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ゲームの未来を変えるか 注目の仮想現実デバイス

ジャーナリスト 新 清士

 ゲーム業界で今、脚光を浴びている新型デバイスがある。バーチャルリアリティー(仮想現実)を手軽に実現する米オキュラスVR(カリフォルニア州)の「オキュラスリフト」だ。頭に装着して自分の両目を覆うヘッドマウントディスプレーで、ゲームなどに使うと臨場感のある3D映像が楽しめる。映像世界への圧倒的な没入感が大きな魅力だ。今までにない新たな魅力をゲームにもたらす存在になれるのか。筆者のデモ体験を交えて検証した。

資金を募集、目標の10倍近い金額に

オキュラスVRの公式ページ。画像の人物が顔に着けているのが「オキュラスリフト」

オキュラスリフトをパソコンに接続して頭にかぶり、対応した3D(3次元)映像のソフトを再生すると、目の前にリアルで臨場感のある3Dの立体映像の世界が広がる。ヘッドホンから聞こえる音声により映像の中にいるという感覚が一段と高まる。今までの3D映像でつくられた既存のゲームを比較的容易に対応させられる点も特長だ。

オキュラスリフトが業界関係者の注目を集めるきっかけは2012年6月に米ロサンゼルスで開かれたゲーム展示会「E3(エレクトロニック・エンターテインメント・エキスポ)」への出展だった。これまでのゲームにはない臨場感のある3D映像が体験できるとして大きな話題になった。その後、小口で投資資金を集めるクラウドファンディングのサービス「キックスターター」を活用して製品化に乗り出した。

キックスターターは資金募集時に目標金額を決め、一定期間内に一般の人から資金を集める仕組み。オキュラスVRは昨年8月1日から9月1日までの1カ月を募集期間とし、目標金額を25万ドルと設定したが、実際には目標の10倍近い243万ドルもの資金が集まった。

投資金額は完全な募金といえる10ドル、Tシャツがもらえる35ドルなど様々な設定がされ、最高は5000ドル。このうち最も多くの人数を集めたのが300ドルの投資で5640口だった。300ドル以上投資すると、初期バージョンのオキュラスリフトと3D立体視に対応した人気ゲームを手に入れる権利が与えられるという特典が付いていたためだ。

オキュラスVRがキックスターターで資金募集を行ったページ。画像は創業者のパーマー・ラッキー氏

こうして、南カリフォルニア大学でバーチャルリアリティーを実現するハードウエアを研究してきた20歳の若き起業家パーマ・ラッキー氏が誕生した。今年6月にはベンチャーキャピタルから1600万ドルの資金を受けるなど、投資家もオキュラスリフトに熱い視線を注いでいる。

過去のゲームにない圧倒的な没入感

筆者は5月にシンガポールで開かれたゲーム商談会「カジュアルコネクトアジア」でオキュラスリフトを実際に体験し、そのすごさに驚いてしまった。マレーシアの大学生が出展していたゲームのプロトタイプを使ったデモンストレーションだった。

デモは、建物の中で銃を持って歩き回っている敵に見つからないよう背後から近づき、敵を倒しながら通路を進んでいくという内容だ。頭にオキュラスリフトをセットすると、目の前にはリアルな3D立体視の空間が広がり、周囲の奥行きがはっきりと感じられる。首を動かすと、それに合わせて画面も同じ方向の映像になる。上を向くと天井、下を見ると床が見える。デモで印象に残ったのは、映像世界への圧倒的な没入感だった。

 頭にかぶって映像を視聴するハードウエアはすでにいくつも登場している。ただ、例えばソニーの3D映像対応のヘッドマウントディスプレーは2Dや3Dの映画鑑賞が主目的で、3D空間の立体視を想定していなかった。そのためユーザーが見る映像の視界も狭かった。

「カジュアルコネクトアジア」でオキュラスリフトを体験するデモの様子

これに対し、オキュラスリフトは左右2つのモニターの立体視を利用して視野は110度まで広がり、人間が通常見ている視界に近い範囲をカバーする。重量も379グラムと非常に軽く、ゲームなどで装着していても負担は小さそうだ。

オキュラスリフト用の映像開発者向けキットでは、左右のモニターに映る画像はともに640×800ピクセル。販売時期はまだ明確に決まっていないが、一般販売する製品ではハイビジョンサイズの960×1080ピクセルまで解像度を引き上げ、価格は300ドルかそれ以下を目標にしている。

多くのゲーム会社がサポートを表明

オキュラスリフトに期待するゲーム会社は多い。3Dゲームをつくるためのソフトやツールなどを開発販売しているエピックゲームズ、ユニティ、バルブといった欧米の主要企業が、キックスターターでの資金募集時からこのハードへの積極的な支援を表明している。

オキュラスリフトの開発キット入手がまだ難しかった3月にサンフランシスコで開かれたゲーム開発者会議(GDC)では、デモブースで体験するために朝から2時間待ちになるほどの大人気だった。GDC期間中、人気の高い一人称シューティングゲーム「チームフォートレス2」(バルブ)が早くもオキュラスリフトに対応したことが発表された。このゲームはオキュラスリフトモードに切り替えるとすぐに3D立体視の映像が現れる。

ゲームエンジンの「ユニティ」でオキュラスリフト用の映像に変換しているところ。実際、非常に簡単にできる

今年3月にリリースされた開発者向けの専用キットは300ドルと安価だったこともあり、世界中のゲーム開発者がこぞって購入した。キットの製造が追いつかず、順番待ちをしていた開発者も多い。今では世界中で様々な実験が行われ始めており、日本でも6月ごろから多くの開発者に届き始めたようだ。

7月23日に東京・秋葉原で開かれた「ゲームツール&ミドルウェアフォーラム」では、ゲーム会社向け専門ツールを開発している企業の展示ブースで、オキュラスリフトを使って自社ツールのデモを実施している姿が見られた。来場したゲーム開発者は誰もが興味津々で、オキュラスリフトによる様々な3D立体視を体験していた。

 オキュラスリフト向けの3D映像が簡単に制作できることは、有力なゲームエンジンの一つ「ユニティ」の実演でよくわかった。専用のプログラムと組み合わせると、オキュラスリフトに表示できる3D立体視の映像をボタン一つで作り出せるのだ。開発者にとっては大きな利点といえるだろう。

激しい3D酔いが大きな課題

バルブのマイケル・アブラッシュ氏(写真は3月の「ゲーム開発者会議」でのバーチャルリアリティーについての講演の様子から)

しかし、オキュラスリフトには大きな課題がある。ユーザーの健康面への影響だ。前述のカジュアルコネクトアジアで筆者がデモゲームを試した時間は10分程度だったが、その後、猛烈な吐き気に襲われ耐えられなくなった。典型的な3D酔いと呼ばれる現象だ。激しい自動車酔いに近い感覚といえる。あまりにも気分が悪くて、1時間以上もソファの上で横になっていた。

これは現時点でオキュラスリフトの普及にとっての大きな壁だ。人間は視覚で現実の世界と同じように見ようとするが、オキュラスリフトで見える映像は現実と違っているため、平衡感覚をつかさどる内耳の三半規管が制御しきれなくなるのだ。これは他のゲームでもときどきみられる現象だ。

オキュラスリフトの支援者でもあり、バルブ社の著名なプログラマーであるマイケル・アブラッシュ氏は、この課題を解決するため積極的に情報発信している。同氏は7月20日のブログで「激しい揺れ:なぜバーチャルは脳にとって現実ではないのか?」という投稿をしている。

「映画やテレビ番組では、急にカメラの角度が変わるような映像はない。しかし、ゲームの中では動きが速いものを見ているときほど画面が激しく揺れ、(銃撃戦のようなタイプのゲームでは)戦闘が激しいときほど、多くのものを(激しく首を動かしながら)見る必要に迫られる」。こうしたことが、ゲームで3D酔いを引き起こす原因としている。

「アンリアルエンジン」でのジェットコースターのデモの画像。画面は2画面だが、オキュラスリフトを通じて見ると3D立体視映像として見える

アブラッシュ氏は、激しい画面の揺れを回避するために「現状では画質の悪い、ぼやけたようなバーチャルリアリティーの映像を提供するしかなく、画素数が増すにつれて揺れは悪化するだろう」としている。同氏はオキュラスリフトのようなヘッドマウントディスプレーによる映像表現には、画面の表示方法など今までにはない新しい工夫が必要と主張し、その開発を進めている。

23日のゲームツール&ミドルウェアフォーラムで筆者が比較的酔いを感じなかったのは、エピックゲームズの「アンリアルエンジン」を使った、巨大な城のまわりを駆け巡るジェットコースターの映像のデモだった。数十メートルの高さから一気に下降したりするが、視点を比較的前方に向けているせいか、酔いはそれほどでもなかった。

 逆に、最もひどく酔ったのが、音響のすごさを示すカナダの企業のデモだった。ヘッドホンで聞こえる音響による映像への没入感はさておき、既存の3Dゲームをそのままオキュラスリフトで表示するため、あまりにも激しく視点が変わってしまうのだ。とても耐えられる状況ではなくなり、すぐにやめてしまった。

日本の一般開発者では7月24日に、ハンドルネーム「nano06126728」氏が簡単なフライトアクションゲーム「Valus2」を公開した。動画共有サイトのニコニコ動画に「オキュラス酔い上級者専用ゲーム」という名前でプレー動画として投稿されている。オキュラスリフトを使っていないにもかかわらず、その動画を見ているだけで酔ってしまう。

現状の開発キットのプログラムでは、こうした酔いを防ぐための根本的な解決策はない。そのため、開発各社は現状のオキュラスリフトに向いた3D立体視の映像も模索しているようだ。ハイビジョン画質が楽しめるユニークなハードウエアとして、一般ユーザー向けに製品化して販売するには、超えなければならない課題は多い。

類似製品は日本企業も手がけているが…

近年、家庭用ゲーム機はまるでハリウッド映画の中にいるかのような強力な没入感が得られることを一つの目標として進化してきた。ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の「プレイステーション3」やマイクロソフトの「Xbox360」などで映像のリアリティーさが高度化し、これ以上の没入感をつくることは難しいとゲーム開発者たちが感じ始めている。

オキュラスリフトに対して各ゲーム会社や開発者たちは、これまでのゲーム機では提供できなかった新しいゲーム体験を生みだす可能性に強く期待している。

一方で、この技術は自動車の仮想展示、建築物の仮想の見学など、一般の産業分野での応用可能性も十分にある。発展途上の技術ではあるが、ゲームのみならず仮想世界の表現方法に、革命的な影響を与えるかもしれない。

3D立体視の技術だけなら、類似する製品はソニーやパナソニックなどの日本企業からも発売されたり、大学で研究されたりしている。しかし、普及速度や技術面などでオキュラスリフトに後れを取ろうとしている。ゲームは最先端の技術と結びつき、その分野を急激に発達させる役割を担うことがある。有力なゲーム会社との結びつきが今後、オキュラスリフトのブームを起こそうとしていることに、日本企業はもっと注目すべきではないだろうか。

新清士(しん・きよし)
 1970年生まれ。慶応義塾大学商学部および環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。立命館大学映像学部非常勤講師も務める。グリーが設置した外部有識者が議論する「利用環境の向上に関するアドバイザリーボード」にもメンバーとして参加している。著書に電子書籍「ゲーム産業の興亡」 (アゴラ出版局)がある 。

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