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郊外から消え行く新築住宅、止まらぬ建設コスト上昇

建設人材危機(2)

日経アーキテクチュア
マンション計画の白紙化、駅前開発の凍結、小売業の出店抑制――。東京五輪特需が沸騰するなか、建設業界で「深刻なリスク」が顕在化した。建設現場で実際に手を動かす職人の人手不足によって需給バランスが崩れ、職人の労務費は上昇の一途。それが建設コストの上昇につながり、建設工事が前に進まない事態が続出している。職人不足の弊害や実勢コストなどを継続的に取材してきた日経アーキテクチュア誌と日経コンストラクション誌による連載「建設人材危機」。第2回は、労務費高騰が首都圏のマンションに与える影響をリポートする。
東京都中央区晴海3丁目交差点の付近に設置されたマンション広告。東京湾岸部ではマンションの建設ラッシュが続くが…(写真:日経アーキテクチュア)
分譲マンションなどの事業計画で影響を注視する主なポイント。事業性の判断には、複数の要因が絡んでいる。個々のバランスが重要になる(資料:取材を基に日経アーキテクチュアが作成)

働き盛りのファミリー層に、職人不足の影が忍び寄っている。前回紹介した、川崎市の向ケ丘遊園跡地で住宅開発計画を白紙撤回した小田急電鉄の事例は序章にすぎない。

分譲マンションを手掛けるデベロッパー数社に話を聞いたところ、各社から悲鳴に近い言葉が返ってきた。「事業判断上は黄信号。既に土地を取得していても、計画を諦めて土地を塩漬けにしたり、用途変更を検討したりすることもあり得る」

なぜ、このような状態に陥っているのか。デベロッパーは事業計画を立てる際に複数の要因を考慮しなければならないからだ。今は建設コストや分譲価格の要因が悩みの種で、建設コストの上昇が大きく収益を圧迫している。

特に、都市部と郊外部とで事業採算性に差が開き始めている。あるデベロッパーの担当者はこう語る。首都圏で言えば、神奈川や埼玉、千葉といった地域において「専有部の坪当たり建設コストは、現在70万~100万円。2年くらい前と比較すると、二十数%上がっている。この水準が続くと厳しい」

分譲マンションの計画における主な収支構造。一般的に、土地の価格は30%、建設コストは50%、販売経費と営業利益がそれぞれ10%という。郊外では販売価格が伸びていないため、コスト上昇で営業利益が圧迫されている黄信号の状態だ。利益がゼロになれば赤信号、つまり事業中止もあり得る(資料:取材を基に日経アーキテクチュアが作成)

「今後1年は労務費が1~3割増」

日経アーキテクチュアが2014年3月に実施した調査では、約8割の建設会社が「今後1年は労務費が1~3割程度は増える」と答えている。建設コストがすぐに下がる見込みは少なそうだ。

今後1年間の実勢労務単価の予想。建築売上高上位30社の建設会社に、今後1年間の実勢労務単価の推移について尋ねた。約8割の企業が1~3割上昇すると回答。3~5割上昇すると答えた企業が約2割だったことを見ると、ほとんどの企業が1~5割の間で労務単価が上がると予想していることが分かる。日経アーキテクチュアが2014年3月に調査した(資料:日経アーキテクチュア)

その割には、販売価格が思ったほど伸びていない。マンションの販売価格などを調査・分析する東京カンテイの中山登志朗市場調査部上席主任研究員は、「都市部のように価格を上げても顧客が付いてくる地域と、郊外のように価格を上げたくても上げられない地域の二極化が進んでいる」と指摘する。郊外地域でのマンション投資は、もはや利益率を下げるしか策がない状態だ。

首都圏の都県別にみた新築マンションの平均分譲価格の推移。東京は価格が上昇しているが、神奈川、千葉、埼玉では価格が横ばいの状態。周辺との相場感などから、価格を上げにくいようだ(資料:東京カンテイ)
首都圏の都県別にみた中古マンションの販売価格の推移(70平方メートル換算)。消費税率5%が適用される2013年9月までの経過措置期間を境に、中古マンションの販売価格が上昇。顧客の意識は新築から中古に移ったと考えられる(資料:東京カンテイの資料を基に日経アーキテクチュアが作成)

マンション販売がスピードダウン

東京カンテイの中山氏は、デベロッパー受難の時代が続くと予想する。そのきっかけが、消費税率の上昇だ。2014年4月に8%に上がった際、税率の経過措置の適用期限である2013年9月を境に、顧客の購入意欲が中古マンションにシフトする傾向が見られたという。「10%になるときにも同じことが起こるだろう」と中山氏。新築マンションの価格はますます上げにくくなる。

設計者や施工者に対する発注者からの3大要望。最善のプランを練るために、コストや性能、工法などのあらゆる面から知恵を出し合うことが必要だ(資料:日経アーキテクチュア)

マンション販売のスピードダウンは、既に数字に表れている。不動産経済研究所が2014年6月に発表した同5月の首都圏のマンション販売戸数は、前年同月比で13.4%減少した。前年同月比でのマイナスは4カ月連続となる。

一方で、1平方メートル当たりの単価は72.2万円で、前年同月比4.2%増となった。1戸当たりに換算すると261万円の増加だ。建設コストの上昇が事業にブレーキをかけている可能性がある。

では、どうすればこの状況を打開できるのだろうか。ある製造業の担当者は、建設会社や設計者に対して、こう訴えかける。「設計の早い段階から、設計者、施工者、事業者が協力して、実現可能な設計計画を立てたい。コストや工法の提案へ積極的に踏み込んでほしい」

公共予算消化できずにGDP伸び悩みも

労務費高騰は、民間事業だけでなく公共事業にも暗い影を落としている。内閣府が2013年12月に公表した2012年度の国内総生産(GDP)確報値は、異例の数字となった。それまで前年度比1.2%増としていたGDPの実質成長率を、0.5ポイントも下方修正して同0.7%増としたのだ。

その主因は、公共事業を指す「公的固定資本形成」が前年度比14.9%増から同1.3%増へと大幅に下がったことだ。これは、復興事業や経済対策のために積み増した公共事業費が2012年度内に執行できず、翌年度に繰り越されたことを示している。景気を下支えするはずの公共投資が使われなかったのだ。

予算が執行できなかった1つの原因は、職人不足と労務費高騰だ。公共事業では施工者を決める際に、原則として入札を行い、最も低い金額で入札した会社と契約する。ただし、国や自治体が積算した工事費を予定価格とし、その金額を超えた額で入札した会社とは契約しない。

全国で相次ぐ「不落」や「不調」

もし、入札参加者の金額がすべて予定価格を超えていた場合、その入札は「不落」となり、入札参加者が誰もいなかった場合は「不調」となる。どちらも施工者が決まらず、発注者が入札をやり直すことになる。現在、労務費が高騰しているため、入札の不落や不調が全国で相次いでいる。

入札のやり直しには時間が掛かるため、それだけ予算の執行が遅れてしまう。また、入札が成立して施工者が決まったとしても、職人が足りずに工事が思うように進まないケースも発生している。

一般財団法人の建設経済研究所は、2014年4月に発表した「建設経済レポート」で、2013年度の公共事業について次のように指摘した。「施工能力の制約によって工事進捗が遅れてしまうと、2013年度に予定されていた建設投資額が2014年度に繰り越されることになり、その結果、2013年度のGDPの下支え効果も限られることが懸念される」

このまま職人不足が続いて公共工事が円滑に進まなければ、2014年12月に発表される2013年度のGDP確報値の下方修正や、2014年度のGDPの伸び悩みもあり得る。

(日経アーキテクチュア 安井功・島津翔)

[ケンプラッツ2014年7月2日付の記事を基に再構成]

[参考]日経BP社は2014年6月24日、書籍「人材危機―建設業から沈む日本」を発行した。五輪特需に沸くなか、建設業界では人手不足による建設コストの上昇が進行し、日本経済の足を引っ張るリスク要因になっている。本書では、この深刻な事態を3年にわたって取材してきた日経アーキテクチュアと日経コンストラクションが、人手不足のメカニズムや実勢コスト、処方箋を解き明かす。

人材危機―建設業から沈む日本

編者:日経アーキテクチュア、日経コンストラクション
出版:日経BP社
価格:1600円+税

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