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赤身が絶品 本当の肉好きなら「いわて短角牛」

東北肉紀行

本当の肉好きなら赤身肉を選ぶ、という。「赤身がおいしい和牛」として知る人ぞ知る存在が、岩手県の特産、日本短角種(短角牛)だ。その体毛が茶色いことから「赤べこ」とも呼ばれる。

現在、北東北や北海道で約7000頭が飼われ、その6割ほどを岩手県が占める。肉にきめ細かなサシ(脂肪交雑)が入るおなじみの黒毛和牛と違い、脂肪の少ない赤身肉が短角牛の身上だ。グルタミン酸などうまみの基となるアミノ酸が豊富に含まれる。

しっかりした赤身のヒレ(手前)と脂とのバランスが絶妙なサーロイン(盛岡市の「銀河離宮」)

「肉らしい肉」お味は?

評判の味を試しに岩手畜産流通センター(岩手県紫波町)直営の焼き肉・しゃぶしゃぶ専門店、銀河離宮(盛岡市)に向かった。10周年を迎えた同店で6年間店長を務める阿部博久さんは「短角牛は自然放牧の良さが感じられる"肉らしい肉"」と表現。期待が高まる。

運ばれてきたのは適度な脂身との相性が良さそうなサーロイン(180グラム)と、肉厚で見るからに味が濃厚そうなヒレ(120グラム)。付け合わせは秋らしくエリンギ、シメジ、シイタケ、カボチャ。どちらも3800円。レアに焼き上がった肉をナイフで切ると、紅桃色の切り口に食欲がそそられた。

タレはしょうゆとみそとレモン汁の3種類。まずしょうゆでサーロインを頂く。あっさりしたうまみと香ばしさが口の中に広がる。やや脂身が多いが、肉のジューシーさを引き立ててくれる。次にヒレをレモン汁で。フルーティーな香りと共に、しっかりした歯応えが楽しめた。3切れ目ですでにおなかも膨れ始める。

「霜降り肉はとんでもないメタボの肉です。『和牛だが赤身』を求めていた私にとって、短角牛の赤身肉こそまさにドンピシャの肉でした」。出会った瞬間に短角牛にほれこみ、その研究をライフワークにしてしまったのが岩手大学農学部の村元隆行准教授だ。

基本的に「肉の脂には味がない」(村元准教授)という。では肉の味の源は何か。それは「筋肉(赤身)のタンパク質に含まれるアミノ酸です」。

黒毛和牛の霜降り肉は4割以上が脂だが、短角牛の脂は1割程度。つまり「短角牛の赤身肉は黒毛和牛の霜降り肉に比べて筋肉の割合が多く、アミノ酸が多いため、おいしいと言えるんです」。

村元氏は「脂は、人間の舌がアミノ酸を感知する部分をふさいでしまうこともあります。短角牛の肉はその可能性も小さいと言えます」と指摘する。

また、とろけるような霜降り肉に比べて赤身肉はかむ回数も多くなりがち。「かむと、タンパク質が物理的に壊れてアミノ酸が出てくるんです」(同)。かめばかむほど味わいが増す。これはスルメなどでも実感できることだ。

レアな感じに焼けてきたサーロイン(盛岡市の「銀河離宮」)

一方、霜降り肉をおいしいと感じるのは、タンパク質と脂を一緒に焼いた時に出る「風味」が鼻に抜けるからだという。この風味が、脳に以前おいしいと感じたもの(霜降り肉とは限らない)の記憶をよみがえらせて「今食べている霜降り肉がおいしい」と思わせるのだという。

もちろん、脂身がまったくないと味も単調になる。村元氏は「短角牛の肉の1割程度の脂は、まさにちょうどいい量の天然の隠し味です」と絶賛する。

ルーツは「塩の道」

ここで短角牛の歴史を振り返ってみよう。

NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台となった北三陸。かつて、特産の塩や海産物を内陸に運ぶ「塩の道」があった。その道を、重い荷を背負いながら歩いていたのが、旧南部藩地域が原産の南部牛だ。

だがモータリゼーションが、この牛の役割を奪った。1871(明治4)年。体重がよく増えるショートホーン(短角)種が米国から輸入され、これとの交雑・改良を重ねて、1957(昭和32)年に肉専用種として品種登録されたのが短角牛だ。

岩泉町の祭りに参加した短角牛。子どもたちも触れあいを楽しんだ

自然のなかで放牧する飼育法も、短角牛の特徴といえる。

「ホォー。ホォー。ホォー」。岩手県北部、マツタケの産地としても知られる岩泉町の深い森の中の牧場「ファームナカクラ」で佐藤純さんが呼ぶと、のんびり草をはんでいた牛たちが一斉にこちらを振り返った。

岩泉の短角牛は、北上山地の澄んだ空気と名勝・龍泉洞で知られるきれいな水に囲まれ、季節の草や木の実、時にはミネラル豊富な土も食べながら育つ。

佐藤さんは「だから自然な赤身のおいしい肉になるんです。広い牧野で伸び伸び育った牛たちは、秋になると本当に黄金色に輝いて見えるんですよ」と目を細める。

里で生まれ山で育つ

その飼育法は「夏山冬里方式」と呼ばれる。短角牛の出産シーズンは春先の2~4月。まだ雪の残る時期に生まれた子牛は牛舎で母乳を飲んで育つ。5月の新緑が芽吹き始めると「山上げ」だ。母子ともに山に放される。子牛は広大な牧野を駆けまわり、草をはみ、母乳を飲んで育つ。

雌牛30~50頭に1頭の割合で雄牛も放たれ、あちこちで多くの雌牛が翌春の子牛を身ごもる。牛たちは昼も夜も山で過ごす。暑い時は木陰で休み、風に吹かれ、のんびり、ストレスのない生活を送っている。やがて山々が紅く染まる10月、牛たちは里の牛舎に戻ってくる。「山下げ」だ。

岩泉町の祭りに登場した短角牛のモモ肉の丸焼き

ひと夏を山で過ごした子牛は秋にセリにかけられ、繁殖農家(生みの親)から肥育農家(育ての親)の手に移る。繁殖と肥育を一貫して手掛ける農家もいる。牛は肥育農家のもとで育ち、月齢22~25カ月で食肉市場に出荷される。

人工授精、室内飼育が基本の黒毛和牛に対し、牛が本来持っている生命力と、北国の風土の特徴を最大限に生かした飼育方法といえる。

「夏山冬里方式」は農家にとっても都合がいい。農家の多くは米や野菜を作ったり、林業などに携わっている複合経営だ。雪が解け、作付けが可能になると、牛を山に上げることで、農作業に取りかかれるようになる。母牛は乳がよく出るので放牧でも子牛は立派に育つ。深い雪に覆われる冬の間は牛の世話に専念できる。

こう見るとかなり魅力的な短角牛だが、課題も多い。

まず、通年出荷が難しい。黒毛和牛が人工授精で年中子牛を生めるのに対し、短角牛は自然交配。妊娠時期は山上げした春から夏に集中し、子牛が生まれる時期も翌年の春ごろに集中、生後22~25カ月で精肉として出荷できる時期も春から夏に集中する。

また、サシの入り具合が重視される日本の牛肉の基準では高い評価を受けにくい。見た目が似ている赤身主体の米国産や豪州産牛肉と直接的に競合し、価格が引っ張られやすい。

産地では秋生まれの子牛を増やそうとする試みもある。しかし、もともと人工授精の経験に乏しく、冬の子牛管理コストも膨らむとあって広がってはいない。そもそも人工授精では「自然な飼育法」をうたう短角牛の魅力をそぐことにもなりかねない。

自然な育て方アピール

県や生産者団体は、外国産牛肉との競合を回避するために「配合飼料を大量に与えて大規模生産する外国産牛と短角牛は餌や育て方が全く違う」ということを訴え続けている。

こうしたことに理解を示す「大地を守る会」(千葉市)は久慈市の短角牛の主要購入先となっており、「こうした直接取引先の拡大に力を入れたい」と語る生産者は多い。ヘルシー指向の消費者をターゲットにする戦略だ。

東京で短角牛を入手するには、こうした通販を利用するほか、銀座にある岩手県のアンテナショップ「いわて銀河プラザ」をのぞいてみるという手がある。ステーキ肉は180グラムで1365円となかなかの高級品だが、手軽に買えるハンバーグ(262円から)も売っている。

地元でも、徐々にではあるが消費のすそ野が広がっている。

岩泉町は9月末、「おでんせ・べごっこフェスタ2013」を開いた。会場には短角牛肉の販売・焼き肉コーナーや本物の短角牛とのふれあいコーナーなどが設けられ、食べてどこの部位か当てる「利き肉大会」や牛の鳴きまね大会などが催された。秋の晴天にも恵まれ、昨年より多い7000人を超す来場客でにぎわった。

野外でいただく短角牛の味もまたひとしおで、こうしたイベントを訪れてみるのもおすすめだ。

(盛岡支局長 増渕稔)

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