エンジン磨く自動車業界 燃費さらに向上へ共闘も
国内の自動車業界でエンジン技術が注目を集めている。ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)の陰に隠れがちだが、一段の燃費向上や低公害化をめざす動きが相次ぐ。業界挙げての共同研究も始まった。クルマの登場以来100年以上にわたる開発競争で「枯れた技術」とも思われたエンジンが、再点火している。
シリンダー内壁を鏡面加工

5月21日から横浜市で開かれた「人とくるまのテクノロジー展」。日産自動車のブースの片隅にはエンジン内部を見せるカットモデルがあった。シリンダー内部は鏡のようにピカピカ。ピストンが滑らかに動き、燃費改善に一役買うという。
日産は加工設備などを新たに開発し、効率的に鏡面加工できるようにしたのだ。乗用車用の直列4気筒エンジンに近く採用する。これだけでは燃費改善効果は1%にも満たない。だがこうした細かな技術の積み重ね抜きにエンジンの進化はなかったといえる。
エンジン開発のブレークスルーとなったひとつが1970年に成立した米大気浄化法修正法(マスキー法)だ。エンジンから出る炭化水素(HC)の量を10分の1にするなどの厳しい内容を、自動車各社は格闘の末、クリアした。「現在のHC排出量はさらに1000分の1の水準に下がっている」(日本自動車工業会の池史彦会長)
トヨタ自動車は4月、世界展開する小型車「ヴィッツ」に、新開発したエンジンを搭載して売り出した。主力の1300cc車の場合、燃費は1リットル当たり25キロメートル。従来車を15%上回る。トヨタは15年までに世界で14種類の新世代エンジンをそろえ、新型車に順次採用する計画だ。

1300ccエンジンではシリンダー内でガソリンと空気の混合気を圧縮する度合い(圧縮比)を13.5(通常は11~12)に引き上げた。圧縮比を高めると燃焼効率が向上する半面、ノッキングと呼ばれる異常燃焼が起きやすくなり、乗り心地の悪化などにつながる。
この副作用を克服するため、トヨタは排ガスの一部を冷却しながらエンジン内に再循環させる「クールドEGRシステム」を採用。エンジンから4本出る排気管のうち、2本ずつを1本にまとめ、それらをさらに1本にする「4-2-1排気管」も取り入れた。
実はエンジン改善の口火を切ったのはマツダだ。10年に環境技術「スカイアクティブ」の一環として、ガソリンエンジンとディーゼルエンジンをそれぞれ発表。第1弾として小型車「デミオ」に搭載した1300ccのガソリンエンジンは量産品として世界最高水準の14という圧縮比を達成した。
トヨタがヴィッツに採用した新エンジンは、マツダのエンジンに重なる要素が多い。高圧縮比、クールドEGR、4-2-1排気管はいずれも共通だ。それだけ従来のエンジンの課題が絞られている表れともいえ、トヨタのエンジン技術者も「考え方は(マツダと)似ている」と認める。

ホンダも昨年に全面改良した小型車「フィット」のエンジンで圧縮比13.5を達成ずみ。先行事例を踏まえ、トヨタはエンジン発表の場に各社のエンジンの性能を比べた資料を用意。マツダとホンダの社名は伏せつつ、自社のエンジンの優位性をアピールした。
ライバルは欧州メーカー
今年、日本メーカーのエンジン開発は新たな段階に入る。キーワードは「協調と競争」だ。
トヨタ、ホンダ、日産など乗用車メーカー全8社は5月19日、低燃費・低公害の次世代エンジンを研究するための組織、自動車用内燃機関技術研究組合(AICE、理事長・大津啓司本田技術研究所常務執行役員)の設立を発表した。これまでエンジン技術を競ってきたライバル企業が基盤技術の共同研究で手を結ぶ異例の試みとなる。
「内燃機関の課題克服へ英知を結集する。産学連携でサステナブル(持続可能)な研究体制を構築し、人材育成にも取り組む」。記者会見した大津理事長はAICEの意義をこう強調した。欧州メーカーが得意とするディーゼルエンジンを皮切りに、基盤技術を共同研究する。その成果を取り入れながら各社がエンジン開発を競う形になる。
これまで日本では各社が基礎研究から独自に手がけるのが一般的だった。AICEがライバル視するのは欧州メーカーだ。「課題の『山越え』にたとえると、日本は各社が専用道路を造って乗り越えるが、欧州メーカーは役割分担を明確にして1つのトンネルを掘って抜ける」とAICE幹部は言う。
「日本メーカーの技術が欧州勢に負けているとは考えていないが、開発効率では劣っている」と大津理事長。このままでは追い越されてしまう――。協調と競争を巧みに使い分けながら技術力を底上げする欧州メーカーへの危機感の共有が、AICE発足の原動力となった。
自動車市場の伸びをけん引する新興国では、価格が高くなりがちなHVや、充電インフラが不可欠なEVが普及するには時間がかかる。従来型のクルマは当面の主役であり続けるのは間違いない。環境性能を売り物にしてきた日本メーカーが、エンジンという中核技術で負けるわけにはいかないのだ。
(企業報道部 小谷洋司)