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草食系投資とブラック・スワン

長期分散投資の真実(5)

編集委員 田村正之

「コンセプトは草食系投資」。独立系投資信託会社、セゾン投信の中野晴啓社長の言葉だ。インデックス投信を使い、国内外の株式や債券に幅広く分散して積み立てで投資していくやり方のこと。数年間に倍になったりすることは期待せず、静かに資産を増やしていくことを狙うというイメージは、確かに「草食系」という言葉に似合う。

これに対して多くの個人投資家が懸命に取り組んできたのは「肉食系投資」だったのかもしれない。獲物を追う肉食獣のように「次に上がるのは何か」を探し出し、飛びかかる。しかしそういう投資法は、うまくいくときもあるが、逆に相手に噛み殺されることもある。

もちろん「値上がりする株」を常に探し続ける肉食系の投資家(投信で言えば、市場平均を上回ることを目指す「アクティブ型投信」)がいるからこそ、資金を効率的に使う「いい企業」が選び出され、そこに資金が向かう。それは社会全体のお金の動きを効率的にすることにもつながる。「すべてがインデックス投資になってしまえば、こうした機能が失われる」という心配の声もある。

ただしインデックス投資が先行して発達した米国でも、インデックス投信の残高は常に数割にとどまり、主流にはなっていない。「自分は他人よりうまく儲けることができる」と人は考えがちなことが要因の一つだ。

さらに構造的な要因もある。もしも世の中にアクティブ型の投資家がほとんどいなくなってしまえば、例えば「いい企業」がとんでもない割安な株価で放置されることも出てくる。そうした状況になってしまえば、割安に放置された企業を選び出せば大きく利益をあげられるので、アクティブ投資の魅力がこれまでより大きくなり、アクティブ投資家が再び増える。

このような理由から、アクティブ投資家が少なくなった状態が続くことは構造的には考えられない。個人は安心してインデックス投信を主体にした長期分散投資に取り組むことが可能というわけだ(もちろんアクティブ型の投資の方が向いている人もいるので、あまり一概には言えないが)。

これまで4回のシリーズで見てきたように長期分散投資は過去には安定的なリターンをもたらしてきたが、注意すべきはコストだ。金融機関によっては長期分散投資の効用を詳しく説明したうえで、高コストの商品を勧められることがある。例えば変額年金ラップ口座と言われる商品では、年間のコスト(保有期間中、毎日差し引かれる信託報酬や手数料)が2~3%にも達することがある。

例えば日本株、日本債券、外国株、外国債券に投資25%ずつ投資し、年平均4%の期待リターンが見込めるとしよう(前回見たように、過去数十年の平均では年6%超だったので、高すぎる前提ではない)。グラフAで分かるように、当初100万円を投資すれば、コストゼロなら20年後には219万円に増える。

仮にコストが年1%かかったとしたら、実質的な運用利回りは3%。この場合でも181万円に増える。しかしコストが3%かかれば、20年でも122万円にしかならない。いかにコストが運用成績に大きな影響をもたらすか分かるのではないだろうか。

これまで国内のアクティブ投信はコストが高いものが多く、変額年金やラップ口座ほどでなくても、年に2%弱かかるものも目立った。状況が変わり始めたのはここ3~4年ほどのことだ。表Bにまとめたように、信託報酬が年1%を大きく割り込む投信が次々に現れ、個人が簡単に買えるようになった。セゾン投信の中野社長は「セゾン・バンガード・グローバルバランスファンド」を2007年に販売を始めたことについて「投資家より金融業界のためにあるような割高な商品が多かったことへの義憤のようなものだった」と振り返る。

こうした投信は大手の金融機関では売っていないものが多いが、インターネット証券ならそれぞれ複数の会社で取り扱いがある(独立系の場合は直販)。インデックス投信の中でも、とりわけ信託報酬が低く、上場していて株と同じように取引できる上場投資信託(ETF)の場合は、ほぼすべての証券会社で取り扱っている。個人が低コストで長期分散投資に取り組める環境が急速に整ってきているというわけだ。

次に考えなければいけないのは、それぞれの資産をどのような比率で持つかということだ。これまでは便宜上25%ずつの均等投資で説明してきたが、実際には自分の取れるリスクに合わせて選べばいい。

基本は、株式の比率が大きくなれば長期的にはより高いリターンが見込めるが、資産全体の価格変動リスクも大きくなる。債券の比率が大きくなれば、資産全体の価格変動リスクは小さくなるが、長期的な期待リターンも低くなるということだ。

ただし一口に分散といっても、資産の組み合わせ方は様々。そこで主要4資産の保有比率を約280のパターンに分け、それぞれ期待リターンとリスクがどう変化するか試算してみた(グラフC)。

試算には、資産ごとにみた長期的なリターンの見通しやリスク、資産同士の値動きの関係(相関係数)をどうみるかの前提を置くことが必要。ここでは、公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2008年6月に、30年前後の長期運用を想定して公表した値を用いた。

ちなみにリスクというのは値動きのブレの大きさのことで、統計学の標準偏差で表わす。「リスク20%」ならだいたい68%くらいの確率で(100年のうち68年くらいの確率で)、その資産の期待リターンを中心にプラスマイナス20%くらいの範囲で動くということだ。例えばGPIFの試算では日本株は期待リターンが約5%で、リスクが約22%。これは約68%の確率で、日本株はマイナス17%(5%-22%)からプラス27%(5%+22%)の範囲で動くということだ。

資産の組み合わせ方次第でリスクとリターンの関係は変わってくる。注目は、グラフC上に示した「有効フロンティア」(最も効率的に運用できる資産配分を示す線)だ。これは同じリスクの場合に最もリターンが高くなる組み合わせをつなぎ合わせて表示している。つまりこの線上か、あるいは線に近いほど、リスクの割にリターンが大きいといえる。

一見して分かるのは、単独の資産よりも複数の資産を組み合わせた方が運用は効率的になる確率が高いということだ。例えば有効フロンティアの線に近い日本債券7割の「慎重運用型」は、外国債券だけを100%持つのに比べて、リターンはあまり変わらないがリスクは大きく減らせる。

ただし「慎重運用型」の期待リターンは3%強。4%台半ば程度のリターンを目指しながらリスクをなるべく抑えたい人には「4資産均等運用型」が有効フロンティアに近い。

5%近いリターンを狙いたい場合はどうか。日本株と外国株を35%ずつの「積極運用型」は、日本株7割の「日本株大好き型」に比べてリターンはあまり変わらないが、リスクはかなり抑えられることがグラフから分かる。

いくつか意外な結果が見えるかもしれない。例えば外国株100%は日本株100%に比べ、リターンが高い一方でリスクが低くなっている。「外国株は株そのものの値動きに加えて為替リスクもあるので、日本株よりリスクは高いはず」というのが"常識"だろう。

ここでの外国株は日本を除く先進国22カ国の主要企業を対象にしているのがミソだ。通貨も分散されるうえ、日本にはあまりない鉱山・資源株が含まれるなど、業種も分散される。結果的に「幅広く投資すれば日本株よりかえってリスクは低くなる」のは、運用のプロの間ではかなり知られたデータだ。

グラフDでは、実際にそれぞれの比率での運用がどんな結果をもたらしたかを「積極運用型」「均等投資型」「慎重運用型」について示した。やはり長期で見れば、株の比率が大きい方が、最終的なリターンは高くなるが、下落時には大きく下落していたことが分かる。

若くて大きなリスクをとれる場合は株式の比率を多めにし、高齢になった後は債券の比率を大きくするのが一応のセオリーだ。ただ状況は個々人によって違うので、それぞれが判断するしかない。例えば若くても、数年後に確実に必要になる資金なのに、株式の比率を高めて運用するのはリスキーだ。

ところで、グラフCで前提とした08年6月公表のGPIFのリスク数値と相関係数は07年までのもの。つまり08年以降の金融危機の間が含まれていない。GPIFはその後、運用などの見直しに入っていて、最新のデータが出ていないためだ。

今回の金融危機での資産価格の変動は予想外に大きく、グラフCに示したような、正規分布を基にした過去の統計値はもはや役に立たなくなったとの声さえ聞かれた。その一つは金融危機を予言したとも言われた米国のデリバティブ・トレーダー、ナシーム・タレブ氏の著書「ブラック・スワン」だ。ある日突然、予想外のイベントが起きて世界が変わってしまう。それをコクチョウ(ブラック・スワン)の発見が「黒い白鳥などいない」という常識を覆したことに例える。

しばらく観察すれば、どうなっているか判断できる場合を「月並みの国」とタレブ氏は呼び、規則性のない黒い白鳥が出現する国を「果ての国」と呼ぶ。統計上考えにくいほどの激しさで資産価格が変動した金融危機は、「果ての国」の出現を僕らに実感させた。

このため、グラフには示していないが、1980年以降2009年まで(つまり金融危機時を含めた期間)の各資産のリスクと相関係数の変化を別途、自分で試算してみた。すると日本株のリスクは80年から07年までに比べ1%弱、外国株は同4%弱高まり、日本株と外国株などの相関係数も高まるなど変化が見られた。「ブラック・スワン」は確かに僕らの頭上に降り立ったということだ。

ただしこうした長期間を対象にした分析では、数値の変化はそれほど大きなものにはならず、グラフCが全般的に若干、右の方に(つまりリスクの高い方に)ずれはするが、「積極運用型」「均等運用型」「慎重運用型」などがほぼ有効フロンティアの上に位置するという状況は変化しなかった。こうした資産の構成比で運用することは「ブラック・スワン」出現後も引き続き効率的だと言えるのかもしれない。

ということは――、と僕は考える。

少なくとも長期投資を前提とするなら、僕らは既に「月並みの国」に戻ることができているのではないだろうかと。

それとも気づいていないだけで、引き続き「果ての国」に居続けているのだろうか。

(このシリーズ終わり。次回からは外国為替の誤解を取り上げます)

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