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iPadに続け 新素材活用で世界に挑戦

アップルしのぐ素材戦略(1)

 ガラスパネルが前面を覆うiPhone、アルミニウムの板を削りだして作った継ぎ目のないボディーを持つiPadやMacBook――。世界を席巻する米アップルの製品デザインが多くの人の心をとらえたのは、全く新しい形状だからではない。彼らの功績は、誰もが思いもしなかった素材と加工技術の使い方を発明し、過去に多くの人が生み出そうとしてもできなかったシャープで明快なフォルムの製品を作り上げたことだ。そして日本には、製品デザインの常識を覆し、消費者に驚きと感動、さらには高い機能を提供できる素材が数多く隠されている。素材を加工する新技術や人材も豊富だ。本連載では、アップルをしのぐような新製品開発の可能性を有する素材や加工技術を発掘していく。

世界中に存在する素材と加工技術を丹念に調査しながらデザインを生み出し、そのデザインを実現するために大胆に投資する。世界では、こうしたモノ作りの手法が常識になりつつある。

その代表的な企業がアップルだが、いまや同社に限った話ではない。例えばパソコンの世界シェアトップを走る米ヒューレット・パッカード(HP)も、デザインを引き立てる素材や技術に思い切って資金を投じている1社である。

ゴリラガラスで高級感漂わすHPのパソコン

日本HPは2012年3月、天板全面に「ゴリラガラス」(米コーニング製)を採用したウルトラブック「HP ENVY14-3000 SPECTRE」(写真1)を発売した。ガラスが持つ独特の平滑性は、樹脂や金属では出せないようなゆがみのない光沢感を商品に与え、従来のパソコンとは一線を画した高級感を生み出した。

また、ガラスの裏から投影される光で白く輝くロゴを見ると、ガラスという素材がほかの素材では考えられないほど光を美しく見せる効果を持つことも知らしめ、未来を予感させるデザインとなった。

パソコンの外装にガラスを施すという、過去に例がないデザインを実現するためには、加工方法から組み立て、その検証にまで大きな投資が必要になったはずだ。それでもHPは「数多くの競合が世界でひしめき合っている中で、素材にこだわってモノとしての価値を高めることが、競争力の源泉になる」(日本ヒューレット・パッカードの室裕朗・パーソナルシステムズ事業部コンシューマービジネス部モバイルビジネス部プロダクトマネージャー)として、素材や質感を重視するデザイン戦略を採り続けている。

同社が素材感を重視したパソコンのデザインに乗り出したのは2006年から。同社によれば、その年からHPはパソコンの台数ベースの世界シェアトップとなり、現在までその座を維持し続けているのだと言う。もちろん理由はそれだけではないだろうが、素材重視のデザインがHPのパソコン事業に大きな役割を果たしたことは間違いない。

持ち歩きたい気持ちを高める触感を実現

素材感を大切にする同社のデザインポリシーは、ガラスを使ったハイエンドモデルにとどまらない。販売価格3万9800円からという最安値のノートパソコン「HP Pavilion dm1-4200」でも、デザインに最大限の配慮を行う姿勢は不変だ。

手軽に持ち歩いてもらうことを前提とした小型ノートパソコンに採用した仕掛けは、天面と底面に施した特殊なラバーコーティングである(写真2)。しっとりとした触感は、一段上質な手触りと確実なホールド感を実現した。

さらにこのコーティングは、触っているうちに触感が次第に滑らかに変化するという、今までどの素材でも感じたことのない独特の素材感を生み出した。不思議な触り心地が癖になり、商品を常に持ち歩いていたい気持ちを高める。触感がブランドロイヤルティー向上に大きく貢献しているのだ。

この豊かな触感を低価格で実現しているのが、樹脂の射出成型用金型にフィルムをはさみ、フィルムに印刷された模様や表面処理を樹脂上に転写させるインモールドと呼ばれる技術だ。当然、専用の装置や金型を必要とするため、塗装などに比べて初期投資は膨大になる。しかしそんなリスクを負ってでもデザイン開発に挑む同社の姿勢が、結果的に大きな成果を生んだ。

デジタル機器や家電など消費者向け製品を扱う多くの国内メーカーに足りないのは、こうしたデザインを引き立てる素材や技術に対して長期的な視点でリスクを負う覚悟だ。このままでは、デザインの向上のために素材・技術開発にリスクを取り続けて成長する世界市場から取り残されかねない。

世界のデザイン開発を支える日本のモノ作り

だが一方で、こうした思い切った投資をする海外メーカーでさえ、その基礎となるデザイン関連の技術は、実は日本のモノ作りに頼っているケースが多い。例えばHPのインモールドは京都のメーカー、日本写真印刷が持つ技術である。

アップルのアルミニウムやステンレスを生かしたデザインもまた、日本の金属加工メーカーなくしては実現できないものばかり。さらに言えば、同社でアルミニウムの表面処理に関する研究を行う責任者は、日本の金属メーカーで技術とノウハウを長年蓄えた日本人技術者だ。

世界的な企業のデザインを支えているのは、実は日本が長年培ってきた技術とノウハウであり、繊細な質感の違いを生み出せる日本人独自のセンスだ。元気のなさばかりがクローズアップされる国内のモノ作りだが、最先端の現場では日本のモノ作りは世界のトップを走っている。

そして今でも、日本のモノ作り企業は、世界を驚かすようなデザインにかかわる素材や技術を数多く生み出しているのだ。世界市場奪還へ向けた活路をそこに見出さない手はない。アップルすらも驚かすような、まだ見ぬ世界戦略素材や加工技術を見付け、活用しよう。

以下ではまず、独自の加工技術が認められ、自動車レースのF1関連メーカーなどから受注を獲得した埼玉県朝霞市の加工メーカーを紹介する。

5軸加工で限界に挑戦、ネット動画で訴求

試作部品の加工メーカー大槇(だいしん)精機はいま、海外の金属加工メーカーから注目を浴びている企業だ。

きっかけは、同社の大町亮介 社長が自ら設計して作らせたアルミニウムのヘルメット。新たに導入した5軸加工機でどんなことができるのか。限界に挑戦しようと試作したものだ。

口元の厚みは最小0.3mm。機械が自在に動き回ってアルミのブロックをどんどん削り込み、やがて繊細な造形が施されたヘルメットの形がくっきりと浮き上がってくる。

その加工行程を動画に収めてインターネットで公開したところ、世界中からアクセスが集中した。欧州の展示会に出展したときも、F1関連メーカーなどから「あのヘルメットの会社」として知られており、受注につながったと言う。

そもそも5軸加工機とは、XYZ軸移動の3軸加工機に回転軸が2軸加わったマシン。加工台と主軸が、左右、前後、上下に動くのに加えて、傾けながら深部まで削り込むこともできる。そのため、非常に複雑な形状の加工が可能だ。

ただし、軸が多い分、プログラミングが非常に難しい。デザイン性の高い製品ならなおさらだ。あまりに複雑なプログラミングで機械を激しく動かせば、高価な機械を壊す恐れもある。

同社の加工担当者は、最初こそ、「無理だ」と言っていたが、大町社長が少しずつ歩みを進めさせたところ、最終的にはかかりきりになって奮闘したと言う。最近は、ほかでは作れないような複雑なオブジェの注文なども同社に持ち込まれるようになっている。

さらに、同社では薄肉加工でも限界に挑戦している。例えば、肉厚0.3mmの5本の管がまとまったアルミニウムの集合管がそれだ。通常、プレス加工でそれぞれの管を作り、溶接でつなげる方法や鋳造を考えるが、同社の場合は違う。切削加工で作る。そのため、管の表面は溶接のような接合部分がなく滑らか。削り出しの場合、均一で安定した薄肉化が可能になる。この技術を用いれば、自動車や航空部品などをはじめ、複雑な設計や軽量化が必要なさまざまな部品の加工ができる。これらの部品は、最終製品のデザインの向上にも大きく貢献する可能性を秘めている。

[参考]日経デザイン2012年8月号の特集「世界戦略 素材・技術 ~アップルにもまねできない、日本の強みを磨く」では、アップル製品を超えるような新しい製品開発の可能性を持つ約20の素材や技術を「金属編」「樹脂・セラミックス編」「機能性素材編」「表面処理編」に大別し、多数の事例や写真とともに詳しく紹介。

(次回は10月12日に掲載)

(日経デザイン編集部)

[日経デザイン2012年8月号の記事を基に再構成]

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