/

生産額は10年で半減、日本の電子産業凋落の真相

電子立国は、なぜ凋落したか(1)

日経テクノロジーオンライン
日本の電子産業の衰退に歯止めがかからない。自動車と並ぶ外貨の稼ぎ頭だった電子産業は、2013年に貿易収支がとうとう赤字になった。同じ2013年の国内生産金額は、約11兆円にまで縮小した。2000年に達成したピークの約26兆円の半分以下である。日本の経済成長を支えてきた電子産業は、なぜ、ここまでの事態に陥ったのか。電子立国の再興に光はあるのか。連載「電子立国は、なぜ凋落したか」では、元・日経エレクトロニクス編集長で技術ジャーナリストの西村吉雄氏が、政策・経済のマクロ動向、産業史、電子技術の変遷などの多面的な視点で、凋落の本当の原因を解き明かしていく。
図1 家電量販店のテレビ売り場。ビックカメラ有楽町店で撮影(共同)

巨大な産業が一つ、いま日本から消えようとしている。10兆円近い貿易黒字を出して外貨の稼ぎ頭だった日本電子産業、製品が売れすぎて世界中で貿易摩擦を起こしていた日本電子産業――今やそれは夢まぼろしである(図1)。

日本がバブル経済を謳歌していた1991年、6回シリーズのテレビ番組「NHKスペシャル 電子立国 日本の自叙伝」が放映された。この番組を基に、4巻の書籍『NHK電子立国 日本の自叙伝』も発行される。その上巻冒頭に「エレクトロニクス商品は自動車に次ぐ外貨の稼ぎ手」とある。

電子産業と自動車産業の貿易収支の年次推移を見てみよう(図2)。2000年ごろまでは両産業が拮抗していた。しかし21世紀に入ってからの両産業の歩みは対照的だ。自動車産業の貿易黒字は、乱高下はあるものの上昇基調で、2013年においても12兆円を確保している。一方、電子産業の貿易黒字は減少を続け、2013年には、赤字に転落した。

図2 電子産業と自動車産業の貿易収支の推移(資料: 財務省貿易統計)

電子産業は、なぜこれほど自動車産業と差がついてしまったのか。

ICT産業の貿易赤字額は「天然ガス」並み

電子産業のなかで貿易赤字が大きいのはコンピューター関連装置と通信機器である。2013 年の赤字額はそれぞれ、1兆6450億円と2兆870億円に達する。合計すれば赤字額は3兆7000億円を超える。

日本のICT(情報通信技術)産業は、貿易では大赤字だ。原発停止に伴い天然ガスの輸入量が増え、円安効果もあって天然ガス輸入金額が増加した。その金額は2013年で約3兆6000億円という試算がある。ICT産業の貿易赤字額3兆7000億円は、天然ガスの輸入増加金額以上ということになる。

今や消費者の多くにとって不可欠のツールとなったスマートフォン(スマホ)やタブレット端末だが、その裏にはICT産業の貿易赤字は「天然ガス」並みという知られざる事実があった。

輸入比率が高いスマホ

貿易赤字は、一つの企業にとって、あるいは一つの国にとって、ただちに「悪」というわけではない。海外の適地に工場をつくり、そこから自社製品を輸入する。貿易収支的には赤字になるが、企業としての利益は確保できる。

海外の自社工場で作った製品を、海外市場に売り広げる。たとえば少し前には、メキシコの工場でテレビを作り、それを米国に販売することを、日本企業がよく実施していた。この場合は企業や国の貿易収支には関係がない。 いずれの場合も、企業や国の経常収支に貢献する可能性がある。

しかし最近、そのような活動によって大きな利益を上げている例は、電子産業に関する限り、あまり聞かない。たとえばスマホもタブレット端末も、輸入比率が高い。これらの輸入品を製造販売しているのは日本企業ではない。

ちなみに2013年度(2013年4月~2014年3月)の日本の貿易収支は10兆8642億円の赤字だった。赤字額は過去最大である。ICT産業の赤字3兆7000億円の影響は大きい。

部品事業に傾斜する日本の電子産業

ICT産業が3兆7000億円もの貿易赤字を出しているのに、電子産業全体では、7700億円ほどの赤字で済んでいる。電子部品の貿易収支が2兆9000億円の黒字だからである。

日本の電子産業は、部品産業の性格を強めている。電子産業全体に占める電子部品(電子デバイスを含む)の比率は、生産では6割、輸出では8割に達する(図3)。

図3 電子産業において電子部品・デバイスが占める比率(資料: 経済産業省機械統計、財務省貿易統計)

これは個々の企業レベルにも見られる傾向である。「液晶テレビの雄」だったシャープはいま、部品としての液晶パネルに活路を見出している。同社は2014年3月期の連結決算で、3期ぶりの黒字化を達成した。その原動力はテレビではなく、部品としての液晶パネルである。

国内生産は2000年をピークに急激に減少

日本電子産業の凋落を一般社会に印象づけたのは、2012年である。この年には、日本の電子産業は「総崩れ」の様相を示していた。パナソニック、ソニー、シャープの同年3月期の最終赤字額は、3社合計で約1兆6000億円に達した。

さらに半導体では、エルピーダメモリもルネサス エレクトロニクスも2012年初頭に経営危機に陥る。エルピーダは会社更正法適用を申請、米マイクロンテクノロジー(Micron Technology)に買収された。ルネサスは産業革新機構や自動車会社などによって救済されることになる。

ただし2014年現在、かなりの数の日本の電機・電子関連企業が業績を好転させている。2年前の2012年に比べれば「まだまし」と言える状況にはなってきた。しかしこれは、日本電子産業の復活を意味しない。

というのは、企業業績の好転は、むしろ不調の電子部門を整理したことによっているからである。

そもそも日本電子産業の衰退は、ここ2~3年のことではない。図4は、生産、輸出、輸入、内需(国内需要=生産+輸入- 輸出)、貿易収支(輸出- 輸入)の、1955年から2013年までの年次推移である。

図4 電子産業の生産・内需・輸出・輸入・貿易収支(資料: 経済産業省機械統計、財務省貿易統計)

電子産業の国内生産金額は2000年の約26兆円をピークとし、2013年には約11兆円と半分以下に落ち込む。10年で半減というペースで国内生産は減少した。貿易収支は先にも述べたように2013年に赤字になる。

日本の電子産業全体が衰退した背景には、個々の日本企業の経営の失敗はあっただろう。経営者の責任もある。しかしそれだけでは、日本電子産業の総体としての衰退を説明できない。日本のエレクトロニクス関連企業に共通する失敗があったのだろうか。

それを考える前に、日本電子産業の衰退という現象を分解して、はっきりさせておきたい。第1は過去との比較である。

第2は世界の他地域との比較である。米国、韓国、あるいは台湾の電子産業は元気なのに、なぜ日本の電子産業は元気がないのか。第3は他産業との比較である。日本の自動車産業は元気なのに、なぜ日本の電子産業は元気がないのか。

元気だったのは「1970~1985年」

日本の電子産業が元気だったのはいつか。1970年以前、日本の電子産業は高度成長していた。ただしこの時期は日本経済全体の高度成長期である。電子産業だけが元気だったわけではない。また日本経済全体に電子産業の占める比率は、まだそれほど高くなかった。この時期の日本経済の主役は、鉄鋼や造船などの、いわゆる重厚長大産業である。

1970~1985年、この時期に日本の産業構造は大きく変わる。鉄鋼の生産量や原油の輸入量は1973年から減り始める。対してシリコン(半導体集積回路の材料)の国内需要は急増する(図5)。鉄鋼産業をはじめとする重厚長大産業は低成長となり、半導体などの軽薄・短小産業が高度成長する。

図5 鉄(粗鋼)の生産量(重量ベース)、原油輸入量(容積ベース)、シリコン単結晶の国内需要(重量ベース)の推移。いずれも1973年の値を100として指数化(資料: 経済産業省資源・エネルギー統計、日本鉄鋼連盟、新金属協会)

1970年代初頭に、半導体集積回路はLSI(大規模集積回路)の段階となる。マイクロプロセッサーが登場し、マイコン・ブームとなる。コンピューターに半導体メモリーが採用される。こうして半導体産業の高度成長が始まろうとしていた。光ファイバー通信の基礎技術が出そろったのも同時期である。

半導体集積回路はシリコンでできている。光ファイバーは石英(二酸化硅素)を主材料とするガラス線だ。この状況を私は「硅石器時代」と名付けた。これからは鉄器に代わり、硅素を主材料とする石器(硅石器)が主役となる時代、そういう意味を込めた。

1970年代に入ると、日本の電子産業は世界的にも大きな存在となる。貿易摩擦も頻発する。実際、この時期の日本電子産業は輸出主導で成長した。1970~1985年の15年間の伸びは、生産が5倍、内需が3倍だったのに対し、輸出は11倍である。この期間が、日本の電子産業が最も元気だった時代と言えよう。

貿易黒字が減少に転じた1985年

1985年以前と以後で一番違っているのは、貿易収支の動向である。それまで勢いよく伸びていた貿易黒字が、1985年以後には減少に転じる。「輸出で外貨を稼ぐ」時代は、電子産業の場合、1985年に転機を迎えた。

もう一度、図4を見てみよう。1985年以前は生産・輸出・貿易黒字が並行して伸びている。輸入はとるに足らない。輸出や生産に比べると内需の伸びは鈍い。

1985年を過ぎると、輸出の伸びが鈍る。輸入が着実に増え始める。結果として貿易黒字が減少傾向となる。またシリコン需要の伸びが、1985年以後は鈍っている(図5)。半導体集積回路の国内生産が、1970~1985年ほどには伸びなくなったことを示す。

2000年までは内需の伸びが電子産業牽引

電子産業の貿易黒字の減少は1985年に始まる。しかし国内生産や輸出が同時に減少を始めたわけではない。2000年の生産金額は26兆円を超え、過去最高を記録している。

1985年から2000年までは生産も伸びているが、内需の伸びは、いっそう著しい。1985~2000年の15年間の伸びは、生産と輸出が1.5倍だったの対し、内需は2倍である。この間、日本の電子産業は内需主導で成長した。

1985年以後の内需主導の成長は、貿易摩擦対策の観点からも好ましかった。1980年代、日本の電子産業は貿易摩擦に苦しんでいたからである。

1985年から2000年まで、日本経済全体はバブルの熱狂から崩壊と、いわば異常事態となる。1990年代初頭にバブル経済が崩壊して以降は、21 世紀に入ってからも「失われた20年」を超え、低迷が続く。日本の名目GDP(国内総生産)は1990年以後、ほとんど伸びていない(図6)。

図6 名目GDPと電子産業生産金額の推移(資料: 国民経済計算、経済産業省機械統計)

ところが電子産業は同じ期間に、輸出主導から内需主導へ、ある意味、健全な構造転換を進めた、とみることができる。この間、国内生産は、それなりに伸びていた。もちろん伸び率は低下している。1970~1985年の15 年間に国内生産は5倍に成長した。しかし1985~2000年の15年間の伸びは1.5倍である。

2000年以後は電子産業全体が衰退へ

図6に電子産業生産金額を重ねてみると、まず目立つのは2000年以後の急速な減少である。2013年の生産金額は11兆円と、ピークの26兆円の半分以下となる。GDPは「ほとんど伸びない」程度なのに、電子産業生産は「10年で半減」だ。国内で生産するという観点からは、日本の電子産業は急激に衰退した。

輸出と輸入の動きは、生産とは違う。輸出は2000年を越えて伸び続ける。この輸出の伸びを支えたのは、電子部品の輸出である。電子産業の輸出に占める部品の比率は伸び続けている。電子部品の輸出は2007年まで伸び続ける。2007年の輸出金額11兆円は、電子部品輸出の最高記録だ。

日本電子産業全体の貿易が2012年まで辛うじて黒字を維持していたのは、電子部品の輸出が伸びていたおかげである。しかし2008年以後には、電子部品の輸出も減り始める。そして2013年、日本電子産業全体の貿易収支が、ついに赤字になる。

次回以降では、テレビ、半導体といった分野ごとに、電子産業が衰退した要因を分析していく。(続く)

西村 吉雄(にしむら・よしお) 技術ジャーナリスト 1942年生まれ。1971年、東京工業大学大学院博士課程修了、工学博士。東京工業大学大学院に在学中の1967~1968年、仏モンペリエ大学固体電子工学研究センターに留学。1971年、日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社。1979~1990年、『日経エレクトロニクス』編集長。その後、同社で発行人、編集委員などを務める。2002年、東京大学大学院工学系研究科教授。2003年に同大学を定年退官後、東京工業大学監事、早稲田大学大学院政治学研究科客員教授などを歴任。現在はフリーランスの技術ジャーナリスト。著書に『硅石器時代の技術と文明』『半導体産業のゆくえ』『産学連携』『電子情報通信と産業』など。

[日経テクノロジーオンライン2013年12月19日付の記事を基に再構成]

[参考]日経BP社は2014年7月14日、書籍「電子立国は、なぜ凋落したか」を発行した。かつては世界を席巻し、自動車と並ぶ外貨の稼ぎ頭だった日本の電子産業の凋落ぶりがすさまじい。その真相を、元日経エレクトロニクス編集長で技術ジャーナリストの西村吉雄氏が、多面的な視点で解き明かす。

電子立国は、なぜ凋落したか

著者:西村 吉雄
出版:日経BP社
価格:1,944円(税込み)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン