陸地に残った漁船は観光資源か(震災取材ブログ)
@宮城・気仙沼

2011/11/21 12:00
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11月上旬、ほぼ2カ月ぶりに宮城県気仙沼市を訪れたが、陸(おか)に上がった大型漁船はそのままだった。船名は「第18共徳丸」。間近で見ると巨大な鉄の壁のようだ。津波で流された末、港から数百メートルも内陸に着底。海に戻すには大きすぎるため、現場での解体しか撤去する方法がない。

港から数百メートル内陸に流された大型漁船(気仙沼市)

市では津波の猛威を象徴する遺留物として、船と周辺を記念公園として整備する構想を打ち出した。ただ、保存の是非を巡って地元では議論が続いているという。流された漁船は震災の被害者であると同時に、漂流中に工場や住宅を破壊した加害者でもある。住民感情が複雑なのは想像に難くない。

気仙沼は水産関連が多くを稼ぎ出す海の街だが、冷凍設備や2次加工場がほとんど復旧しておらず、水揚げの回復が遅れている。それでも、市民から公募した復興計画のキャッチフレーズは「海と生きる」が採用された。

気仙沼商工会議所の菅原昭彦副会頭は「ホテルは一般客も宿泊できるようになったきたし、飲食店も再開してきた。ぜひ見て、また来て、周囲の人に(気仙沼の今を)伝えてほしい」と話す。水産業の復旧・復興には相当な時間がかかる見通しで、長期的な支援を得ていくには、この地に興味を持つ人々の輪を広げていこうとの思いがある。「被災地観光ではなく『地域再生観光』として、ぜひ進めたい」(菅原副会頭)

陸地に取り残された大型漁船は、震災まで海とともに生きていた。観光資源として再生の象徴になるのか、それとも……。(伊野知宏)

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