/

女性の起業、「キャリア男性上位社会」も原動力に

日本では毎年、20万~30万人の起業家が誕生し、その約3割を女性が占める。その背後には約100万人の起業希望者がおり、うち半数は実際に開業の準備を進めながら自分の出番を待っている。これが、中小企業白書が描く日本の起業の現状だ。

海外と比べ日本人の起業意欲は低調という。米英の開業率が11%台なのに対し、日本は2009年度は4.7%にとどまる。バブル崩壊前の1988年度は7.4%だったが、1990年に入って急落。2000年代は開業率と廃業率がほぼ同じという状況が続いている。そのなかでも通信産業と医療・福祉は比較的、起業活動が活発な分野といえる。

各国の起業動向を調査している学術団体GEMのリポート(10年)によると、起業に消極的な日本人の姿勢が浮かび上がる。「今後6カ月以内に自分の住む地域に起業に有利なチャンスが訪れると思う」と回答した割合は、各国と比べ日本が極端に低い。日本の回答が英米を上回ったのは「起業の機会があるが失敗することへの恐れがあり、起業をためらっている」という設問だった。

この傾向は若者にも共通する。「大学生に卒業後、起業しようという発想はまったくない」。コンサルタントから駒沢大学に転じ、15年にわたり教壇に立つ各務洋子グルーバル・メディア・スタディーズ学部教授は落胆を隠さない。「企業に就職するための活動が制度化され、そのレールを外れるのは学生にとってものすごい勇気が必要だ」。起業の原動力ともいえる社会への問題意識が「受験勉強しかしてこなかった学生ほど薄い」とも話す。

そんな起業をめぐる現状に最近、異変が見え始めた。変化の担い手は社会人女性だ。

「経営学修士号(MBA)を取得して企業で働いているが、両親の介護が必要になり、高齢者が心豊かに生きられるようなビジネスを始めたい」「通信会社に勤務しながら0歳児を育てている。働く母親が家事サービスを受けられる集合住宅をつくりたい」「未婚女性が増えているので"お一人さま"向けのサービスで起業したい」――。

10月下旬、日本経済新聞社が女性の起業をテーマに主催した「ウーマンズ・イニシアチブ・フォーラム」の関連事業として都内で開いたセミナーでは、約30人の女性参加者が起業へのあふれる思いを語っていた。会社員や通訳、音楽家、医師など様々な社会経験を積んできた彼女たちがなぜ今、起業に熱い視線を向けるのか。

 同フォーラムを特別協賛したカルティエのチーフエグゼクティブオフィサーでリシュモン・ジャパン(東京・千代田)社長のクリストフ・マソーニ氏はこう読み解く。「サッカー女子日本代表『なでしこジャパン』をはじめ、日本の女性はスポーツやビジネスなどあらゆる分野で才能を発揮する可能性を秘めている。ただ、企業では女性の管理職比率がとても低い」。日本の企業は、管理職(課長級以上)に占める女性の割合が7.2%なのに対し、カルティエでは女性管理職比率が45%に上り、取締役6人のうち2人は女性という。仏政府は企業に対し、取締役会の女性比率を4割にするよう求めており、旗振り役となる内閣のメンバーは男女が半々ずつだ。

政府主導の女性登用について、マソーニ社長は「大賛成。従来のやり方を変えるには強いリーダーシップが必要だ」と話す。一方、日本企業に対しては「日本経済は男性がけん引してきた歴史から、今も男性のルールでプレーをしている。成長に向けた次のステージに進むには、長年のルールに疑問符を投じるべきだ」と提言する。

日本政策金融公庫総合研究所の調査によると、女性起業家の起業前の就業経験年数は「15年以上」が6割を占め、次に「10年~15年未満」が2割となっている。会社勤めなどで一定の経験や知識を培った後、活躍の場を起業に求める様子がうかがえる。その中にはマソーニ氏が指摘するように、女性の昇進を阻む「ガラスの天井」にぶち当たり、行き場を失った「マグマ」のようなエネルギーが起業に向かうケースもあるだろう。日本の女性雇用者は11年に2335万人と過去最高を記録したが、今なお多くの企業は育児と仕事を両立しようと努力する女性社員の能力を十分に生かしきれていない。

林恵子さん(38)は人材派遣のパソナを31歳で辞め、2004年に児童養護施設から社会に巣立つ若者を支援する非営利組織(NPO)「ブリッジフォースマイル」を設立した。パソナで営業職を経て第1子を出産し、復職後も以前と同じように責任のある仕事をしようと頑張ったが、残業ができないなどの時間的制約もあり、周囲から戦力として当てにされないジレンマに苦しんだ。

「雇われの身では、子育てと両立しながら自分が本当にやりたいことはできない」。学生時代から環境や貧困の問題に関心を抱き「社会の役に立つ仕事をしたい」と考えていた林さんは、海外大学院でMBAを取得することを決意し、第2子の育児休業中も勉強に打ち込むなかで、在日外国商工会議所が支援するビジネス研修プログラムと出会う。「企業の社会的責任(CSR)として孤児を支援するプログラムを企画せよ」という題を与えられたのをきっかけに、児童福祉の世界に飛び出した。

 自分の給料はあるかないかの状況が続いた後、10年度に東京都から子どもの就労支援事業を受託し、ようやく事業が軌道に乗ってきた。「女性の良さは、生活に密着したところで問題意識を持ち、社会で満たされていないニーズに気付けること」と林さん。起業という道を選んだことについては「会社に属している時よりもやれることは小さくなったが、自分が思うとおりにできる満足感は大きい」と言い切る。

こんなデータがある。総務省の就業構造基本調査によると、女性が起業する分野は「飲食・宿泊」「医療・福祉」「教育・学習支援」「美容・理容など」「生活関連サービス」を合わせた、いわゆる「個人向けサービス業」が4割を占め、男性の17%と対照的だ。日本政策金融公庫総合研究所の調査では、この割合は64.2%にふくらむ。また、中小企業白書によると、起業の動機として「仕事を通じて自己実現を目指したい」「社会に貢献したい」と答えた女性の割合は男性を上回る。一方、「より高い所得を得たい」「経営者として社会的評価を得たい」との回答率は男性の方が高かった。

女性の起業の可能性と課題が、ここにある。女性は日常生活や仕事の中で、個人を対象とするきめ細かいサービスが不足していることに気付き、起業を志す。育児や介護、非婚、女性の社会進出など社会が成熟するなかで浮上してくる新たな課題をビジネスを通じて解決しようとする「社会起業家」への熱が高いのだ。それゆえ、男性を主体とした従来の起業支援策では不十分となる恐れがある。

起業は経済社会の新陳代謝を促進し、経済成長を支える。少子高齢化の日本社会で貴重な労働力となる女性の起業を支援し、女性の就労につなげる好循環を目指すならば、支援策にも女性の視点を取り入れるべきだろう。

一般的に、起業には「事業アイデア」「パートナーら人材」「資金」「情報や支援を提供してくれる協力先」の4つが必要とされる。この中で従来は低利融資など資金面に支援の重点が置かれてきた。実際には、起業時の課題として「開業資金の調達」を挙げる女性は35.9%と男性の44%を下回る(女性起業家に関するアンケート調査、11年)。むしろ、事業や経営に必要なノウハウや知識、同じ立場の人が交流できる場などへのニーズが高い。

「女性はビジネスの世界で真剣に話を聞いてもらえず、孤独を感じた」と米ハーバード大学を卒業後、食品用の抗菌シート製造で起業したフェヌグリーン最高経営責任者(CEO)のカビタ・M・シュクラさん(28)は振り返る。起業家精神あふれる米国ですらそうなのだから、日本では起業家のタマゴが安心して「思い」を話せる場や、背中を押してくれるようなメンター(相談者)が十分にいるとは言えない。

シュクラCEOは「起業にあたり私に冷たい対応をした人の2倍の人が支援してくれた。だから恐れずに第一歩を踏み出して」とエールを送る。女性たちの数多くの挑戦と失敗のなかから、日本を支える大企業が生まれるはずだ。

(高橋香織)

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン