ地図第1回作品の「おおかみこどもの雨と雪」(細田守監督)。おおかみおとこと恋をして、生まれた子どもたちを育てる「母親」が主人公。アニメでは異例の設定にもかかわらず、邦画で興収5位にランクイン。国内だけでなく、昨夏のフランス上映を皮切りに海外45カ国での公開が決定するなど、海外でも高く評価された。
「映画を見たい」と思わせるには、俳優のキャスティングや原作人気なども影響するが、アニメのオリジナル映画はどちらの要素もない。純粋に、演出・作品の力で"見たい監督"として細田ブランドが確立されたといえるだろう。難しいオリジナル企画を実現し、作品としてまとめあげたポイントは何だったのか?
細田 オリジナルにこだわって積み上げてきたというより、面白い映画ができるのであれば、原作があろうがオリジナルであろうが、どちらでもいいと思っているんです。

目新しさやほかと違うアピールを考えると、前作の「サマーウォーズ」(2009年公開)は"親せきが主人公のアクション映画"なのですが、世の中にそんな原作はないですよね。「おおかみこども~」は"子育てするお母さんが主役の映画"で、これもあるようでなかった話。つまり、面白い映画を作るのが目的で、その要素を突き詰めた結果、僕が考える面白さを持つ原作がなかったのでオリジナルで作ることになった、というわけなんです。
原作があっても映画が難しいのは、小説で描かれた量と映画で見せられるボリュームの差があること。映画にできる量は、文庫本だと1冊の3分の1から半分が限界。それを超えると削らなければならないし、削った瞬間、原作の良さが反映できているか気になって。「時をかける少女」(2006年公開)は中編だから良かったのだと思います。

細田氏がよりこだわるのは、コンセプトが多くの人に共感してもらえるかどうかということだ。
細田 企画が成立するかは、面白いと思ったコンセプトがプロデューサーやスタッフにも面白いと思ってもらえるかが重要です。一緒に作る彼らが面白いと思えなければ、観客にも伝わらないでしょう。
大事なのは共感してもらえること。そのため、映画にすべき企画はものすごく身近なところから発想します。「サマーウォーズ」も「おおかみこども~」もそうですが、奥さんと夕食のときにしゃべっている話題のなかに題材があったんですよ。妻との会話って、ビジネスやエンターテインメントとは遠い印象ですが、そこには多くの人に共通する"種"が潜んでいる気がします。その話をプロデューサーにして、「うちの奥さんの場合…」って乗ってくるときは特に(笑)。なので企画会議も身近な話題ばかり。誰もが感じているのに身近すぎて気がつかない大事さを、面白く見せる発見が重要なのだと思います。
「おおかみこども~」の場合、子育てという身近なテーマに、おおかみこどもというファンタジックな要素を絡めて、作品をより魅力的に仕上げている。企画が成立すると思えたポイントは2つあった。

細田子育ては誰もが体験し、その苦労や悩み、乗り越える力を多くの人が知っています。とはいえ難しかったのは、親から見た子どもの成長話を作ろうとしたこと。子どもが成長して親を見る映画はあっても、親から見た映画はほんとに少ない。ないから面白いといえるし、ないのは理由があるのかもしれない。映画の定石を外れているわけだから、チャレンジでもあり怖いところでもありました。
最初は親子の三代記を考えたりもしました。ある家族の戦争体験があって、戦後のシンドイ子育てがあり、今につながるものですね。そうした原作を探したり、自分たちの祖父母が戦後の混乱のなかどんな子育てをしたか振り返ったり。ただ、自分が描きたかったのは、母親が子どもを育てる苦労と楽しさ。どこから親が始まり、どこで終わるかを描けば良いと気がついたんです。
企画が成立すると思えたもう1つのポイントは、そのテーマをどう見せるかというアイデア。恋する相手が普通の人間ではなくおおかみ男、その子どもはおおかみにも変身しちゃう。犬系の動物ってすごくかわいいよな…。そこで、「これはいける」と確信できた。後は完成まで、それを信じきることでしたね。
コンセプトに"公共性"も
細田氏は、「面白いと思ったコンセプトが公共的かどうか」「作品を作る意義があるかどうか」を深く考えると言う。

細田というのも、アニメ映画を作るのはものすごく大変だから。アニメの場合、小説のように自分一人で表現するのでなく、何百人ものスタッフが関わり、予算もかかります。予算面だけでなく、脚本、絵コンテ、どの作業も時間がかかるし、スタッフが現場で1枚1枚描き映像にしていく作業は膨大な労力が必要。自分の美意識や美的欲求だけで、こんな大変なことはできないですよ(笑)。より多くの人のためになるようなものじゃないと、この大変さは到底乗り越えられない。だからこそ公共的でなければいけないし、多くの人に共感してもらえる作品でなければならないと思うのです。
映画を作っていていつも思うのは、内容について会議をする場に、監督とプロデューサーと脚本家の3つの席がある。でも実は、もう1つ席がある。誰が座っているかというと、映画の神様。その神様の機嫌が良いか悪いかで、映画の命運が決まってくる気がして。
人事を尽くし、準備を整え、できることすべて間違いなくやっても、最終的には神様が決める。そういう点で、4席目の神様は、「おおかみこども~」に関してものすごくゴキゲンでした。おかげでまた次を作るチャンスをいただけた。しんどいこともありますが、作る喜びは本当に大きく、作っているときはやっぱり幸せです。
同作で"次の宮崎駿"と称され、国民的映画監督の道を歩み出した細田守氏。「おおかみこども~」制作に際し、自身のアニメーション映画制作会社"スタジオ地図"を立ち上げ、制作環境も整えた。神様は勤勉なチャレンジャーに微笑み、観客はその次作を心待ちにしている。
(ライター 波多野絵理)
[日経エンタテインメント!2013年4月号の記事を基に再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。