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スマホ普及で契約数は激減? ネット生保の想定外

出口治明・ライフネット生命保険会長兼CEO

2008年に還暦を超えてライフネット生命を開業した時、一番の懸念は、ゼロから立ち上げたこの会社の認知度や信頼度をどう高めていくか、という点にあった。

いろいろな諸先輩に教えを乞うたが、腑(ふ)に落ちたのは、当時さわかみ投信の社長だった沢上篤人さん(現会長)の次の言葉だった。

「機会があれば本を書き、僕のように年間300回ぐらい辻説法をやる。それを最初の10年続ければ何とかなるよ」

1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、72年に日本生命保険入社。08年ライフネット生命保険開業。13年6月より現職。

そこで開業以来、沢上さんを目標に本を書いたり「10人以上集まればどこにでも行きます」と講演を引き受けたりと試行錯誤を繰り返してきた。

開業後6年が経過し、2社で始めたネット生保も今や9社になった。ライフネット生命はそのなかではトップランナーといわれているが、まだ売上高は76億円しかない。生命保険業界の売上高は優に40兆円を超えるので、市場シェアはわずかに0.02%だ。

装置産業である生保は保守的な会計と相まって黒字転換には10年以上を要するといわれている。当社もまだ赤字だ。平たく言えば、ライフネット生命はまだベンチャーとしては「nothing」の状態。これを「something」に持っていくのが最高経営責任者(CEO)である僕の役割だ。マラソンにたとえれば、400メートルのトラックを何とか走り終えて、競技場の外に出たくらい。僕はまだ1人前の経営者ではなく、1人の挑戦者にすぎない。

ところで6年間経営をやってきて骨身にしみたことは「世の中は何が起こるか分からない。変化に対応するのが経営の神髄」というごく当たり前の事実だった。

開業時に当社のウェブサイトに来てくださったお客さまにアンケートを取ったところ、6割を超えるお客さまが「セールスパーソンと相談しなくても自分で保険は選べる」と答えてくださった。僕は意を強くして、この割合が7割、8割と上がっていくに違いないと信じていた。

ところが、昨秋のアンケートでは、その比率が2割以上低下していたのである。このようなお客さまの変化(保守化)は、何故生じたのだろうか。

一つの仮説は東日本大震災である。生保業界はセールスパーソンを総動員して現場に入りお客さまの安否を確認した。当社も社員総出であたり、1カ月で100%安否確認を成し遂げた。大臣にも「生保はよくやった」と褒めていただいた。

このことが「セールスパーソンがいた方がいざという時に安心だ」というイメージを広く植え付けたのではないか。

もう一つはスマートフォン(スマホ)の普及だ。開業時にはスマホはゼロだった。当然のこととして当社は「お客さまはパソコンで保険を申し込む」と想定してシステムを構築した。パソコンなら普通の場合は約15分で申し込みが完了する。

ところがスマホは画面が小さいため、40分前後かかってしまう。面倒なので途中で止める人が続出する。そうすると同じ数のお客さまが当社のウェブサイトを訪れたとしても、パソコンがスマホに置き換わるだけで契約数が4分の1以下に減ってしまうのだ。正直、開業前にはこのようなデバイスの急激な変化は想定ができなかった。

以上、当社の実例を挙げたが、お客さまの意識も技術も日々進化し変化し続けているのだ。ダーウィンの進化論ではないが「強いものや賢いものが生き残るのではない。変化に対応したものだけが生き残るのだ」というのが世の実相である。

そして、経営とは、まさにそういった社会の変化に対応していく適応活動そのものである。わずか6年の経験しかないが「世の中にはうまいやり方などどこにもない、あるのは、当たり前の真実と愚直な努力の継続のみである」ということを教えられた気がする。

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