2019年8月26日(月)

日米外交60年の瞬間 第3部

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60年前の吉田流パブリック・ディプロマシー サンフランシスコへ(52)
日米外交60年の瞬間 特別編集委員・伊奈久喜

2012/8/11 7:00
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対世論外交とでも訳すべきパブリック・ディプロマシーという言葉がある。1951年9月の時点で、この言葉があったかどうかはわからない。

多分なかっただろう。ただし大きな外交活動を展開するうえで自国、相手国の世論を意識する考え方は、当然のことながら、当時もあった。

ワンマンといわれ、世論に対しては超然としていた貴族主義的な吉田茂首相にも、この感覚はあった。この物語で紹介した、自ら筆をとったとしか思えぬ、あの新聞広告は、日本国内の世論向けだった。

■ニューヨーク・タイムズの称賛

サンフランシスコに着く前に、吉田はもうひとつ、今流にいえばパブリック・ディプロマシーに当たる行動をとった。

ホノルルの国立太平洋記念墓地で献花する吉田茂=毎日新聞社提供

ホノルルの国立太平洋記念墓地で献花する吉田茂=毎日新聞社提供

ハワイのホノルルに立ち寄り、国立太平洋記念墓地に参拝し、献花した。ハワイといえば、いうまでもなく、太平洋戦争の始まりとなった真珠湾攻撃の地である。

ルーズベルト大統領は、1941年12月7日(米時間)を「屈辱(infamy)の日」と呼んだ。吉田がホノルルの記念墓地で献花したのは、その10周年を3か月後に控えたタイミングだった。

講和のための旅の途中に、開戦の地を訪れ、かつての敵国将兵の霊に花を手向ける。それは格好のパブリック・ディプロマシーである。

米国で最も影響力があるとされたニューヨーク・タイムズは9月3日付社説で反応した。「これは単に前例をみないばかりでなく信じがたいほど立派な態度である。6年前日本がミズーリ艦上で降伏文書に署名した時と現在サンフランシスコ会議を包む空気とを比べると、格段の相違がある」と書いたのである。

■日の丸のない万国旗

そのサンフランシスコの空気はどうだったか。日本経済新聞東京編集局は、大軒、木原両特派員に国際電話をかけ、報告を求めた。現代では想像がつかないが、当時、国際電話をかけるのは極めてまれだった。

この物語でも、日経編集局がニューヨーク滞在中の一万田尚登日銀総裁に国際電話でインタビューしたことを伝えたことがあるが、東京-サンフランシスコ間の国際電話もしっかり紙面に紹介された。

ふたりの記者は、サンフランシスコでの取材や見聞を細かく語った。

木原は街の様子を聞かれ、こう答える。

「案外静かで格別変わったことはないが、目抜き通りのマーケット・ストリートあたりは大きな商店などに万国旗が飾られて講和気分を出している。ただ日本の旗だけはその中に見あたらない」

大軒は日本代表団を主に担当する役割だったのだろう。次のように補足する。

「日本代表が泊まっているマークホプキンズ・ホテルのロビーだけは万国旗の中に日の丸が入っている。このホテルでは1階のロビーに行列をつくって日本代表をエレベーターの前で待っている人がいた」

日本代表団のホテルを別にすれば、講和条約が結ばれて初めて日本は敵国ではなくなる。だから万国旗に日本がなかったのか。ただし、ふたりの報告によれば、日本に対する視線は温かかった。

1951年
4月11日
トルーマン大統領がマッカーサー元帥を連合国最高司令官、国連軍最高司令官、米極東軍・極東陸軍総司令官から解職。後任にリッジウェー中将
4月16日ダレス特使再来日
6月20日日本政府、第1次追放解除を発表
8月6日日本政府、第2次解除を発表。鳩山一郎ら追放解除される
9月1日米、オーストラリア、ニュージーランド、太平洋安保条約に調印
9月4日サンフランシスコ講和会議始まる
9月8日吉田首相、対日講和条約、日米安全保障条約に調印
12月24日吉田首相、ダレスに台湾の国民政府との講和を確約(「吉田書簡」)

木原によれば、クロニクル、エグザミナーのサンフランシスコの二大紙は、日曜にもかかわらず特別版を出し、「吉田全権到着」という全段抜き見出しで日本全権の到着を報じた。吉田と娘の麻生和子が並んだ写真を載せ、和子を「粋」と評したという。

大軒も「日本側は恥ずかしいくらいもてている有様で、街の空気は非常に日本に対して好感をもっている」と語る。そして「これに比べて印象的なのがソ連代表に対する市民の態度だ。ソ連代表の動きなどは市中の見物に出たという記事などちょっとしか出ていない」と続けた。

東京の関心は講和会議での吉田演説であり、日本語か英語のどちらで演説するのかと聞いている。

木原が答える。

「それは目下検討中だが、英語でしゃべった方が個性が出ていいんじゃないかという説が有力になっている」。木原の予測が当たったかどうか、もうすぐ明らかになる。

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