岩手県宮古市・田老 「万里の長城」は残ったが…

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2011/4/4付
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■ハードに依存せず防災教育にも熱心

海側の防潮堤の一方を除いて、防潮堤は見た目は健全な形で残った。しかし、津波は防潮堤を越えて町を襲った。この防潮堤が津波被害を軽減したかどうかは分からない。

防潮堤が津波を一時的に食い止め、避難の時間をかせいだと考えることはできる。一方、防潮堤を越流した津波が流れを速めて威力を増したと考えることもできる。防潮堤の効果を検証するのは、行政や研究者の今後の役割になる。

田老地区を歩いて回ると、至る所で津波への注意を喚起する看板を目にする。「万里の長城」に代表されるハード対策に加え、避難などのソフト対策や防災教育にも熱心なことがうかがえる。

旧田老町は昭和三陸津波の70周年に当たる2003年3月3日、「津波防災の町宣言」を発表した。それには、「近代的な設備におごることなく、文明とともに移り変わる災害への対処と地域防災力の向上に努め、積み重ねた英知を次の世代へと手渡していきます」とある。まさに、津波は「近代的な設備」を越えてやってきた。

1933年の昭和三陸津波での浸水範囲を示す看板(写真:日経コンストラクション)

1933年の昭和三陸津波での浸水範囲を示す看板(写真:日経コンストラクション)

津波から避難する高台へのルートを示す看板(写真:日経コンストラクション)

津波から避難する高台へのルートを示す看板(写真:日経コンストラクション)

津波の浸水想定区域を示し、注意を促す看板(写真:日経コンストラクション)

津波の浸水想定区域を示し、注意を促す看板(写真:日経コンストラクション)

(日経コンストラクション 渋谷和久)

[ケンプラッツ 2011年4月1日掲載]

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