ユニクロTシャツをビンテージに NIGO氏に聞く
裏原のカリスマ、統括責任者に
柳井氏がNIGO氏のアトリエを訪れ…

――ユニクロで初めて買った商品は何ですか。
「実は買ったことがありません。家族はヒートテック(発熱保温肌着)などを着ていたので、商品は見ていましたが、店も入ったことがなくて……。ユニクロを意識したことはなかったのですが、エイプ(ア・ベイシング・エイプ)とユニクロはよく比べられました。片やマニアック、片やポップだけれどメジャーという対極なものとして。知り合いのミュージシャンがユニクロと仕事をしていましたし、広告ビジュアルが良かったので、イメージは悪くなかった。でも自分が関わるなんて『まさか』という感じでした」
――どういう経緯でクリエイティブ・ディレクターに。

「デザイナーの佐藤可士和さんを通じて話があり、柳井さん(柳井正ファーストリテイリング会長兼社長)とお会いする機会が持てた。2012年の暮れです。僕のアトリエに来ていただいたのですが、すごく緊張しました。僕は自転車やインテリアなどさまざまなものをコレクションしています。柳井さんがアートや音楽に大変知識が深くて驚きました。もしかしたら、僕のやっていることをわかっていただけるかもしれない、と感じました。アトリエの空間にも共鳴していただき『絶対一緒に何かやりましょう』と言われて。うれしかったです」
小手先のプリントテクニックではなく、生地から刷新
――UTが10年たち、新しいステージに向かう布石としてNIGOさんを起用したといわれています。
「Tシャツは自分のファッションのベース。毎日着ています。ファッションを好きになったころから、一番おしゃれなのはジーパンにTシャツだと思ってきました。シンプルゆえ難しい。もし僕が本物のTシャツを知っていると評してもらっているなら、いわゆるアメリカンなTシャツ、古着屋で売っていて着れば着るほど味が出る、そういう本物が好きだということでしょうか。きょうのTシャツは10回以上着て、今朝も洗って乾燥機にかけてきました。このほどよい感じが大事。Tシャツは同じもののようで違うんです」

――第1弾が2014年春夏物。何を変えましたか。
「まず取りかかったのはボディー(本体)を変えよう、ということ。Tシャツでは、両脇の下からすそに向かう縫い目がない『丸胴』というのが本来の姿。何がいいのか。着ていくにつれて体になじんでくる。この編み方を採用しました。使う糸はそれまでより少し太くしました。表面は少し粗くなります。でも雰囲気が出て、肌とシャツの間に隙間ができる。すると通気性がよくなり、着心地がいい。そこまで追求するメーカーは少ないんですよ」
「多くのTシャツは、細い糸で作られていて見た目がきれい。しかし、実際着てみると、おなかが出ている男性だったら、ぴたーっとくっつくわけです。シルエットが出過ぎちゃうとファッションじゃないし、ちょっとな……、でしょう? 僕は同じコストをかけるなら、小手先のプリントテクニックで個性を出すのではなく、糸を重くするなどボディーに比重を置く。僕が入って、UTはそこが変わったかな。僕は、着た後、どうかっこよくなっていくのかを考えますから」
型が崩れても持ち味、ビンテージの価値生むものを
――Tシャツは消耗品というイメージが強かったです。
「Tシャツは捨てられがちなアイテムですよね。実はそうではない。ずっと持っていて5年後に着ると、『そのTシャツ懐かしいけど、やっぱり今見てもいいね』といわれるファッションの"遊び"を持っています。型が崩れたらそれも持ち味。何年かたってさらにかっこよくなる。UTでビンテージの価値を生むTシャツを目指したいですね」
――エイプで20年Tシャツを作ってきた。ユニクロの生産の仕組みはどう違いましたか。
「驚きの連続ですよ。僕がかつてやりたくてもできなかったことが何だってできる。それもロットが巨大ですから低コストで。たとえばコンテンツ(絵柄)の位置。僕が20年やってきた工程はまずTシャツを作ってからプリントするから、位置にも大きさにも限界があった。ユニクロでは編み上げている途中の段階でプリントに回すことができるから、位置も大きさも自在です。白、グレー、白というように裁断したものを組み上げて色の切り返しを作ることも簡単。それを知った時には、すごいな、もっと色々なことができるな、と羨ましくなりましたね。だってエイプでそういうことをやると、上代(小売価格)は1万円を超えてしまいましたから」
高級ブランドの5万円Tシャツに負ける気がしない

「ラグジュアリーブランドでも最近、Tシャツが増えています。5万円するものだってある。この5万円のブランドTシャツと、1500円、990円のUTを比べて、まったく負ける気がしません。ものとして絶対にUTの方がいいという自信がある。本来の姿のTシャツをありえない値段で作れるのですから」
――でも、コスト面での縛りはどこかで壁になりませんか。
「むしろ、上代の縛りがあるからこそ、いいクリエーションができる。(いくらでもコストをかけられる)自由演技だから質が高いデザインができるか、というとそうではありません。価格という規制の中でみなが知恵を出し合い、いいものを作ろう、となったほうが、ものとして完成度が高いかもしれない」
「UTというプロジェクトは僕にとって挑戦です。世界中にお客さんがいますから、僕の色をあまり出さず、万人が『面白い』『いいね』と思ってくれるものを意識しています。僕はデザインチームやPRチームなどのリーダー、野球における監督のポジション。週に何度も打ち合わせを重ねる中で、たとえばコンテンツを決める際、新しい僕の意見を入れ、変えていくために何ができるかを話し合う。自分がいいと思うものと他人がいいと思うものは違います。『これ5回洗ってみたけどどうかな』とスタッフに聞くと、自分としてはちょうどいい丈であっても、『1~2センチ長い方がいい』という声が出て修正していく。それが、UTのやり方。僕のコレクションを作るのではないのですから」

UTはもっといいものが作れるはず
――UTにこれまで足りなかったことは何でしょう。
「外部の仕事をこれほどのスケールでやったことはありません。どんなスタッフが働いているのかな、と興味がありましたが、期待以上。『ディズニーの絵柄はこうレイアウトして、基本パターンを作ってみてください』というと、次のミーティングで僕が思いもつかなかったものができあがってきます。ただ、価格などの規制の中でクリエートしていくので、『これはできないだろう』と初めから提案してこない場合がある。売れなきゃいけない、という緊張感がありますから。でも、できないと思わずどんどん提案して製品化する工夫を皆でしたい。もっといいものが作れるはずです」
「ユニクロという船は大きい。いま、大きな船に乗って、見たことのない風景を見ている。すごくラッキーです。20年ファッションをやってきて、ここから柳井さんの年齢になるまであと20年。まねできないことばかりですが、柳井さんから少しでも何かを学び取りたいと思っています」
(聞き手は生活情報部次長 松本和佳)
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