名張毒ぶどう酒事件50年 再審請求、鑑定人選び難航

2011/3/27付
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三重県名張市で1961年に女性5人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」は28日、発生から50年を迎える。殺人罪などで死刑が確定した奥西勝・元被告(85)の第7次再審請求で最高裁が審理を名古屋高裁に差し戻してから1年近くたったが、争点となる毒物の分析を担当する鑑定人選びが難航。結論が出るにはなお時間がかかりそうだ。

事件が起きた三重県名張市葛尾地区は、奈良県との県境に位置する山あいの集落。半世紀前の惨劇の舞台となった公民館はゲートボール場に姿を変え、道を隔てた墓地では犠牲者を慰霊する観音像が墓標を見おろす。

半世紀前、住民の懇親会に出ていた神谷すづ子さん(84)は「みんな口に出さないが、忘れられるもんじゃない」とうつむく。乾杯後まもなく、隣にいた女性が膝の上に倒れ込んできた。口から血のようなものを流す姿に驚くうちに、神谷さんも気絶したという。

三重県警は懇親会に出たぶどう酒に毒物が混入していたと断定。ぶどう酒を公民館に運んだ奥西元被告から、農薬「ニッカリンT」を混ぜたとする自白を引き出し、殺人容疑で逮捕した。

それから50年を経て、再審請求審で最大の争点となっているのが、ぶどう酒から検出された毒物が、奥西元被告が自白したニッカリンTと一致するかどうか。名古屋高裁、名古屋高検、弁護団による3者協議の結果、70年ごろに製造中止になったニッカリンTを再製造し、成分分析などの鑑定を行うことが決まった。

しかし差し戻し決定から1年近くが過ぎた今も、具体的な前進は見えない。ニッカリンTの分析を担当する「鑑定人」選びが難航しているからだ。高裁が計16カ所の大学や研究機関に打診したが、今も決まっていない。さらに鑑定結果が出ても、その評価をめぐって高検、弁護団双方が対立する公算が大きい。

事件時に35歳だった奥西元被告は1月で85歳になった。26日、名張市で開かれた弁護団の集会では元被告の「生きて冤罪を晴らしたい」とのメッセージが報告され、この中で「50年は死の恐怖と身を削る苦しみの日々。一日も早く自由になりたい」と訴えた。

面会を許可されている支援者の稲生昌三さん(72)らによると、元被告は最近、三食のおかゆやおかずを残しがちで、鑑定の詳細など難しい話には反応が鈍くなるという。鈴木泉・弁護団長(64)は「一刻も早く決着をつけることが事件に携わる司法の責任」と強調する。

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