IPv6へ重い腰上げた米ネット業界 6月に世界実験 - 日本経済新聞
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IPv6へ重い腰上げた米ネット業界 6月に世界実験

ITジャーナリスト 小池 良次

インターネット上の住所に当たる「IPアドレス」。その現行規格「IPv4」のアドレスが年内にも枯渇するという事態が迫るなか、米国でもようやく次世代規格「IPv6」の導入が真剣に取り沙汰されるようになってきた。大手通信会社は企業向けにコンサルティングサービスを提供し、大手ネット企業も対応に忙しい。一方で一般ユーザーへの周知はこれからの課題。広報活動を兼ねた6月の実験イベント「World IPv6 Day」を控え、米ネット業界にIPv6熱が広がってきた。

インターネットでは、「138.101.114.XX」といった固有のIPアドレスをパソコンやサーバー、ネットワーク機器に割り振って通信相手を識別している。しかし、現在使われているこのIPv4規格は約43億個のアドレスが年内にも底をつき、その後は事実上無限のアドレスを持つ新規格のIPv6を利用することになる。IPv4で管理するインターネット上にIPv6の住所を持つ新しい世界が出現するわけだ。

米国は大量のIPv4アドレスを確保していたこともあり、これまで一部の専門家以外はIPv6にあまり注目してこなかった。一方、アドレス消費が旺盛なアジア地域に属する日本は、以前からIPv4枯渇を深刻な問題ととらえてきた。日本メーカーはいち早くIPv6対応ルーターの開発や家電製品への応用を進め、有識者によるIPv6の導入論議も盛んだ。しかし、さすがの米国も、昨年あたりから重い腰を上げはじめた。

ネットワークを再構築

IPv6はIPv4と互換性がなく、通信会社やコンテンツ事業者にとどまらず、一般利用者にまで複雑な影響を与える。

まず通信会社などは、IPv4とIPv6の両方に対応できるようにネットワークを再構築する必要がある。既存のIPv4ネットワークでIPv6の情報を取り扱うために、「トンネリング」などの技術も使う。長距離幹線網を持つAT&Tやベライゾン・コミュニケーションズ、クエスト・コミュニケーションズといった大手通信会社は、こうした代替技術に加えて、IPv6だけで通信できる「ネーティブなIPv6ネットワーク」の整備もほぼ終えている。

通信サービスを提供するCATV会社もIPv6への対応を急いでいる。最大手のコムキャストは、2010年6月に第1段階としてトンネリング技術の1つである「6RD」の実験を始め、11年6月末に終了する。その後「ネーティブ・デュアル・スタック」と呼ぶより高度な第2段階に移る計画を立てている。

大手通信機器メーカーはIPv6対応製品の販促も兼ねて、相次いでIPv6対応の自社ホームページを開設した。シスコシステムズとブロケード・コミュニケーションズ・システムズは10年8月に、大手の中では遅れていたジュニパーネットワークスも計画を前倒しして、今年に入りIPv6サイトを開設した。

「YouTube」もIPv6対応

大手ネット企業で先頭を走ってきたのは米グーグルだ。08年に検索サービスのIPv6対応を開始し、地図サービスやニュース、ウェブメールの「Gmail」など主要サービスのほとんどを対応させた。10年には動画共有サイト「YouTube」のIPv6サービスも開始した。

 08年に専用チームを立ち上げた米ヤフーも急いでいる。同社は新データセンターへの移行やクラウド・データベースの整備など多くの基盤プロジェクトを抱えているが、IPv6対応も最重要プロジェクトの1つと位置付けている。

このほか、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)最大手のフェイスブックも10年中ころに対応をほぼ終えた。マイクロソフトやネット競売最大手のイーベイ、DVDレンタルのネットフリックスなどもIPv6対応に奔走している。

こうしたなか、インターネットの普及活動や技術開発を束ねる国際組織「インターネット・ソサエティー(ISOC)」が6月8日に開催するのがWorld IPv6 Dayだ。これは、世界規模でIPv6により相互接続する実験で、24時間限定ながら参加企業が主要サービスを世界のIPv6ユーザーに提供する。米国ではベライゾンやコムキャスト、グーグル、フェイスブックのほかコンテンツ配信のアカマイなど50社を超える通信会社やコンテンツ事業者が参加を予定している。

この実験イベントは、一般企業やネットユーザーにIPv6をアピールする重要な場となる。大手ネット企業が主要サービスをIPv6で公開することでメディアや個人ユーザーの関心を高めつつ、未対応の企業やコンテンツ事業者に導入を促すという狙いがある。

中小企業や個人への影響は

IPv6への移行では、一般企業やユーザーも影響を受ける。ISOCは6月の相互接続実験でネットユーザーの0.05%が設定不良などにより「コンテンツが見えない」「アクセスに時間がかかる」といったトラブルに見舞われると予想している。より広範に及ぶと指摘する専門家も少なくない。

中小企業や個人がIPv6対応のサービスや機器を利用するには、追加購入や既存設備の設定変更が必要になる。AT&Tやベライゾンなど大手企業のコンサルティングは中小企業や個人にまで手が回らない。その意味でも、World IPv6 Dayは重要な意味を持つ。

IPv6問題はこれまで「米国が本気で動かない限り、前進しない」と言われてきた。だが、米国政府は当初08年に予定されていた導入目標の延期を繰り返し、企業の反応も鈍かった。結局、導入目標は12年夏に延び、IPv4枯渇の方が先に来てしまった。

ただ米メディアは専門誌を中心に、混乱をあおるような大げさな論調を戒めている。過激な危機論がわき起こった情報システムの「2000年問題」に比べてもトラブルは深刻ではないという。これはIPアドレス枯渇の危機を繰り返し議論してきた日本のインターネット業界にとっては、耳の痛い指摘かもしれない。

日米のメディアが6月のWorld IPv6 Dayをどのように報道するにせよ、個人や中小企業は「あわてずにインターネット接続事業者などからの情報に注意を払う」という冷静な対応が求められる。

小池良次(Koike Ryoji)
 米国のインターネット、通信業界を専門とするジャーナリストおよびリサーチャー。88年に渡米、93年からフリーランスジャーナリストとして活動している。サンフランシスコ郊外在住。主な著書に「クラウド」(インプレスR&D)など。

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