「震度6強」長野・栄村は今 限界集落、復興の道遠く

2011/4/30付
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東日本大震災の翌日、震度6強の地震に見舞われた長野県栄村で、壊れた家の解体や修復に住民が頭を悩ませている。全世帯の約2割が「全壊」「半壊」などと判定されるなど建物に大きな被害が出たが、村の人口の約半分が65歳以上。「今さら住宅ローンなんて組めない」。東北から遠く離れた過疎の被災地が復興の難しさに直面している。

標高2000メートル級の山々に囲まれた新潟県との県境に位置し、日本有数の豪雪地帯として知られる栄村。土砂崩れであらわになった山肌、陥没や隆起で一部片側通行が続く幹線道路……。雪が残る田んぼには地割れの後も見える。

3月12日未明、同村を襲ったマグニチュード(M)6.7の地震は、人的被害こそなかったものの、建物や田畑に被害が出た。その傷痕は1カ月半以上がたった今も村内の至る所に残る。

「原発事故で避難している人たちに比べれば何てことねえけど、この辺もひどいだろ」

村全体の「全壊」認定34棟のうち14棟が集中し、ひび割れた道路や壁がはがれ落ちた家屋などが目立つ青倉地区。「危険」と書かれた赤い紙がはられ、2階部分が大きく傾いた築30年の木造家屋の脇の路上で、農家の高橋昭さん(66)が角材の寸法を測る手を止めて白い歯を見せた。

7年前に大工を引退し、農業に転じた高橋さん。土台だけを残し全壊した納屋を自ら立て直している。約50人がなお身を寄せる村役場の避難所から、妻のキヨさん(60)とともに自宅へと通う毎日だ。

しかし肝心の母屋をどうするかが決められない。り災証明で「全壊」認定され300万円の被災者支援金を受けられる見込みだが、解体して新築するには年金や貯金と併せても到底足りない。建て直さず2階部分だけ撤去することも考えたが、いずれ一緒に暮らす予定の長男が安全面から反対した。

村営住宅に住む長男家族は小学生以下の子どもが4人。「長男たちと一緒に住むのはあきらめ、女房と2人で納屋に住む事になるかもしれない」。6月に入居が始まる村の仮設住宅40棟の抽選を待ちながら不安を抱えている。

村は壊れた家屋の撤去費用を全額負担する方針だが、新たな家屋の建築は原則として自分で負担しなければならない。このため、高橋さん宅のように壊れたまま手つかずの住宅が少なくない。

「年寄りだから住宅ローンも組めないし、田んぼもあるから地元を離れる訳にもいかない。みんなほかの家がどうするか、じっと見てるんだ」。床や壁が抜け落ち、柱が折れるなどした築約80年の木造家屋の解体をいち早く決め、今は農機用具の倉庫を改修して妻(74)と暮らす青倉地区の農家兼板前、島田恒治さん(77)は村の事情をこう説明する。

農業への被害も大きく、村によると、昨年作付けした水田約230ヘクタールのうち、約90ヘクタールが作付けできない可能性があるという。壊れた用水路の修復なども高齢者が多い農家には重い負担としてのしかかる。

同村は約900世帯で人口約2300人。人口は過去50年で3分の1に減り、一世帯あたりの人数も6人から2.5人に減るなど過疎化が著しい。人口の約45%を65歳以上が占め、31集落の半数が「限界集落」だ。

「高齢者が多く、自力での新築や修理は困難だ。国にも東日本大震災の被災地と同様の支援を求めたい」。島田茂樹村長(70)も、個人や村単独での復興には限界があると認める。

同村在住で、現地の様子をインターネットブログなどで連日発信している京都精華大の松尾真准教授(61)は「村のホームページなどを見ても、高齢者はどんな支援が受けられるのか理解できず、行政側がきめ細かな情報発信を心がける必要がある」と話す。

(村田篤史、写真=瀬口蔵弘)

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