焼きそばか、ラーメンか 「黒石つゆやきそば」だ!
東北麺紀行(4)
「つゆやきそば」。昨年青森県に着任した東京育ちの記者には、初耳だった。聞くところによると、熱いそばつゆやラーメンスープの中に「焼きそば」が入っているらしい。にわかには信じがたい。そこで早速、青森県黒石市で「つゆやきそば」を提供している店の厨房をのぞかせてもらった。

まず、フライパンで豚肉とタマネギ、ニンジンをさっといためる。市販の焼きそば専用のソースと少量の水を足す。そこへ麺を投入。これが太さ5ミリメートルもある太麺。一瞬「焼きうどんか」と思う。
麺にソースがなじんで水分がなくなったら、たっぷりのキャベツとピーマンを加える。あくまで軽く短時間でいためる。火が通りすぎるとキャベツのシャキシャキした歯応えが消えてしまうからだ。
最後にウスターソースを加えて味を整える。湯気とともにソースの香ばしい匂いが立ち上がる。麺の太さが多少気になるが、ここまでは間違いなく「普通の焼きそば」。本来ならこのまま紅ショウガとアオノリで「完成」のはずである。
間髪入れずラーメンスープ



ところが、できあがった「焼きそば」は皿ではなく丼に盛られた。様子が変だ。すると、間髪入れずに焼きそばの上からたっぷりのラーメンスープが豪快に注がれた。あっけにとられていると、仕上げは揚げ玉(天かす)とネギのトッピング。一味トウガラシが添えられた。
少し首をかしげながら、箸をつける。太い麺はモチモチしてかみ応えがある。紛れもない、食べ慣れたソース焼きそばの味。スープをすすると、これも紛れもないラーメンのコク。野菜のうま味もしっかりしている。

だが、食べ進むと、麺に染み込んだソースがスープに溶け出すのか、味がどんどんソース味に変化していく。気がつくと、1杯600円の「初体験やきそば」を、スープの最後の一滴まで飲み干して完食していた。
江戸時代からの木造アーケード「こみせ」が続く歴史情緒満点の黒石市中心街。開業25年の軽食喫茶「蔵」のメーンメニューは「つゆやきそば」だ。
一人で切り盛りする鳴海幸江さん(70)は「つゆやきそばを始めたのは5年ほど前から。周りの店がみんなやっているから右にならえ、で。でも、やるからには自分なりにオリジナルなものを出したい。試行錯誤の末、油を使わず、野菜たっぷりのヘルシーでさっぱりした味わいにしたのがウチの特徴です」と話す。
現在、同市内で「つゆやきそば」を提供している飲食店は約70店。それぞれの店が味付けや具材の取り合わせなどで独自のスタイルを持っている。だから、鳴海さんの「つゆやきそば」も必ずしもスタンダードなものではないという。焼きそばにかけるつゆは、市販の日本そば用の麺つゆやラーメンスープが主体だが、店独特の「秘伝のつゆ」を使うところもある。具材もキノコや卵、天ぷらなど実に幅広い。
普通の焼きそばが「化ける」

その中でも究極は「化けやきそば」だろう。まず丼の中の焼きそばを半分食べ、残った半分に中華スープと和風だしをブレンドした特製つゆをかけていただく。普通の焼きそばが途中で「つゆやきそば」に化けるという、一石二鳥のアイデア。
2年前に考案した「すずのや」の主人、鈴木民雄さん(64)は「つゆやきそばを目当てに来たお客さんが、黒石ではつゆをかけない焼きそばのほうがポピュラーだと知って、せっかくだから両方食べてみたいというリクエストが多い。それに応えようと考えて思いついた」と説明する。
開業から10年間「つゆやきそば」を提供してきたが、「化けやきそば」は口コミで噂が広がり、いまでは店のメーンメニューに。多い日は20食がはけるという。実際に食べてみたが、たしかに「得した感」がある。
そもそも、黒石市民が長年愛してきたのは、鈴木さんが言うように「普通の焼きそば」だった。「普通」といっても、終戦直後、物不足の時代でうどん用の麺切り機しかなく、それを代用したので、以来、黒石独特の「太平(ふとひら)麺」として定着した。
小学校の運動会の弁当の定番は焼きそばだし、飲み会の締めくくりもお茶漬けではなく焼きそば。学校帰りにビニール袋入りの焼きそばを店で買い、袋の底に小さな穴を開けてそこから焼きそばを吸い出して歩きながら食べる子供の姿も見かける。
謎に包まれた誕生神話
そんな市民の「ソウルフード」に、どうしてわざわざスープや麺つゆをかけて食べるようになったのだろうか。
「つゆやきそば」誕生のいきさつについては諸説ある。「昭和30年代後半、まだ電子レンジがなかった時代に、冷めてしまった焼きそばを温めようとして熱い麺つゆを加えた」「つゆで飲み込みやすくして、子供に速く食べさせるために考え出された」「店で焼きそばを出そうとしたら、誤ってラーメンスープの中に落としてしまった。食べたらおいしかったので、そのまま新メニューになった」などなど。
それが、ご当地グルメの祭典「B-1グランプリ」に2008年大会から連続出場するようになって、全国のB級グルメファンの間でじわじわ話題になっていった。毎年のクラシックカーイベントや「黒石ねぷた祭り」で同市を訪れる観光客も「つゆやきそば」を全国に広めている。
地元市民にはまだまだ普通の焼きそばのほうがなじみがあるが、全国では「黒石といえば、つゆやきそば」と認知され、今では「主客逆転」の状況だ。焼きそばを使った地域振興団体「やきそばのまち黒石会」の渡辺一央会長(42)は「他にはないユニークな食べ方でインパクトが強いのではないか」と人気の秘密を分析する。
毎年秋に同市で開く「小型焼きそばサミット」には、福島県浪江町や宮城県石巻市からも焼きそば振興団体が参加している。東日本大震災で両市が被災すると、「黒石会」ではすぐに現地に焼きそばの「炊き出し」に駆けつけた。チャリティーイベントも開き、焼きそばの売り上げを義援金として被災地に贈った。
こうした焼きそばを介した地域交流は、11年秋の「全国やきそばサミットin黒石」となって結実する。

地元「つゆやきそば」はもちろん、静岡県富士宮市の「富士宮やきそば」や岡山県真庭市の「ひるぜん焼きそば」など全国11団体の名物焼きそばが一堂に会し、2日間で6万3千人が訪れ、波及効果は1億2千万円に上る盛況だった。お年寄りから高校生まで市民600人がボランティアとして会場整理や客の誘導にあたった。
「つゆやきそばは市民の誇りになっている」(渡辺会長)。9月には青森県十和田市で開く「北海道・東北B-1グランプリin十和田」にも参加する予定だ。
弘前大学大学院の佐々木純一郎教授(地域経営)らの調査によると、「つゆやきそば」を含む同市の焼きそばの経済波及効果は年10億円強。「人口4万人弱の黒石市で、活性化に大きな役割を果たしている。特につゆやきそばの貢献は大きい」(佐々木教授)と、「つゆやきそば」の存在感に太鼓判を押す。
黒石では鍋料理で具を食べた後に鍋に入れるのも、ご飯やうどんではなく、焼きそばという徹底ぶり。「地元の生活文化に根ざした地域ブランドなので、全国的にも息の長い人気を保てるだろう」と佐々木教授はみている。
缶詰化計画も
そんな同市にある県立黒石商業高校では今、正規授業の課題として「つゆやきそば」の缶詰の商品化に取り組んでいる。八戸市の郷土料理「いちご煮」など青森県の名物と組み合わせて贈答セットとして売り出す計画だ。同校の鶴ケ崎瞳教諭は「地域活性化に地元のものを活用しようと考えたら、自然と焼きそばになった」と説明する。
かつて百貨店や映画館、遊園地も抱え、津軽地方の中堅都市として栄えた黒石市も近年は沈滞ムードが漂う。
「15年に新幹線が新青森から函館まで延伸すれば人の流れが変わる。黒石に人々が集まるか、それとも単なる通過点になってしまうか。今が黒石を全国に売り込み、活性化につなげる大きなチャンスだと思っている」(黒石商工会議所の豊巻英知相談課係長)
市民生活の中に根付いた焼きそばを使って、地域交流の拡大、そして観光客誘致へと、熱い期待が高まっている。(青森支局 住谷史雄)