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まるでライブ 起業イベントが映す若者の仕事観

編集委員 石鍋仁美

起業家が自分のアイデアを大勢の前でプレゼンテーション(披露)し、協力者や出資者を募る。「ピッチイベント」と呼ぶこうした催しが盛んになりつつある。プレゼンというと会議室にスーツという風景を想像しがちだが、ライブハウス風の空間で拍手喝采が起こる、盛り上がるイベントだ。聴衆には起業にあこがれる若い世代も多い。消費と対極にあるように見える起業イベントは、「仕事」と「生活」が融合する若者消費の明日を映している。

起業家のための秘密基地

先月、次世代型ピッチイベントの1つをのぞいてみた。場所は東京・目黒の「HUB Tokyo(ハブ・トウキョウ)」。昨年開業したコワーキングスペースだ。起業家とその予備軍が机を並べて働くオフィスの隣に、広いイベント空間がある。ピッチイベントはそこで開かれた。

ピッチイベントにTシャツ・ジーパンで登壇、全身を使い出資者・協力者を募る起業家(東京・目黒の「HUB Tokyo」で)

オフィスもイベント空間も印刷工場の跡地。壁や天井はほぼ昔のままで、起業家のための秘密基地を思わせる。HUBとは2005年に英国で生まれた世界的な起業家向けコワーキングスペースのネットワークのことだ。スペースはそれぞれ独立運営。情報やアイデアの交換などで協力する。

日本の第1号がここ。開業メンバーの中心は元コンサルタントの30代の女性だ。

この日の「ピッチャー」(プレゼンの当事者)第1号はTシャツ姿の青年。神奈川県の湘南を拠点に子供たちが泥だらけで遊ぶイベントを開いている。遊びのノウハウや道具をネットで提供して家庭で楽しんでもらうというアイデアだ。「泥だらけで遊ぶのって楽しいんですよっ」。こう宣言するや自らペンキをかぶってみせた。観客は拍手喝采だ。

続いて大手企業の社員2人が「会社には内緒で」登壇。家庭で発酵食品を作るキットの開発や販売を計画中だ。次はフランス人男性。日本語を習得する体験から文章表示と音声を組み合わせた読書支援ソフトを開発した。介護にも応用できると力説する。「内気なので」と、日本人女性が横に立って代わりにしゃべる趣向も笑いを取る。

客席にイスなどはない。約100人の聴衆は、固い床や端に積んである板の上に座る。もしくは立ったまま聞く。熱気が会場を包み、イスがなくても苦にならない。5組の登壇者のうち優勝者を決めるのは専門機材で計測した拍手の大きさ。ピッチャーも熱が入る。

お遊びのような、ふざけた印象を受けるだろうか。実際は違う。5人のうち3人は、HUB Tokyoの起業家養成プログラムでアイデアを練った末での参加だ。前回の登壇者の1人はピッチイベントをきっかけに提携先を見つけ、海外に事業を広げた。他の登壇者もサポーターやボランティアらの協力者を見つけたり、クラウドファンディングによる出資者を得たりと、ビジネスの立ち上げや飛躍につなげている。

自分の未来に投資

ピッチイベントと通常のプレゼンは違う。1人数分間の短い持ち時間では、細かいデータを使って縷々(るる)解説しても印象に残らない。自分の事業がいかに社会にインパクトを与えるか。自分はどういう人間で、何を志すのか。そうしたことに理解を得ようとするリアルで人間臭い場だ。ピッチイベントのこうしたカルチャーも徐々に理解されつつある。

登壇者が事前に打ち合わせ。ここがHUB Tokyoの「会議室」(写真提供HUB Tokyo/Spotwright)

聴衆は入場料を支払う。話してみると2タイプの参加者がいるようだ。1つは出資先や提携先を探す、本来のピッチイベントの参加者だ。といってもスーツ姿の人はほぼ皆無。資金の出し手が起業家であることも多い。旧来のビジネスとはカルチャーが異なる人々が集い、つながってカネが動き始めていることが分かる。

もう1つは起業家とその予備軍だ。「自分も起業した」「起業しようとしている」「いつか起業したい」。そうした人々が同輩や先輩の姿からヒントや勇気を得ようとしている。

ライブハウスに似たこの起業イベントの熱気から、今後の若い世代に広がる2つのトレンドが読み取れる。

1つは働くことと「消費・生活・暮らし」との融合だ。

「ワーク・シフト」の著者で、英ロンドン・ビジネススクールで経営組織論を教えるリンダ・グラットン教授は「先進国のアラサー(30歳前後)以下の価値観は上の世代と大きく違う」と説く。モノをたくさん持つことや、高いモノを買って見せびらかすことに関心を示さない。狭義の「消費」に心を動かされなくなっているわけだ。

その代わりに彼らが支出してもいいと思うのが、自分のための教育投資や、話し方や見せ方などの自己演出の費用、居場所や仲間作りのための出費だ。いずれも自分の未来への投資的支出と言える。経済・情報環境の変化で働き方が激変するとの予測が背景にある。

HUB Tokyoのようなコワーキングスペースの広がりもこうした若い世代が支える。生活とビジネスが一体になっているのがコワーキングスペース。会員は机を並べ、アイデアを交換する。スペースの一角のキッチンで一緒に食事を作り、コーヒーを飲み、定期的にパーティーを開く。ピッチイベントのような催しも自主的にどんどん開く。自分に投資して見せ方を学び、仲間を増やしていく。消費と投資の一体化といえる。

もう1つは起業家のロールモデル化だ。仕事をしている「オン」と仕事をしていない「オフ」の境界が消えていく。しかもバブル期とは逆にオンがオフを乗っ取る形でだ。バブル期の青年実業家は事業の内容が明らかになっていなくてもカネを持っていること、つまり消費力があることがあこがれを呼んだ。今は仕事の内容が尊敬の度合いを決める。

21世紀型のカリスマ経営者に

大学生の生活はそうなりつつある。大学生活の最大の思い出を聞くと「就活です」と答える大学生が増えている。そうした学生生活では企業、それも今なら社会貢献部門など学生に人気の高い部署で働く卒業生や、社会的なイメージがいい企業の内定を得た先輩、会社を経営する卒業生や在学生が輝いて見える。

起業家へのあこがれといっても、ライブドア事件の反動から一獲千金志向ではない。モノのぜいたくには興味がないのだ。仕事の内容や社会的意義、自由で平等な風土などのワークスタイルが起業家を見るときの物差しになる。

仕事の内容やスタイルが物差しに合った若手起業家が、遠からず若い世代の生活のモデルになるのではないか。人気俳優やカリスマ美容師、クラブのDJが身につける腕時計や服が人気を集めたように、起業家のライフスタイルが消費を動かす時代が来る予感がある。そうした若手起業家が登場するイベントに集まる若者の様子やネット上の書き込み、社会起業家やマッキンゼー出身者が説く「人生論」の本の人気ぶりなどをみるとそう感じる。21世紀型のカリスマ経営者の誕生は近い。

ふだんの「HUB Tokyo」のラウンジスペース。入居する起業家がくつろいだり、一緒に食事したりして交流する

ライフスタイルという言葉は本来、生きる姿勢や生活信条を指す。しかし日本のビジネス界ではモノやサービスの選び方といった狭い意味で使われてきた。今後は本来の意味でのライフスタイルに注目しないと若者消費は動かせない。

例えば若者に人気が高い、居間や食堂を共有する集合住宅「シェアハウス」。今、英語だけで生活する、起業希望者だけで住む、プログラマー希望者だけが集まる、などの「コンセプト型」のシェアハウスが続々登場している。そうしたニーズがあるからだ。消費、生活、自己研さん、職業訓練、人脈作りが一体になった「住」への合理的な支出と言える。見た目のデザインなどに凝ることよりも若い世代の懐を開かせるのだ。

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